人文科学年報

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第40号~

第49号(2019年)

共同研究論文
伊吹克己「雑音について」
野口武悟「日本における鉄道遺産の保存と活用-地方公共団体を対象とした質問紙調査を通して-」

個人論文
石塚久郎「“Splendida bilis”-ウォルター・スコット、胃痛、胆汁、カロメル薬-」
川崎誠「言語事実と論理-『論理的構文論』による読解-」
田中禎昭「八世紀における戸主の任用と年齢秩序-大宝二年御野国加毛郡半布里戸籍の検討-」
中村政徳「最大削除制約効果における言語間の差異」
西口拓子「『ヘンゼルとグレーテル』の類話について」
八島純「『的』の接尾辞付加に関する覚書」 第48号(2018年)

第48号(2018年)

共同研究
寺尾格「「越境」するドイツ現代演劇―ゲーテ『ファウスト』のニコラス・シュテーマン演出(2011年)について」

個人論文
伊藤 博明「セッサ・アウルンカ大聖堂におけるシビュラ像について」
井上 幸孝「サパタ・イ・メンドサ『高貴なるトラスカラ市の年代史』に関する一考察」
川崎 誠「なぜ『資本論』は『大論理学』のように見えるのか?」
佐久間 由梨「オバマ時代のポピュラー・ミュージック(1)―レディ・ガガの“Born This Way”とマックルモアの“Same Love”にみる性的マイノリティ表象」
恒木 健太郎「【資料報告】日本学をめぐる「對獨文化工作」の動向─「全獨日本人文化事業關係者會議ニ關スル報告書」(1936年)について」
松下 知紀「LaglandとMalvern」
宮田 宗彦「人工言語学習におけるインプット頻度、分布、プレゼンテーションモードの影響について」
第47号(2017年)

第47号(2017年)

共同研究
高久 健二「川崎市蟹ヶ谷古墳群の発掘調査と神庭遺跡」
寺尾 格「罵倒のかなた—トーマス・ベルンハルトの『伐採』とクリスチアン・ルパの演出—」

個人論文
コルバート・カーニー、道家英穂訳「アフリャン・ナマルヴ(死者たちのミサ)オーン・オトゥーリシュク」
川崎 誠「ソシュール『一般言語学講義』の論理」
高橋 清德「中世パリにおける学生用の『辞書』(ヨハンネス・デ・ガルランディア著)について―諸職業についての初期的記述を中心に―」
中村 政徳“Elidability and Interpretation”
西口 拓子「『教育雑誌』に発見されたグリム童話の明治期翻訳の底本について」

第46号(2016年)

共同研究
土生田純之「川崎市蟹ヶ谷古墳群の発掘調査」

個人論文
荻原幸子「アメリカの公共図書館における図書館委員会の意思決定-図書館関連雑誌の記事に見る近年の状況-」
川崎 誠「言語事実と論理-ウィトゲンシュタイン、ソシュールに出会う-」
寺尾 格「フィリップ・レーレの反資本主義的カリカチュア-グローバル化に対峙するドイツ演劇テクスト-」
中村政徳 On MazElide
貫 成人「コンテンポラリーダンスの身体とヨーロッパ諸都市の文化構造」
嶺井正也「インクルーシブ(包摂共生)教育の国際動向~概念を中心に~」
宮田宗彦 Input Frequency and the Leatning of L2 Morphology

第45号(2015年) 

共同研究
伊吹克己「「芸」が成立するとき」
樋口博美「ものづくり産地のしくみと技能伝承の変容と現状-山中漆器産地の高齢期にある職人の生業とくらしから-」

個人論文
石塚久郎「「ああ暑い、それは太陽のせい」-熱帯気候における白人の身体」
岡村陽子「高齢高次脳機能障害者のQOL及びウェルビーイングに影響を与える要因」
川崎 誠「ヘーゲル、マルクス、ソシュールそしてウィトゲンシュタイン(1)-「論理的構文論」による「ムーア」読解-」
鈴木丹士郎「「舞馬の難」の受容経路-『通俗忠義水滸伝』と曲亭馬琴の場合を通じて-」
仲川裕里「韓国の早期英語留学の動向と現状」
野口武悟・中和正彦・成松一郎・植村八潮「電子書籍のアクセシビリティに関する実証的研究(Ⅱ)-携帯型汎用端末による視覚障害者の自立的な読書の検討を中心に-」
松下知紀「『農夫ピアズ』写本アーカイヴ」

第44号(2014年) 

