斎藤 達哉 教授
授業について
- — 最初に、斎藤先生の担当されている授業について教えていただけますか。
- 「日本語の音韻・表記」を担当しています。
- 日本語にとって漢字が重要な役割を担っているのは、現代の日本語でも同じです。しかし、一方で、漢字は、世界の人々が日本語を学ぶ際の「障害」になっているという一面も持っています。非漢字圏の言語を母語とする人々にとっては、漢字を学習することは大変な努力を必要とすることなのです。現代日本語の漢字仮名交じり文について、「どのような漢字を、どの程度使用すれば、一般の社会生活の中で読みやすく伝わりやすいのか」といったことは、「常用漢字表」(平成22年内閣告示)が一応の目安となっています。しかし、少子高齢化が進む日本では、EPAによる外国人看護師・介護福祉士の受け入れに代表されるように、日本語を第二言語として学んだ人と社会生活を共にする場面も多くなります。常用漢字表とは目的の異なる漢字使用の目安など、表記研究が社会に貢献できることは何かといったことも、授業中に問題提起してみたいところです。
「日本語の音韻・表記」は、2年生以上が履修可能な専門科目です。日本語のオトの変化の過程や、オトが仮名で書き表されるようになってからの歴史について、正確な知識を深めていくこと、さらに、そうした知識を土台にして現代日本語が抱える文字・表記の問題について深く考察できることを目指しています。
日本語にとって、「漢字」は大変重要な役割を担ってきています。奈良時代よりももっと前から日本語は存在しましたが、もともと日本語は文字を持たない言語でした。それが、他の言語に接触するなかで、「漢字」という文字に出会いました。当初は漢字だけを用いて日本語を書き表していました。
平安時代になって、漢字を変形させた文字(平仮名や片仮名の原型)が登場します。平仮名・片仮名は、日本語のオリジナルの文字というよりも、漢字とともに東アジアに広がっていた表記システムから派生したものだと考えられます。日本語話者たちが文字を獲得する過程には、異文化との接触が大きな影響を与えているのです。
ゼミナールについて
- — 次に、斎藤先生のゼミについて教えてください。
- 私のゼミでは、文字や表記の視点から日本語を研究しています。
- 前期のゼミは、変体仮名で書かれた古典籍(写本)の文字・表記の研究方法について学ぶことを目標としています。大まかな流れとしては、(1) 研究に適した写本の選び方、(2) 日本語史の知識に基づく予測の立て方、(3) 用例調査によって論証していく方法、(4) 見つけ出した事象が他の資料にも適用できるものなのかを調べる方法を身に付けます。ゼミ生は、少人数のグループに分かれ、グループのメンバー間で理解度を確認しあったり、議論したりしながら、段階を追って進めていきます。
- — ところで、「変体仮名」とは何ですか。
- 現在私たちが使っている平仮名の字体は、明治33年(1900)の改正小学校令施行規則で定められたものを踏襲したもので、一つの音に対して一つの字体が当てられています。
- 例えば、/ki/ という音に対して、「き」という字体(漢字の「幾」を崩し字にした形)が当てられています。しかし、日本語の仮名表記は、伝統的に一つの音に複数の字体が存在していました。/ki/ には、「き」のほかに「」という字体(漢字「支」を崩し字にした形)や「」という字体(漢字「起」を崩し字にした形)などが存在していました。このうち、小学校令施行規則に示された字体以外(「」「」など)を「変体仮名」と呼んでいます。「」(崩し字に刷る前の漢字「幾」で、「き」と同じ字源)も変体仮名と呼ぶこともあります。
- 変体仮名は現在でも、商業での表記に残っていることがあります。そば店ののれんや看板に「」(キソバと読む)と記してあったり、はし袋に「おて」「おて」(ともにオテモト)と印刷してあったりします。
