専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2023年1月:日本語学のできること・すべきこと・しなければいけないこと

「やさしい日本語」とは何か

「減災のための「やさしい日本語」」(以下「やさしい日本語」)というものを知っていますか?

「やさしい日本語」とは,「日本語母語話者が自らの日本語運用能力を調整して,日本語の理解力が十分でない外国人に理解できるよう,災害関連情報を伝達する際に使用することを目的とした日本語表現法」(横山ほか 2018:5)です。

私が担当する専門科目「日本語の社会的研究2」では,「やさしい日本語」にするための知識等を学習したうえで,複数のチームに分かれ,既存の防災資料を「やさしい日本語」に書き換えていくという活動を展開しています。これまでに,専修大学の『大地震対応マニュアル(ポケット版)』や,東京都が発行している防災パンフレット等の書き換えを行ってきました。

「やさしい日本語」版の資料を作成して終わってしまっては,自己満足になってしまいます。その資料の評価を教師である私が行うことはできますが,それだけでは十分とは言えないでしょう。やはり,第三者に評価してもらうべきです。 そこで,作成した「やさしい日本語」版の資料を,日本語教師のみなさんに評価してもらっています。これを「外部評価」と呼んでいます。

外部評価のコメントはかなり厳しく,(現時点での)実力を思い知らされる学生も多いのですが,手厳しく評価してもらっているからこそ,自らの “やさしい日本語力” の現状を認識し,さらなる発展につなげる道しるべをもらっていると感じています。

ロールプレイを通して

さて,学期中に資料作成をして外部評価をしていただき,外部評価を受けた資料の修正をして学期を終えます。外部評価の結果が返ってくるまでに2週間ほどの期間が空くのですが,この授業ではその間に,感染症拡大防止に努めながら,ロールプレイを実施しています。以下のような状況を設定します。

大規模な都市直下型地震が発生して,専大神田キャンパスに帰宅困難者や避難者が集まってきました。外国人の避難者も少なくありません。 ライフラインはすべてダメで,停電していますし,ネットも使えません。水や食料は配給に頼っている状態です。

外国人向けの情報発信も,もちろん重要です。 そこで,「やさしい日本語」の資料作成に携わったことのある皆さんが,外国人向けの情報提供を担当することになりました。

以上のような状況設定のもと,何時に給水車が来る,何時にどこで食料の配給がある等の情報について,「やさしい日本語」を使って掲示物を作成します。

ちなみに,専修大学と千代田区は,2005年に「大規模災害時における協力体制に関する基本協定」を締結しており,以下の3つの項目を主な内容としています。

  1. 学生ボランティアの育成
  2. 地域住民および帰宅困難者等の被災者への一時的な施設の提供
  3. 大学施設に収容した被災者への備蓄物資の提供

このロールプレイは,上記の2.を想定した活動ということになります。

外部評価をしてもらう資料はチームで作成するわけですが,このロールプレイはこれまでのチームは関係ありません。全く役割分担を決めずに,限られた時間の中で,限られた道具(画用紙や文房具等)を使って,学生同士で協力しながら掲示物を作成します。

これまでの授業で配布された資料類を確認してはいけませんし,スマホ等の電子端末の使用も禁止なのでインターネットで調べることもできません。私はこのロールプレイ中は「透明人間」になることにしているので,分からないことを先生に質問することもできません。自分たちの知識だけを頼りに資料作りをするしかないのです。そして,私に「はい,今から60分,はじめ!」と宣言されて,ロールプレイ開始…。

実践! ロールプレイ

「いや,どうしよう…」となってしまって,うまく活動できないまま時間が過ぎていく…。なんて状況を想像しませんか? いやいや,(身内を褒めてはいけないかもしれませんが)さすがは専大日語生ですよ。リーダー役を買って出て,ほかの学生に作業を割り振っていく学生がちゃんと出てきます(左:1年生の塩見さん,右:2年生の石黒さん)。

それだけではありません。私が提示した情報は,何時に給水車が来るであるとか,何時にどこで食料の配給があるといったことだけ。その情報から「帰宅困難者は専大の建物の場所を知らない人だっているのだから」と地図を作成したり,イラストがあったほうが分かりやすいだろうとイラスト作成のチームができたりと,自主的に工夫を重ねながら掲示物を作成していきます。


専大・神田キャンパスの地図を作成しています

「やさしい日本語」を実践的に活用していく経験を通して,大人数の中で自分の役割を果たしていく重要性や,その役割を自ら担おうとする積極性も養えるのではないかと思っています。


作成した掲示物の一部です。

そして,この災害の多い日本という国において,すべての人が十分な災害情報を受けとることのできる社会を目指して,日本語学を学んだ私たちに「何ができるのか,何をすべきか,何をしなければいけないのか」を問い続けていこうと考えています。

阿部貴人


<参考文献>
  1. 横山詔一・杉戸清樹・佐藤和之・米田正人・前田忠彦・阿部貴人 編(2018)『社会言語学の源流を追う』(シリーズ社会言語学2)ひつじ書房. [link]

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