専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2023年7月:アフターコロナの日本語教育実習

2019年2月、「日本語教育実習C」でカナダに行ったメンバーは、売り切れが続出するマスクを調達するため走り回って渡航に備えました。その日本語教育実習が終了して間もなく、世界はコロナ禍に突入しました。そのメンバーも、学部生、院生はみな卒業、修了し、Aさんは企業に就職、Bさんは国際交流基金の派遣専門家としてベトナムへ、Cさんは国際交流基金の日本語パートナーズとしてインドネシアへ派遣され、Dさんは高校の国語教師になりました。

そして今年、2023年2月1日、4年ぶりに日本語教育実習Cが再開でき、文学部および国際コミュニケーション学部、両学部の日本語学科の学生、6名がカナダに出発しました。今回は、引率者である科目担当者の目で見た「日本語教育実習C」について、ご報告したいと思います。

新しい実習校はこちら!

今回の実習先は、太平洋側のBC州(ブリティッシュコロンビア州)の州都ビクトリア市にある St. Margaret’s School という幼稚園から高校までの一貫校です。その学園で2週間の授業観察と2回の教壇実習の機会をいただく幸運に恵まれました。

宿泊も校内の寄宿舎に各自個室を用意していただき、朝から夕方まで実習に集中することができました。 

それに加え、バンクーバーではサイモンフレイザー大学で2日間、授業に参加しました。また、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)からは日本語科目の先生にホテルまでお越しいただき、話を伺う機会も得ました。ビクトリアでは、ビクトリア大学(UVic)に2日間通い、授業に参加したほか、日本語イマ―ジョン幼稚園でも、幼児に対する日本語教育を体験することができました。

教壇実習を実施したSt. Margaret’s School に再び話を戻しましょう。この学校は、地元のビクトリアだけでなく、アメリカ、南米、アジア、アフリカ、ヨーロッパの各国から留学生を受け入れており、卒業後は、ほとんどの生徒が、弁護士や医者を目指して、法学部や医学部に進むという、高い学力をつけることを目指している女子一貫校です。現在、日本からは2名の生徒が留学しているということです。前回の日本語教育実習で訪問した時には、多くの中国からの留学生がいましたが、コロナ禍でその数はぐっと減り、現在は数名が残っているだけだそうです。中国のゼロコロナ政策で出国が難しくなったということが理由のようです。この学校では、中学、高校にあたる7年生から12年生に、日本語科目が開設されています。そして、その指導を、日本人教師の羽渕美千江先生がご担当なさっています。専修大学の学生も羽渕先生の授業を見学し、教壇実習の指導をしていただきました。

日本語を何語で教える?

日本語教育では、いくつかの指導法がありますが、日本国内の日本語学校では様々な国の留学生がいるということもあって、直接法と言われる、ターゲット言語で直接指導する方法を実施する学校が多いようです。しかし、国立大学の留学生センターなど、すぐに学位プログラムに送り出される教育現場では、全員の共通語である英語で日本語を教えている現場もあります。St. Margaret’s School では、簡単な指示は日本語で出されますが、指導のほとんどは媒介語である英語で行われます。そのため、羽渕先生から最初に、「英語は大丈夫ですか」と、英語でクラス運営はできるレベルかどうかという質問がありましたが、専修大学の学生たちは日本語による教壇実習の経験も少なく、もちろん、英語によるクラス運営はしたこともありません。その点も学んでほしいというのも、羽渕先生から要求されたクラス観察の目標の一つとなりました。国語の教育実習でも、日本語ができればクラス指導は簡単だ、ということにはなりませんね。国語教育の実習でも日本語教育の実習でも、緻密な教案を要求されますが、それだけでなく、日本語教育現場における日本語母語話者教師の課題の一つは、「自分が担当するクラスは何語で運営するのか」ということです。いつも日本語だけで教えられる状況ばかりではありません。

カナダにおける言語

ここで、カナダにおける言語使用の状況に目を向けてみましょう。カナダは英仏両言語を公用語とするということはよく知られていると思います。国歌も両言語で歌われ、製品等の説明も両言語で記述されています。しかし、両言語を公用語として実際に使用しているのはニューブランズウィック(New Brunswick)州という東部の小さな州ただ一つです。その他、東部のケベック(Quebec)州ではフランス語だけが公用語となっていますが、その他の州では基本的には英語が使用されています。例えば、ニューブランズウィック州では、交通標識も英仏両言語で示されていますが、ケベック州ではフランス語のみです。そして、その他の州では英語で表記されています。なお、「州」は、アメリカではStateですが、カナダではProvinceと言います。