共同研究
出岡 宏「「道成寺縁起絵解き」をめぐってー〈かたり〉の場についての試論
荻原幸子「「エネルギー・環境の選択肢に関する討論型世論調査」に関する新聞記事の動向」
小山太一「和服のめりけんじゃつぷ、アメリカを訳すー翻訳家としての谷譲次/牧逸馬」
砂山充子「ラーフェンブスリュックのスペイン人女性亡命者」
馬場純子「地方都市における暮らしの変容と実態についての研究ー伝統産業に従事する人々の高齢期の生活について福祉の側面から探る(その1)-」

個人論文
大久保街亜「裏切り者の魅力的な微笑み:信頼ゲームを用いた再検討」
川崎 誠「ウィトゲンシュタインの「ポイントがわかる」ためのノート」
櫻井文子「都市型コレクションの有用性 19世紀フランクフルトのゼンケンベルク自然誌博物館を例に」
中村政徳「日本語の分裂文について」
西口拓子「岡本帰一に影響を与えたドイツの挿絵画家たちー『グリム御伽噺』を例にして」
野口武悟・植村八潮・成松一郎・松井進「電子書籍のアクセシビリティに関する実証的研究(Ⅰ)-音声読み上げ機能の検討を中心に-」
松下知紀・寺沢憲吾「専修西洋者写本MS1『ポリクロニコン』と「単語単位」認識プログラム」

第43号(2013年)

共同研究
山田健太 「3・11を新聞はどのように伝えてきたか」
松尾容孝 「移動職能集団木地師の活動とそれを支えるメカニズム」
桃尾美佳 「自分だけの部屋ー"A Painful Case"に見る不在の詩学」

個人論文
伊吹克己 「神道の脱構築 : 折口信夫「神道概論」講義」
鈴木丹士郎 「「平産」から「安産」へ」
土屋昌明 「長安の太清観の道士とその道教ー史崇玄と張萬福を中心に」
大久保街亜 「視線・不安・恐怖:視線手がかり法による検討」
川崎誠 「「ノルウェーでムーアに対して口述されたノート」・読解(1)」
中村政徳 「日本語における節の削除について」
根間弘海 「江戸時代の行司の紫房と草履」
水上和則 「杭州出土の曜変天目」

第42号(2012年)

共同研究
石塚九郎 「膜と壁の解剖-ファイバー・ボディとバロキスム」
井上幸孝 「植民地時代メキシコにおける西洋文化の導入とナワトル語訳『イソップ寓話』」
国田清志 「専門科目教育にかかわる留学生の日本語教育ー簿記の学習状況の観察から考えるー」

個人論文
松尾容孝 「日本における育林生産特化以前の林野利用図」
高島裕之 「ベトナム・ホイアン市発見の刻書銘瓷予察」
根間弘海 「明治と大正時代の立行司とその昇格年月」
長谷川宏 「ノーム・チョムスキー:その言語理論と政治思想をめぐって」

第41号(2011年) 

共同研究
高桑晴子 「イギリスのナショナル・テイル-マライヤ・エッジワースの『パトロネッジ』」
西口拓子 「マルーラ村のアラム語の昔話-シリアとドイツ、ふたつの昔話集」
王伸子 「専門科目の学習を支援する日本語教育」
長田洋和、岡村陽子、村松励 「A Review Study of Juvenile Antisocial Behavior Related to Intellectual and Development Disabilities(Including Forensic and/or Criminal Issues)」

個人論文
末廣 幹 「“Are We Turnes Turk…?”:Representing“Turning Turk”in Othello and Jacobean Tragicomedies」
高島裕之 「「柿右衛門」と有田・南川原窯」
中村政徳 「Notes on Elipsis in Japanese」
根間弘海 「明治時代の四本柱の四色」
平田一郎 「EPP Effects under TP Stephen Ryan Integrating an ELF Perspective to English Education in Japan: Motivational Challenges and Opportunities」 第40号(2010年)

第40号(2010年)

共同研究
末廣 幹 「ウィリアム・ダヴェナントの『ロードス島の攻囲』第1部の不確定性」
野口武悟 「岐路に立つ地方自治体と図書館経営(Ⅱ) ― 福島県矢祭町と島根県海士町の場合 ―」
村松 励 「非行臨床におけるジェノグラム(Genogram)の活用」

個人論文
伊吹克己 「折口信夫の共同体論」
亀井明德 「1970年から2010年の中国陶瓷史研究」
川﨑 誠 「善の理念について ― 松原朗「盛唐期の台閣詩人と送別詩の確立」に学ぶ ―」
中村政徳 「かき混ぜと削除」
根間弘海 「改名した行司に聞く」

第30号~第39号

第39号(2009年)

共同研究
石金浩史「視覚オブジェクトの連続性を符号化する神経基盤」
野口武悟「岐路に立つ地方自治体と図書館経営(Ⅰ)」
砂山充子 「スペイン第二共和国 政治・女性・宗教を巡って」
大久保街亜 「時間情報処理の大脳半球機能差:検出・弁別・時間周波数」

