専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2023年11月:海外の高校生が学ぶ日本語教科書

海外で使われている日本語教科書

皆さんは海外で使われている日本語教科書を見たことがありますか。海外では日本で作られた教科書もよく使われていますが、各国で制作された教科書も少なくありません。今回はタイとインドネシアの高校で使われている現地制作の教科書をご紹介します。

以下の表でもわかるように、タイとインドネシアは日本語学習者数が多く、ともに1980年代から高校で日本語が教えられています。今の学習者の動機付けはやはり日本のアニメやマンガ、J-POPですが、教科科目としての日本語教科書は各国の国家カリキュラム(日本の教育指導要領に相当)に準拠して作られています。どちらの国も、日本語でのコミュニケーション能力に加え、批判的思考力や問題解決能力といったコンピテンシーの育成も重視されています。

世界とタイ、インドネシアの日本語学習者の概要
世界全体 タイ インドネシア
日本語学習者数 379.5万人 18.4万人 71.2万人
世界順位 5位(東南アジア2位) 2位(東南アジア1位)
中等教育段階の日本語学習者数* 188.2万人(49.6%) 15.0万人(81.7%) 64.3万人(90.3%)
世界順位 4位 1位

* 中等教育は日本の中学、高校に当たる
出典:国際交流基金「2021年度海外の日本語教育機関調査

以下の2冊は私がタイでは制作アドバイザーとして、インドネシアでは執筆者として関わったものです。

タイの高校教科書『あきこと友だち』(TPA Press社)

2004年に初版、2017年に改訂版が出版され、現在も広く使われている『あきこと友だち』は、交換留学生としてタイの高校に来た日本人、あきことその友人達との学校生活を主な場面としています。タイトルの「あきこ」は制作当時、バンコクで売られていたお菓子の名前です。パッケージにひらがなで「あきこ」と書かれていて、現地の制作チームの先生たちが高校生になじみのある日本人の名前として提案しました。 本書では、あきこを通して日本の高校生の生活や日本料理、お正月などの年中行事も学んでいきます。加えて、タイ人の高校生が日本語で自分自身のことが話せるように、例文には「船で学校へ行きます」のようにタイらしい通学手段や、マンゴーやパパイヤ、ドリアンなど豊富な果物の名前も取り上げられています。また、日本でも水かけ祭りとして知られる「ソンクラーン」などのタイの年中行事についても簡単に説明する日本語を学びます。最近のニュースを伝える課では、お寺に寄付されたものが売られる「リサイクルのデパート」や、山で働くゾウの「病院」の話題も出てきます。使い方を説明する課では、身近な社会問題を科学技術と想像力で解決しようと、空飛ぶ車やお手伝いロボットのような機械を考え、日本語でプレゼンテーションをする活動も取り入れられています。

インドネシアの高校教科書『にほんご☆キラキラ』(Erlangga社)

2016年に出版された本書のタイトルの「キラキラ」はインドネシア語の“kira”が「考える」、2回繰り返すことで「よく考える」という意味になることから付けられました。国家カリキュラムが知識蓄積から思考重視に方針転換したことに合っていると同時に、日本語では光り輝いていることを表すオノマトペなので、目を輝かせて学んでほしいという教師や制作者の願いが込められています。 本書も、基礎的な日本語を学びながら、高校生が身近な社会や文化を考えるように工夫されています。その例として、インドネシアも日本も島国ですが、一方は東西に広がり、もう一方は南北に長くなっています。二つの国の国土のデータや地図を見て、生活にどんな影響や特徴が見られるかを考えます。また、インドネシアの高校では曜日によって異なる制服を着ますが、季節によって制服の衣更えのある日本と比較して、それぞれの理由や制服の意義を母語で話し合います。日本との比較だけでなく、国内の文化的多様性にも目を向けたり、栄養バランスの良い食生活や時間の自己管理などの生活スキル向上、校内美化のポスター作成や災害時の非常持ち出し袋作りなどの身近な社会問題とその対応策など、生徒が協力して行うプロジェクトワークが各課に盛り込まれています。

どちらの教科書も、日本語でのコミュニケーション能力の育成に止まらず人間形成の教育目的が強く意識されています。このように各国の教育政策や社会文化を反映した教科書の多くは、現地の大学や高校教員と日本の専門家による共同プロジェクトで制作されています。皆さんも機会があったらぜひ海外の日本語教科書を手に取って見てみてください。

なお、埼玉県さいたま市にある国際交流基金 日本語国際センター 図書館では世界各国で出版された日本語教科書を見ることができます。また、オンラインでの蔵書検索も可能です。

八田直美


<参照URL>
  1. 国際交流基金「2021年海外の日本語教育機関調査結果」 [link]
  2. 国際交流基金「日本語教育 国・地域別情報」 [link]
  3. 国際交流基金日本語国際センター 図書館 [link]

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