後期のゼミは、自分たちが覚えた文字・表記に関する専門知識を人に分かりやすく説明することを目標としています。人に分かりやすく説明できるということは、自分の知識の深化・整理がきちんとできていることにほかなりません。令和3年度は、小田原市内の商店の看板に用いられている変体仮名や漢字の異体字などを紹介することに取り組みました。NPO法人小田原まちづくり応援団さんが行っているイベント(ツアー)の一つとして、専修大学斎藤ゼミナールと歩く「モヤっと小田原歴史文字探検」を企画しました。残念ながら、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って、実施を自粛することになりましたが、その代わりとして、twitter上で「小田原歴史文字探検」(@mojilabo_2021)を行っています。
「生」、「御手」「御手」の例
※ 変体仮名の文字画像は、情報処理推進機構と国立国語研究所が開発した学術情報交換用変体仮名 を利用しています。
研究について
- — では、先生のご研究について教えてください。
- 仮名を主体にして記された古典籍(仮名資料)を用いた表記研究をしています。
- 例えば『源氏物語』には何百という写本が存在しますが、使用されている変体仮名や漢字を手掛かりにして写本のグループ分けを試みています。
- また、本来漢字だけで記される法華経を訓読して、あえて仮名書きにした「仮名書き法華経」というものがあります。仮名書きといっても、ある程度の漢字が使用されているので、仮名文資料への漢字の定着度を探ることにも取り組んでいます。
- それから、古典資料では、送り仮名が現代と比べて少なかったり、不統一であったりします。送り仮名の固定化の過程にも興味があります。
- こうした研究の成果は、2021年2月に『国語仮名表記史の研究』として刊行しました。
- それから、古典籍だけを扱っているわけではありません。変体仮名を国際文字コード規格(ISO/IEC 10646)に追加提案するにあたって、提案する変体仮名を選定するプロジェクトに参加したこともあります。文字符号化やフォント開発などの問題が残っていますが、変体仮名をコンピュータで自在に利用でき、WEBやメールでも文字化けしないという環境づくりの第一歩として社会に貢献できたのではないかと思っています。
- — 文字・表記の研究に取り組むようになったきっかけは何ですか。
日本語学の研究を始めたときは、古代日本語の語彙(類義語)の研究をしていましたが、古典資料から用例を収集する際、常に表記の問題に悩まされていました。その頃は、電子化されたデータベースが整備される前でしたので、手作業で用例をカードに抜き出して整理していました。
例えば、源氏物語に使われている類義語「ウチ」「ナカ」はどのように違うのかといったことを調べるには、「うち」「なか」と表記された用例だけを収集したのでは不十分です。ウチという語は「うち」「内」「中」の3種類の表記、ナカという語は「なか」「中」の2種類の表記がなされているからです。つまり、同一語なのに、同じ資料の中で仮名で表記される場合と漢字で表記される場合とが混在しているのです。
用例を収集するときに、常に表記の問題に気を使うものですから、次第に古代日本語の表記に関心が移っていきました。
メッセージ
- — 最後に、受験生や在学生にメッセージをお願いします。
- 何よりもまず、日本語学を学ぶ意義について、伝えたいと思っています。
- 言葉には、公共性をもった伝達ツールという側面があります。このことは「広場の言葉」という比喩で表現されることがあるのですが、受け手に伝わりやすい表現になっているかという配慮ができる人になってもらいたいと思っています。
- それから、大学では、講義を受けることだけでなく、ゼミの活動を通して、積極性、計画性、実行力を伸ばしていってほしいと思っています。「教えてもらわなければ分からない」「まだ習っていないから知らない」といった受け身の姿勢ではなく、自分で課題を設定して、図書館を活用しながら積極的に探究していくことに多くの時間を使えるのが大学生活の醍醐味だと思います。
斎藤 達哉 (教授)
1998年、国立国語研究所情報資料研究部研究員。文化庁文化部国語課専門職(国語調査官)、国立国語研究所研究開発部門主任研究員などを経て、2010年、専修大学文学部准教授。2012年、文学部教授。2020年から国際コミュニケーション学部教授。
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