個人論文
塚本利明「食材としての孔雀―漱石における想像力の一面」
荻原幸子「計画策定過程における「住民意思の反映」のあり方―クライストチャーチ図書館 Libraries 2025 Facilities Planの策定過程を通して」
寺尾 格「演劇する都市ウィーンあるいはブルク劇場 秋の巻再び -クルト・シュヴィッタース『〈原音ソナタ〉』上演について」
中村政徳「Wh-peudoclefts 」
根間弘海「番付の行司」
福島義和「世界の貧困は救えるのかー環境教育とコミュニティ政策―」
嶺井正也「イタリアにおける包摂共生教育制度の成立と展開に関する試論」

第38号(2008年)

共同研究
矢野建一 「中国における入唐留学生研究の動向」
松尾容孝 「広域東アジア非大都市圏における周辺地域振興にむけての素描」
砂山充子 「スペイン第二共和国 政治・女性・宗教を巡って」
大久保街亜 「時間情報処理の大脳半球機能差:検出・弁別・時間周波数」

個人論文
松下知紀 「Piers Plowman 写本の研究―Vernon 写本とSkeat校訂本の比較」
内田欽三 「菱川派の研究―菱川師房と菱川派工房」
川崎 誠 「哲学探究 270-280読解の試みー先行思考との対比による」
中村政徳「Non-successive-cyclic Movement 」

第37号(2007年) 

共同研究
飯尾秀幸「中国古代における人の移動とその規制に関する基礎的研究」
矢野建一「井真成研究 その後の研究動向によせて」
山田 智・矢野 建一共訳「付篇 王維坤「日本における「井真成墓誌」国際学術シンポジウム」
坂野明子「The Plot Against Americaに見る政治と家族」

個人論文
塚本利明「『吾輩は猫である』における諸問題」
前川 亨「「看話」のゆくえ―大慧から顔丙へ―」
萩原幸子「公共図書館界の住民に対する認識の変遷-1960年代から現在まで-」
永島 剛「衛生改革における中央と地方自治:ビクトリア後期イングランドと明治日本」
萩原 力「文学作品にみられるレトリック「アイロニー」を中心に The Short Reign of Pippin Ⅳの場合」
長谷川宏「再帰代名詞束縛―移動から「一致」へ

第36号(2006年) 

特別研究
永瀬治郎「言葉の男女差 -日本語の場合」

共同研究
岡田 隆「サーカディアンリズムと記憶 -メラトニン投与による長期増強抑制効果」
並木信明、上原正博「データベースと文学研究の諸問題」
田邊祐司「日本人学習者のための英語発音指導 -「交渉・発見型アプローチ」の教育的効果をめぐって」

個人論文
中村政徳「The Ellipsis -Movement Generation」
岡田敦美「メキシコにおける水利制度と水利権の史的展開」
川上周三「賀川豊彦の社会思想とその実践およびその現代的展開 -協同組合論を中心にして」
田中正敬「日本における工業用塩需要の拡大と朝鮮塩業 -内外地塩務主任官会議・内外地塩務関係官会議を中心に」
仲川裕里「「ホーム」がフィールドになる時 -ホーム・アンソロポロジストの利点と欠点をめぐる議論の再考」
小峰直史「日韓パートナーシップ論へのまなざし -共分散構造分析を使用して」

第35号(2005年) 

共同研究
岡田 隆「海馬シナプス可塑性とストレス」
小西恵美「1830年代の都市改革:キングス・リン選挙人の分析から」
田中正敬「関東大震災と朝鮮人の反応-その意識を考察する手がかりとして」
田邊祐司,三浦 弘,奥原 宇「認知的英語発音指導法のパイロット・スタディ」

個人論文
塚本利明「漱石とレズリー・スティーヴン-Hours in a Libraryを中心に」
川上周三「宗教とグローバル化-文化変容の問題を中心にして-」
中村政徳「残余要素移動と位相」

第34号(2004年)

特別研究
備前 徹「連想調査によって得られる語彙」

共同研究
近江 吉明「陳述書にみられる農民的要求の特徴-バス-ノルマンディー、オルヌ県の場合-」
廣瀬 玲子「王国維における歴史性-連続としての歴史/断絶としての歴史」

個人論文
川﨑 誠「「確実さ」とは何か-『哲学探究』における外的反省の理論-」
辻 達也「『一橋徳川家文章』摘録考註(六)」
前川 亨「羅教聖典の教理-<五部六冊>の分析-」
下澤和義「ジャンルとしての「エッセイ」その理論的地平について」
土屋昌明「平田篤胤の幽冥感と道教・神仙思想」
中田 保「テッド・ヒューズと「暗闇」」
中村政徳「島の修復と格」
根間弘海「英語のリズムと強勢表記」