クラス見学とLanguage Arts

さて、今回の実習先で特筆すべきは、日本語クラスの観察(observation)だけでなく、その他の科目を観察する機会もいただいたということでしょう。各自、いろいろな観点から観察したようで、日本と同じ科目を見せていただき、どのような違いがあるのかという観察をしたり(数学、歴史など)、日本にはない科目を体験したり(バンド、ミュージカルなど)、さまざまな経験ができたようです。

私もいくつかの授業に参加しましたので、興味を持った授業について報告しましょう。それは12年生、つまり高校3年生のEnglishというクラスです。日本語クラスの生徒がいたので、「何を勉強するんですか?」と聞いたところ、「先週まではShakespeareだったけど、今週からはBronteの『ジェーン・エア』」だと説明してくれました。どんな内容で、主人公はそのとき、どのような経験をしたのかという授業だと思いきや、実際に出席してみると、取り組み方が日本の「国語」科目とは異なりました。まず、『ジェーン・エア』はGothic novel、つまり大衆小説で、推理小説やロマンス小説の一種だという説明があり、話のどの部分でロマンスが出てくるかということが話の重要な点だという構造的指摘があり、この文学の位置付けやどのような型に当てはまる小説なのかということが説明されました。さらに、これを読んだ後に、自分の意見などを、「APAスタイルでまとめましょう」という課題が出ました。英語の論文などを書くときは、○○スタイルというのが重要になるのですが、高校の時から勉強するということに感心し、興味をもったので、授業終了後に担当の先生に質問しに行きました。


『ジェーン・エア』の挿絵

という2点についてです。ハーレクインロマンスとは、日本に40年ほど前に入って来た王道ラブロマンスで、ハッピーエンドしかないという、当時は翻訳ものだけの恋愛娯楽小説でした。もともとカナダのハーレクイン社がイギリスの恋愛小説の版権を買い取って、ロマンス小説専門の出版社となったのが始まりのようです。日本では、現在は日本語オリジナルの作家もいてコミカライズもされており、ますます市場を広げているようです。

ご担当の先生の回答は、ハーレクインロマンスと同じ要素があると思うけれども、少し路線を変えて作者自身の経験を盛り込んだり、主人公を美女ではなくしたりしたこと等で、「文学」として残ることができたのではないかということでした。また、次のLanguage Arts については、APAスタイルを習得しておけば、大学の入学願書に必要なエッセイを書くときに困らないから、その点を指導するということでした。日本では、Language Arts を言語技術と訳して学校教育に活用している教育者もいますが、なかなか国語教育にシステマティックに取り入れにくいことのようですので、興味深く思いました。(この場合、Artsとは、教養科目、文芸のような意味です。)

今後の「日本語教育実習C」

今回、数年ぶりに「日本語教育実習C」を実施でき、安心しました。期間も少し短くし、教壇実習対象は高校生になりましたが、参加した学生がインターンとして日本語教育に集中し、実習に専念することができるよい実習プログラムだったと思います。またすぐに今年度のプログラムの募集が始まります。将来日本語教育の教職に就きたい学生はもちろんのこと、海外における日本語教育の現場を体験したい学生のみなさんには、貴重な3週間になると思います。さらに、言語教育についても、日本とは異なる側面、「ランゲージ・アーツ」という、言語の構造に着目した教育方法を体験できる機会としても、重要な体験ができると思います。

最後に、実習をお引き受けくださり、多くの準備をしてプログラムを提供してくださった羽渕三千江先生とSt. Margaret’s Schoolのみなさまには、深い感謝を申し上げます。

王伸子


<参考文献>
  1. 王 伸子(2023)「ナレーションを活用した言語教育の音声教材 ―ランゲージアーツに着目して―」『専修大学外国語教育論集』51, 79-92
  2. Taeko Kamimura(2023)"Designing Effective EFL Writing Instruction by Integrating Genre-Based Pedagogy, Plurilingualism, and Language Arts for Japanese Educational Contexts: Part 1" 『専修大学外国語教育論集』51, 1-24

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