専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

須田 淳一 教授

授業について

— はじめに、須田先生が担当されている授業について教えてください。
専門の文法学領域で、

● <日本語文法の歴史的な変遷についての研究>

● <文法リテラシー教育の研究>

という、2つの異なる分野の研究をしていますので、その関連の専門科目2つを主に担当しています。
まず1つめの<日本語文法の歴史的な変遷についての研究> は、どのように史的な変遷過程を経て、現代日本語の文法体系が出来上がっていったのか、を見ていくものです。つまり、今の日本語のしくみの成り立ち方を考えているわけです。
ですので、その関連科目「日本語の歴史的研究1・2」は、古代日本語の文法体系で特に重要な骨格構造について、それらがどんなしつらえになっているか、そしてそれらはどうしてそういうしつらえになっているのか、を一緒に見ていきます。
この授業での「古代日本語」とは、非-現代語、つまり、昭和初期頃までの日本語を含めて扱います。また、文法が体系化していく原初的な段階にも踏み込んで考えていきます。たとえば、動詞の場合なら、古代語では上二段や下二段など、活用の種類が多いですが、なぜそんなに8つや9つもと種類が多くなっていたのか、とか、未然形や連用形等の活用形と呼ばれるものは、いったい何のためにあったのか、それぞれどんな働きをもっていたのか、というようなことをご案内します。
— では、先生の授業の古典文法を学ぶには、高校で習ってきた古典文法は役に立たないのでしょうか?
確かに、切り口は違います。でも、高校までの古典文法が役に立たないということではありません。(せっかく、頑張って覚えてきてくれたのにナンですが、)じゃまにはならない、くらいに考えておいてください。一度、頭をリセットしてもらえたら、と思っています。この授業では、古典語の読解をしていくわけでも、品詞分解をしていくわけでもありません。
高校までの古典文法は、現代日本人が古典を読み解くためにはとても優れています。いわば、現代日本人のための古文読解用の文法です。その理論づけは合理的で、とてもエレガントな体系になっています。これ自体がすでに文化遺産とも言えるような、日本独自に編まれた文法理論です。
専修大学2号館の様子です。
しかし、この高校までの古典文法は、当たり前ですが、英語などの外国語の文法にはリンクしていません。古典文法に、仮定法過去とか、未来完了とか、過去分詞とか、出てきませんでしたね。須田のこの授業では、そういうものが出てきます。外国語にも通用するモノサシをあてがって、古代日本語の文法を説明していきます。ですので、むしろ英文法をおさらいしておいてもらったほうが、ありがたいです。古代日本語の不定詞とか、古代日本語の動名詞とか、格変化とか、関係詞とか、受動態とか、後置詞とか、話法とかが飛び出します。(びっくりしないでくださいね。)そういうものの本質が言語というシステムにとってどういうもので、古代日本語の場合はどうなっていたのか、という切り口になります。
確かに、古代日本語も私たちの母語と言えば母語ですけれども、運用できるほどでもない(でも須田の授業では<古文作文>のタスクもありますが)。現在の母語である現代日本語とはやはりしくみが違っている。単語自体ももちろん違っていますが、文法(単語を語形変化させるきまりなど)が大いに違っている。別言語としてとらえておいた方が、実りがあります。
この授業では、古代日本語を準外国語としてとらえて、その文法的なふるまいを見ていきます。完璧な母語のことを第1言語、外国語を第2言語だとすると、私たちにとって古代日本語は、「第1.5言語」なのです。
高校までの古典文法がなぜそういう体裁や組み立てになっているのか、現代日本語の文法や英語の文法などとどう違うのか、そしてどう同じなのか、などの疑問をこれまで感じてこられた方には、是非履修してもらいたいと思っています。
— もう一つの分野に関連する専門科目についても教えてください。
はい。上の1つ目の科目の説明で、古代日本語を外国語の文法にも通用する切り口で学ぶ、ということをお話ししました。もう一つの研究<文法リテラシー教育の研究>という分野に関連する専門科目として、「学習文法研究1・2」があります。
これは、異なる言語間の文法を同じ“土俵”に載せて、どの言語の文法にも共通する体裁や組み立てを学ぶものです。具体的には、現代日本語の文法のしくみを現代英語の文法のしくみとリンクさせる共通文法をご案内しています。国語と英語とをリンクする連携学習用の文法です。
この文法は、学校で習う英文法に現代日本語の文法を寄せていくものではありません。ここ、勘違いしないようにお願いします。もちろん、逆に、英語での未然形は何かとか、英語での形容動詞は何かと寄せるわけでもありません。どちらの文法も載せられるくらいに根源的な、多くの言語の文法に共通する“土俵”文法に載せて見比べる、ということです。その“土俵”は、言ってみればミドルウエアのようなイメージです。異なる言語で記述されたファイル同士に、互換性を与えられる“土俵”。それを須田独自に開発しているので、それを学んでもらおうというのが、この「学習文法研究」という科目です。(この“土俵”文法の設計は、現代日本語を形態論という考えかたにもとづいて設計した共著書『日本語の文法』(ひつじ書房)とはまた異なるものになります)
— 現代日本人がそれを学ぶことには、どんな意義があるのですか?
授業では、この“土俵”文法というモノサシを、母語である現代日本語にあてがってみることから始めます。それによって、たとえば、まず現代日本語の「完了」はどういう現象か、単なる「過去」とどう違うのか、現代日本語の「仮定法」はどういう現象か、他の条件表現とどう違うのか、などについて理解できたとしましょう。それができたら、その人にとって、もはや英文法の「現在完了」と「過去形」の違いや、「仮定法」と他の接続表現との違いなどが、たちどころに理解できてしまう。そういう設計思想で造っています。つまり、最も身近にある母語というものの文法を言語共通の“土俵”文法で学び直すことによって、外国語文法の理解を支援できる、というわけです。
教科や科目間の連携などが求められている今日の国語科教員の志望者はもちろん、英語をはじめとする外国語の学習や教育に興味がある方にも、是非履修してもらいたい科目です。