第33号(2003年)

共同研究
上原正博「庭園のイメジャリー:イーディス・ウォートンの個人空間構築」
仲川裕里「文字による系譜に関する研究-朝鮮半島の族譜-」

個人論文
川﨑 誠「文であること-喚体論からの照射-」
永瀬治郎「談話分析の方法論的研究序論」
中村政徳「能格性と拡大投射原理」
根間弘海「相撲の軍配」
松尾容孝「岡山県真庭郡川上村における林野条例の変遷とその現代的課題」
松下知紀「写本Trinity College, Cambridge MS R.3.14とPiers Plowman : The A-Textの頭韻」

第32号(2002年)

特別研究
青木美智男「東海道神奈川宿と横浜開港-地域史的視点で見る幕末日米交渉史-」

共同研究
荒木敏夫「上宮王家と橘大郎女-日本古代の系譜意識とその基盤-」
辻 達也「『一橋徳川家文章』摘録考註(五)」
上原正博「庭園のイメジャリーを求めて:The House of Mirth論」
高橋清徳「国民国家とフランス語-ヴィレル=コトレ勅令(1539年)の歴史的位置づけをめぐって-」

個人論文
土屋昌明「李白の交遊と道教-元丹丘・胡紫陽・玉真公主を中心に-」
川上周三「浅草の宗教と社会-三社祭を中心にして-」
中村政徳「節随伴における素性移動」

第31号(2001年) 

共同研究
青木美智男「幕府文政改革前後の東海道神奈川宿と関東取締出役」
辻 達也「『一橋徳川家文章』摘録考註」
砂山充子「カルメン・デ・ブルゴス(コロンビーネ)のフェミニズムを巡って」

個人論文
川﨑 誠「文法の根拠について」
岩田行雄「フランス革命とロシア」
川上周三「ヴェーバーの政治社会学と現代ナショナリズム論」
仲川裕里「韓国のチプ(「イエ」)の概念について」
中村政徳「DP元位置疑問詞について」
嶺井正也「障害児教育法制に関する比較研究資料・その2」

第30号(2000年) 

共同研究
辻 達也「一橋徳川家文書摘録考註(三)」
巌 基珠「「三綱行実図」類の変化に表れた17世紀朝鮮の社会相 ―兄弟対立譚釈のための試論―」
成田雅彦「「エレミアの嘆き」とアメリカン・ネイチャーライティング ―ある自然描写の伝統をめぐって」
萩原 力「カリキュラム開発の研究 ―サジェストペディアに焦点を絞って」

個人研究論文
永瀬治郎「「若者言葉」の新語誕生と変化」
中村政徳「二種類の反受動態について」

個人論文
内田欽三「古山師政の研究―今治市河野美術館「歌舞伎遊楽図屏風」をめぐって」
松原 朗「韋応物送別詩考―五言体詩による送別詩の制作」
萩原幸子「都道府県立図書館における移動図書館の変遷」
川上周三「ウェーバーと現代社会学理論」
三浦 弘「上級者のための英語イントネーション指導」

第20号~第29号

第29号(1999年)

共同研究
辻 達也「一橋徳川家文書摘録考註(二)」
矢野建一「飛鳥寺の仏舎利埋納前段儀礼と方相氏」
萩原 力「カリキュラム開発について」

個人研究論文
黨 武彦「清代陵墓建築の歴史的研究-崇陵建築初期の行政処理過程-」

第28号(1998年)

共同研究
辻 達也「一橋徳川家文章摘録考註(一)」
萩原 力「カリキュラム開発に関して」

個人研究論文
金子洋之「妥当性と有用性-論理の本性についての一考察」
中村政徳「移動の循環性」

個人論文
川﨑 誠「何が固体化されるのか?-文法の根拠への問い」
亀井明德「和好賞翫の青瓷 試論」

第27号(1997年)

共同研究
高橋 貢、石黒吉次郎、小山利彦「年中行事と日本文学-戸隠・鬼無里・立山と古典文学」
辻 達也「江戸・城下町・在町-会津漆器の生産と流通をめぐる抗争」
中谷和夫「反応時間の統計モデルと精神物理学の動向-徒競走モデルから相対性モデルへ」

個人研究
内田欽三「初期浮世絵に見る遊楽図の研究-『上野不忍池遊楽図屏風』をめぐって」

個人論文
山下清美「景観認知と場所の意味」
中村政徳「目的語前置とその理論的意味」
宮前和代「英語における機能範疇の史的変化」

第26号(1996年)

共同研究
石黒吉次郎「日本文学と年中行事 -白山信仰の行事と芸能」
近江吉明「都市と農村の歴史的位置 -都市と農村の統一的把握をめざして-」
萩原 力「カリキュラム開発について -大学教養課程における英語教育プログラム開発に関して-」
岡村達也「カウンセリングと心理療法における情動 -精神分析とクライアント中心療法の場合」

総合研究
土生田純之「朝鮮半島の前方後円墳」

第25号(1995年) 

総合研究
大谷 正「新聞記者たちの日清戦争 -鈴木南洋と池辺三山の場合-」

共同研究
金城辰夫「情動発生に関わる認知的要因」
萩原 力「カリキュラム開発に関して」

個人論文
川崎 誠「喚体の諸相」
高橋勇夫「言語の再建へ -アメリカ文学批評の現代的諸相-」
蔭山雅博「明治日本の中国教育近代化に及ぼした影響について -中国教育近代化の事例研究」
サンドラ S.フォトス「タスクを中心にしたコミュニケーション学習と第2言語の習得: タスクの要素は学習者の発話能力にどう影響するか?」

第24号(1994年)

総合研究
廣田康生「都市とエスニシティ -エスニシティへの都市社会学的接近とその意味を巡って-」

共同研究
大森洋子「副詞:時制とアスペクトの関係 」
小山利彦「賀茂御祖神社禰宜里亭・河崎泉亭考 -『枕草子』の「賀茂の奧」を探る-」
高橋 貢「石清水八幡宮と古典文学」
伊吹裕美「小林秀雄「モオツァルト」試論 -“tristesse allante”をめぐって」

個人研究
川崎 誠「文の状況非拘束性 -その論理と本義-」

個人論文
小山起功「夢大陸の恥部? -南部のオルターナティブ-」
サンドラ S.フォトス「第二言語習得教育における動機づけ」
洪 潤基「金素月と日本近代史」

第23号(1993年)

総合研究
樋口 淳「在日韓国人のシャーマニズムとその継承」

共同研究
東條正城「情動の神経モデル」
矢野建一「神祇令供祭祀条と地方官祭祀 」
佐藤雅男(小林秀雄『感想』共同研究グループ)「小林秀雄における方法への問い-連作の古典論をめぐって-」

個人研究
堀江洋文「実存主義的聖書解釈と翻訳の諸問題」

個人論文
小山起功「夢大陸の恥部?-アメリカ社会史の中の南部-」
広瀬裕子「避妊とセクシュアリティーの一側面 」
福島義和「ロンドンドックランズ再開発地域の経済地理学的諸問題」
洪 潤基「韓国近代史とその詩史的背景小考」
矢ヶ崎淳子「ユダヤ系アメリカ人のアイデンティティ -その形成のメカニズム-」

第22号(1992年)

総合研究
サミュエル・グロッツ「バンシュのカーニヴァルと市の古文書」
樋口 淳「バンシュのカーニヴァルとサミュエル・グロッツ氏の業績」

共同研究
萩原 力「英語能力評価テストの研究 」
唐木幸比古「英語能力テストの統計分析 」
小林秀雄『感想』索引試作 共同研究グループ「小林秀雄『感想』」

個人論文
市倉宏祐「パスカルにおける数学的帰納法とフェルマにおける無限降下法の操作をめぐって 」
土井正興「デムーランとスパルタクス 」
山下清美「「場所」の概念をもとに、概念とは何かを考える(1)」

個人研究
ウィリアム・L・ボレッタ「マルチ文化主義とアメリカ教育の変貌 」
大島良行「ターナーの『フロンティア論』と現在の西部と開発史研究 」

第21号(1991年) 

特集 フランス革命
瓜生洋一「連盟祭を追う旅から-文書館でフランス革命を考える-」
加藤幸三郎「日本近代史研究における最近の諸潮流 -「フランス革命の200周年」とかかわらせて- 」
ゼ・エス・ベロウーソワ,ヴェ・ア・パゴシァン(林 基訳)「ヴィクトル・モイセエヴィッチ・ダーリン(1902-1985年)」

共同研究
大谷 正「明治前期の対外宣伝活動 -寺島,井上外務卿(外務大臣)時代に限定して-」
石黒吉次郎「石清水八幡宮と芸能 」
金城辰夫「情動の諸側面 」

個人研究
松原 朗「杜甫「詠懐古跡」詩考-古跡の意味するものについて 」

第20号(1990年)

フランス革命特集号
久重忠夫「フランス革命200年を機会に 」
家名田克男「フランス革命史研究考 」
矢澤昇治「家族制度にみるフランス革命 」
菊池健三「美的判断力と政治哲学-フランス革命と判断力をめぐるH.アーレントのカント解釈 」