ゼミナールについて

— 次に、須田先生のゼミについて教えてください。
須田ゼミナールでは、2年生から4年生までの異学年が1つのクラスで学んでいます。卒論は3年間をかけて少しずつ学生個々に指導していきながら研究を進めてもらいます。これと並行して、ゼミプロジェクトとして須田ゼミ生全員で1つの作業を協働して完成させていく課題も行っています。このゼミプロジェクトの成果は、『須田ゼミナール論集』の刊行や公式サイトによって公開しています。最近の事例を一覧表でご紹介しておきます。
須田ゼミの様子です。
課題 ゼミプロジェクト 卒論作成
作業 グループワーク
(1~3年間スパン)
個人
(2年次から少しずつショートプレゼン&個別指導)
事例 ・『七夕のさうし』の品詞分解と注釈 プロジェクト

・現代語のなかの古典表現 プロジェクト

・『アナ雪』古文翻訳 プロジェクト

・小学生向け文法知能育成ドリル プロジェクト (進行中)
文法ジャンル型研究
 【例:ムードの推量とモダリティーの推量】
一時代型研究
 【例:平安時代の代名詞のヴァリエーション】
通史型研究
 【例:現代の接続詞が成立するまでの変遷】
比較言語型研究
【例:古代日本語とスペイン語の時間表現】
提案型研究
 【例:高校古文の助動詞分の新しい指導方法】

研究について

— では、須田先生のご研究について教えてください。
担当する2つの専門科目を紹介するところでも述べましたとおり、文法学領域で、(1) <日本語文法の歴史的な変遷についての研究>と、(2) <文法リテラシー教育の研究>という、2つの異なる分野の研究をしています。この2つの分野は、一見、だいぶ隔たった分野同士に見えるかもしれません。しかし、どちらも先ほど述べたミドルウエアのような“土俵”文法の追究の中から出てきたものです。
(1)の研究は、古代日本語の少し手前の、前史的な原日本語の文法がどんなしつらえだったのか、を類推していきます。そして、それがどういう動機で変貌をとげ、現代語に至るのか。これが、歴史日本語学での文法の発生・発達についての研究です。少し専門的になりますが、具体的には、例えば、受動態などの文法的なジャンル(態のカテゴリーといいます)は、もともとはどのようなジャンルだったのか。受動態のはたらきを持つル・ラルに自発や可能の意味があるのはなぜか。そして、これらが、やがて尊敬の意味も併せ持ち現代語のレル・ラレルになっていくまで、その動機をデータをもとに仮説を立てて説明していく、というスタイルが基本です。
とか時制などというジャンルは、もともと備わっていたものと考えがちですが、ほんとうに元からあったのか、また、現代語と同じしつらえだったのか、なぜそうなっているのか、などをデータをもとに類推していきます。この思考は、文法というものが出来上がるルール、いわば文法の文法を考えることになります。これが、“土俵”文法の発想と重なります。
文法的なジャンルの発生や発達、ジャンル間の関係などの研究は、日本でもあまりなされていませんが、海外からも珍しがられて時々講演に呼ばれたりします(リンク)。
もう一つの研究分野、(2)「文法リテラシー」は、あまり聞き慣れないことばだと思います。文法リテラシーとは、多くの言語の文法において、広くあらわれる重要な現象や概念を正しく理解することによって、母語や他の言語(プログラミング言語などの人工言語を含む)のしつらえを理解できる能力のことです。つまり、どんな言語の理解や運用にも応用できるように、文法の普遍的な骨格になることがらについて母語を事例にしっかり理解しておきましょう、という教育のことです。
「文法の普遍的な骨格になることがら」というのは、より多くの言語に当てはまるような一般性の高い文法事項になりますので、まさに“土俵”文法が求められます。しかし他方で、この分野は真理究明よりも教育・学習支援を目的としていますので、その理論は良質に単純化されていることも必要です。これまで、こうしたことを志向した学習用の“土俵”文法の開発研究や啓発活動にも注力してきました。

メッセージ

— 最後に、受験生や在学生にメッセージをお願いします。
母語のように内面化しきっているために、かえって観えにくくなっているものを、どう客観化させるか ――― こうした思考訓練は、自分のモノサシにこだわらずに多様なモノサシを使いこなせる国際人を生むと考えています。
須田の授業では、文法とは、暗記して身につけるだけの知識ではなく、思考錯誤して鍛える知能なのです。そして、人にとってこの文法という知能は、自分自身の考えが持てるようになるための基礎です。文法の学びによって、自分の考えを明確に持てるようになり、より幸せになってもらいたいと思っています。【リンク】
須田淳一

須田すだ 淳一じゅんいち(教授)

早稲田大学大学院修了(文学修士)。愛知大学教授(日本語学)を経て、現職。この間に、北京日本学研究中心派遣専家(日本語史)、ハワイ大学言語学部交換助教授、フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)招聘教授など。

<リンク>

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