共同研究
正野泰周「演劇改良運動と歌舞伎 」
矢澤康祐「関東大震災時における在郷軍人及び軍隊による朝鮮人虐殺について 」
東條正城「閉眠安静時アルファー波の大脳半球左右差とその男女差 」
椎葉 ●子・芦谷 清・森崎 震二「主題検索の手法-J-BISCの分析 」
佐藤弘明「マルチメディアCAI 」
専修大学人文科学研究所資料(1989-1990)

第19号~第10号

第19号(1989年)

共同研究
土井正興「スパルタクス蜂起と「共和政から帝政への移行」の関連をめぐる諸論議の深化のために 」
小山利彦・石黒吉次郎「和布刈神事と芸能 」
芦谷 清「学校図書館における目録 」

個人研究
市倉宏祐「ヴアレリーとパスカル 」
中田 保「デット・ヒューズにおける三つの「眼」 」
「専修大学人文科学研究所資料(1988-1989)」

第18号(1988年)

共同研究
荒木敏夫「日本古代の王権と女帝 ―その一 研究史の整理と再検討の視角 」
鐘ヶ江晴彦「教育の平等と解放の学力 」
石黒吉次郎「謡曲「鞍馬天狗」と児物語 」
萩原 力「英語学習能力の評価 -事例研究Ⅰ-」
森崎震二「件名目録考 -「情報化」時代に対応する主題検索の課題- 」

特別共同研究(人文研創立20年記念)
Tsutomu Yamazaki‘Christo's Art Commune’
「資料 ビデオテック(映像資料体)構成のための作品リスト(試案)」
「専修大学人文科学研究所資料」

第17号(1987年)

専修大学人文科学研究所所長 久重 忠夫「『創立20年記念号』発刊にあたって」

共同研究
辻 達也「荻生徂来『政談』流布の過程において生じた内容的変化について -『政談』諸本校典- 」
家名田克男「シャルル・セイニョボス考 -歴史学と社会学- 」
斎藤秋男「“さまざまな差別”をめぐるノート 」
石黒吉次郎、小山利彦、 高橋 貢「佐渡の芸能 -昭和61年度佐渡芸能祭の記録- 」
萩原 力「英語能力評価テストの研究 -英語能力評価テスト研究 」
椎葉●子「件名による資料検索法の研究 -主題検索(件名目録)の今日的課題 」

特別共同研究(人文研創立20年記念)
中嶋 斉「モダン・デザインと写真 -批評としての視角言語-」
「人文科学研究所資料集成(1967-1987)」

第16号(1986年) 

共同研究
石黒吉次郎「御伽草子・武家の御家騒動物について」
五井直弘「訪中日記(抄)」
嶺井正也「長崎・「障害」児就学訴訟の提起するもの 」
萩原 力「コミュニケーション理論に基づいた言語教育 -その理論的背景- 」
重松 毅「接近、回避の動因の生理心理学的考察」

第15号(1985年)

共同研究
土井正興「キルクムケリオーネス運動の歴史的展開」
石黒吉次郎「世阿弥能楽論の「無心」「妙」についてのノート」
川成 洋「イギリス1930年代のある知識人の肖像」
大西洋三「スペイン日誌」
永尾光史「大学一般教養英語と教授法」

第14号(1984年) 

共同研究
大西洋三「「戦争と文学」三年間を顧みて」
川成 洋「スペイン内戦期から太平洋戦争期における日・西外交関係」
川成 洋「散々たる成功と雄々しき失敗 -ブエナベントゥラ・ドゥルティの生涯- 」
土井正興「バガウダエ運動と古代から中世への転換」
大川瑞穂「西田幾多郎とギリシア哲学(2)」
林 基「今村仁兵衛の巴川通船 -その史料と研究の歴史-」
萩原 力「LLによる言語教育の場合 」
東條正城「精神作業、ストレス、および、光刺激に対して異なった反応を示す複数のα波成分について -多成分のα波の分析の試み-」

第13号(1983年)

共同研究
大西洋三「同人誌『世界文学』について-海外文学の紹介-(7)-スペイン内戦報道-」
大川瑞穂「西田幾多郎とギリシア哲学」
ユ・ヤ・コーガン、(林 基 訳)「18世紀後半のロシアにおける自由思想家に対する迫害 -元老院探偵局文書による-」
石黒吉次郎「御伽草子「あきみち」の周辺」
萩原 力「 ビデオソフと制作とカリキュラム開発」

研究ノート
川成 洋「スペイン戦争期のアナキズム運動について」
川成 洋「スペイン戦争と日本人義勇兵 補稿 -ジャック・白井の調査報告-」

第12号(1982年) 

共同研究
池川健司「同人誌『世界文化』について-海外文学の紹介-(5)-現代の遺産-ドイツ亡命者群像-(その2)」
川成 洋「同人誌『世界文化』について-海外文学の紹介-(6)-1930年代における日本知識人の抵抗」
家名田克男「《研究ノート》日本におけるフランス革命史研究の現段階について -一つの方法的考察-」
ユ・ヤ・コーガン、(林 基 訳)「18世紀ロシアにおけるヴォルテールの反キリスト教パンフレットの普及の歴史から(1)」
石黒吉次郎「天女と管弦・歌舞」
小山利彦「下鴨神社関係文献と祭祀」

第11号(1981年)

共同研究
渡辺 茂「太平洋における民族の移動について」
渡辺 茂「ポリネシア移動の跡をたずねて」
深作守文「カント『遺稿』における超越論的哲学」
尾形良助「人間学としての解釈学」
大西洋三「同人誌『世界文化』について-海外文学の紹介-(4)-スペイン情報-」
松本唯史「W.カウフマン『ちょっとしたこと』について」
川成 洋「《研究資料》スペイン戦争をめぐる二編の短編小説」
萩原 力「序<コミュニケーション理論に基づいた言語教育>」
清川英男「リーダビリティ研究の概観(Ⅱ)」

第10号(1980年)

共同研究
旗田 巍「朝鮮史の時代区分論序説 -朝鮮統治美化論・停滞論と時代区分論-」
イェ・イ・インドワア・ア・プレオブラジェンスキー、ユ・ア・ティホノフ著、(林 基 訳)「ロシアにおける農民の階級闘争とブルジョア的関係の形成(17世紀後半と18世紀) 」
石黒吉次郎「金春禅竹の世界」
池川健司「同人誌『世界文学』について-海外文学の紹介-(2) -現代の遺産-ドイツ亡命者群像-(その1)」
大西洋三「同人誌『世界文学』について-海外文学の紹介-(3) -アメリカ作家大会-」
池上賀英子「A.ウェスカー『三部作』について -その夢と挫折- 」
鈴木保昭「「サモア島のモーム」-『雨』を中心として-」
萩原 力「フィリピン雑録 」
東城正城・伊藤博子、山上誠次・高橋澪子、金城辰夫・重松 毅「α帯域の周期的閃光刺激が脳波に及ぼす影響とその個人差 -ヒトのアルファ波の特性について-」
萩原 力「On Several Important Factors in the Education of English Language as a Secondo Language in Higher Education」
清川英男「リーダビリティ公式と英語教材」

資料研究
川成 洋「日本におけるスペイン戦争関係文献目録」
第9号~第1号

第9号(1979年)

共同研究
今野 達「公任三舟説話の虚実」
中田 保「T.S.エリオットの伝記ふたつ -マシューズとゴードン-」
田島俊雄「<廃地>と<聖灰> -T.S.エリオットへの断想- 」
川成 洋「《研究ノート》 スペイン戦争と日本の新聞報道(2) -昭和11年8月1日から昭和14年3月31日までの『東京朝日新聞』のスペイン戦争関係の記事について-」
大西洋三「同人誌『世界文化』について -海外文学の紹介-」
ア・デ・リュブリンスカヤ、(林 基 訳)「絶対主義時代の人民大衆と社会諸関係の歴史研究の方法論について」
萩原 力「『高等教育における教育工学の「評価」に関する書誌学的研究』」

第8号(1978年)

共同研究
一柳富夫「和辻哲郎における「歴史」の問題(Ⅱ) -ヘーゲルおよび西田との対比において-」
ア・ア・プレオブラジェンスキー、ユ・ア・ティホノフ (林 基 訳)「全ロシア的市場形成の初期段階(17世紀)研究の成果」
萩原 力「高等教育におけるカリキュラム開発について(その7) -評価構成要素に焦点を絞って-」
大西洋三・川成 洋「イギリスにおけるスペイン戦争研究」

書評
川成 洋「初期イギリス人義勇兵の群像 -ジョン・ソマフィールドの「スペイン義勇兵」について-」

研究ノート
川成 洋「『左翼評価』とスペイン戦争」
大西洋三 編「ケンブリッジ便り」

第7号(1977年)

共同研究
久重忠夫「和辻倫理学における「悪」の問題について -『倫理学』第二章第七節への私注-」
大川瑞穂「ホメロス的社会とポリスの形成 -和辻哲郎の「ギリシア研究」考察の試み-」
アカデミー会員 エム・ヴェ・ネチキナ(林 基 訳)「封建制の「上昇」段階と「下降」段階とについての討議の結果について」
今井佐知子「《書評》 『解放された女性(ムヘレス・リブレス)』」
岸野淳子「スペイン市民戦争下の女性たち 」
重松 毅・金城辰夫・高橋澪子・東條正城・伊藤博子「脳波における個人差と行動の個人差との関連についての研究」

研究ノート
川成 洋「スペイン戦争と日本の新聞報道 -昭和11年7月19日から7月31日までの『東京朝日新聞』と『東京日日新聞』について-」

第6号(1976年)

共同研究
市倉宏祐「和辻倫理学における人間の概念をめぐって」
大西洋三「ドス・パソスとヘミングウェイ -スペイン市民戦争に関連して-」
川西 洋「スペイン市民戦争終結後十年間の反フランコ・レジスタンスの証言 -ファン・エルマーノスの『希望の終わり』を中心にして-」
渡辺 茂「マラッカ(下) -その過去と現在-」

第5号(1975年)

共同研究
渡辺 茂「マラッカ(上) -その過去と現在-」
池川健司「ドイツ亡命作家とスペイン戦争 -『言葉』誌を中心にして-」
アカデミー会員 エム・ヴェ・ネチキナ(林 基 訳)「封建的構成体の「上昇」段階と「下降」段階について -問題提起のために-」
矢代 中「「静止点」探究の意味とその秘密」
中田 保「樹の象徴と垂直次元への志向」
田島俊雄「護教詩人のONANISM」
中島 斉「鏡の中のエリオット」
矢野萬里「英語教育と漱石」
萩原 力「教育工学の分野を決定する要素は何か」
斉藤英三「北欧スカンジナビア地方における淡水藻のフロラと植生について(資料紹介)」

第4号(1974年)

共同研究
佐藤英一郎「敗戦直後の青年団再編についての一考察」
佐々木亨「労働者の、教育を受ける権利についての覚書」
斎藤秋男「働くことと“その土台”と -『山びこ学校』生徒の疑問をめぐって-」
小山 毅「旧植民地からの引揚者子弟の学習と労働の問題 -夜間中学日本語学級-」
土井正興「戦後日本における奴隷制研究の展開と奴隷制研究の当面する諸課題」
榎本良吉「Guided Composition -英作文指導の一つの試み-」
鈴木保昭「坪内逍遥の英語・英文学教育論」
山下文明「マレイシアの現況 -外資導入による産業開発-」

第3号(1973年) 

共同研究
大西洋三「国際義勇軍にみるアメリカ作家群像」
松本唯史「「スペイン市民戦争に関する作品」とは -W.ヘリック『エルマノス!』をめぐって-」
宮下誠一郎「スペインの経験と社会主義への移行の問題 -トリアッティ再考-」
池川健司「ファシズムと言語」
鈴木保昭「アメリカ文学の移入と日本の近代化 概説(1)」
鈴木保昭「漱石・ホイットマン・バーンズ -近代化への一視角-」
萩原 力「アメリカ文学の移入と日本の近代化の問題 -ナサニエル・ホーソンの場合-」
加藤忠彦「北川透谷著『エマルソン』考察 -明治の近代化-」
石川敏男「アメリカ演劇と日本の近代化(1)」
大本剛士「Emily Dickinson;A Bibliography;Writings in Japan」
遠藤叡子「“The Lame Shall Enter First”の意味について -The Violent Bear It Awayとの関係を中心に-」
相川治子「“The Lame Shall Entar First”における心理学の位置」
椙山喜代子「オコナーの作品における心理学の影響」
大西洋三「梗概ならびに横顔と生涯」
船戸英夫「T.S.Eliot:Four Quartets研究(3)」

第2号(1972年)

共同研究
須田豊太郎「自然観について -日本と西洋-」
一柳富夫「和辻哲郎における「歴史」の問題(未完) -ヘーゲルおよび西田との対比において-」
矢代 中・中島 斉・田島俊雄・山形和美「T.S.Eliot:Four Quartets研究(2)-“Burnt Norton”Ⅰ-」
日下部文雄「マレイシアの現況 -水利を中心としてみた第1次産業-」

文献紹介
「カラブリアのヨアキムの教説エス・エム・シュタム(林 基 訳)」

第1号(1971年)

所長 須田豊太郎「創刊の辞」

共同研究
斉藤秋男「中国知識人の教育観と“児童中心主義”理論の導入 -中国革命の中の児童観・児童像 第Ⅰ部」
佐藤英一郎「アメリカ独立革命期における教育の革新=近代化」
小山 毅「昭和初期教育運動における植民地教育認識の問題」
久重忠夫「「最後の審判」図研究序説」
大西洋三「フレデリック・R・ベンソン『武器をとる作家たち』」
矢代 中・中島 斉・田島俊雄・山形和美「T.S.Eliot:Four Quartets研究(1)1-“Burnt Norton”Ⅰ-」
重松 毅「脳波に見られる個人差の研究 Ⅰ 研究の方向づけ」
河内十郎「脳波に見られる個人差の研究 Ⅱ 脳波の個人差研究上の問題点」
野口真知子「脳波に見られる個人差の研究 Ⅲ 脳波のパワスペクトル分析」