専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2022年8月:高等学校の国語科が変わります

はじめに

皆さん、こんにちは。専大日語の教員になって2年目の山下直です。私は日語の学生の皆さんの中で、国語科の教員免許取得を目指している方々のお手伝いをするために、「国語科教育法」などの教職の科目も担当しています。これらは日本語学とは別の国語科教育学の講義です。そこで今回は、国語科教育学に関するお話をしたいと思います。

学習指導要領というものをご存知ですか

皆さんは、学習指導要領というものをご存知ですか。学習指導要領とは文部科学省が公示する教育課程の基準のことを言います。日本の学校教育で生徒たちにどのような学習指導を行うかの基盤を定めたものです。終戦直後の昭和22年に試案が出されてから、おおよそ10年ごとに改訂され現在に至っています。直近では平成29年に小学校と中学校、平成30年に高等学校の新しい学習指導要領が公示されました。

知らないうちに学習指導要領改訂の影響を受けています

日語の学生の皆さんの多くは、小学校と中学校では平成20年版学習指導要領、高等学校では平成21年版学習指導要領に基づいた教育を受けてきていると思います。現在の小学生、中学生は平成29年版学習指導要領、高校生は今年度の1年生から平成30年版学習指導要領に基づく授業を受けているので、皆さんとは少し違った学習をしていることになります。ただ国語科の場合は、小中学校は学習指導要領の改訂に敏感なのですが、高等学校では学習指導要領が改訂されても教科書が大きく変わることはありませんでしたし、教える内容が大きく変わるという感覚もありませんでした。(もちろん、変わっているところは多々あるわけですが。)

あまり実感はないかもしれませんが、皆さんは授業中にグループになって活動するのが大変上手です。授業中にちょっと周りの人と意見を交換するとか、グループで学習に取り組むということに抵抗感を抱く人が少ないように思われます。実際、私の講義を受講している皆さんの多くが、授業中に隣の人との意見交換をスムーズに行えているように見受けられます。これは、平成20年版学習指導要領において、すべての教科で言語活動を通して指導することが定められたことによる効果だと私は考えています。

言語活動を通して指導するというのは、講義一辺倒の授業にせずに、生徒たちが自分で考えたり、お互いに話し合ったり、文章に書いたものを相互に評価したりする活動を積極的に授業に取り入れるということです。そのため、皆さんは様々な場面で言語活動を通して学習する体験を積み重ねてきているので、隣の人と意見交換するのもスムーズにできるわけです。平成20年(2008年)当時は、教育現場に言語活動というものが十分に定着しておらず、活動などというまどろっこしいことをするよりも教師がパパっと説明する方が、効率が良いという考え方する人もかなり多くおりました。確かに活動を通して学習を展開することは、教師が説明するよりも時間がかかりますし、そもそも効果的な活動を実践するのは容易なことでありません。しかしながら、活動を通して生徒自身が自分で気づいたことは、実感として定着します。教師の説明を聞くだけでは実感を伴った理解を得ることはなかなか難しいと言わざるを得ません。その意味で、活動を通して学習指導を行うことは有効であると考えられています。このように、皆さんはあまり意識していないと思いますが、学習指導要領が改訂されたことによる影響を受けているわけです。

高等学校国語科の課題

以上の点を踏まえて、ここでは高等学校の国語科の話をしたいと思います。平成20年版学習指導要領の下での教育によって、言語活動を通して指導することが定着したことは上に述べた通りです。ただ、これは義務教育段階(小中学校)においての話です。文部科学省は、高等学校ではまだまだ講義一辺倒の授業が行われていると指摘しています。平成29・30年版学習指導要領を作成する際の基本的な理念などをまとめた中央教育審議会答申(平成28年12月11日)には、「高等学校では、教材への依存度が高く、主体的な言語活動が軽視され、依然として講義調の伝達型授業に偏っている傾向があり、授業改善に取り組む必要がある」とはっきり述べられ、高等学校の国語科の学習指導が言語活動を軽視していると断言しています。このような指摘を踏まえて、高等学校の国語科の指導を大きく変えることが求められました。

先にも少し述べましたが、高等学校はこれまでいくら学習指導要領が変わっても、教科書自体が大きく変わることがありませんでしたので、多くの教師は学習指導要領が改訂されても高等学校の国語科は何も変えなくて大丈夫という感覚を持っていました。そこで、今回の改訂では、教科書も大きく変わらざるを得ないように学習指導要領を変える必要がありました。

「読むこと」ばかりの高等学校国語科

国語科で学習する内容は、「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の三つの領域に大きく分けられます。ですがどうでしょう。皆さんの高等学校の国語科の学習のことを思い出そうとすると、小説や評論文(厳密には教材ですが)のタイトルが浮かんできませんか。国語科の学習を通して「こんなことができるようになった」ではなく、「こんな文章を読んだ」ということが記憶に残っているのではないでしょうか。もしそうだとしたら、それは高等学校の国語科の授業時間のほとんどが「読むこと」の学習に費やされていたということかもしれません。

先に挙げた中央教育審議会答申には、「高等学校の国語教育においては、教材の読み取りが指導の中心になることが多く」なっていることや、「話し合いや論述などの「話すこと・聞くこと」、「書くこと」の領域の学習が十分に行われていないこと」が指摘されています。つまり、高等学校の国語科は「読むこと」の授業ばかりやっていて、「話すこと・聞くこと」「書くこと」の授業が十分に行われていないというわけです。この点を改善することが、平成30年版学習指導要領を改訂する上で大きな課題となっていました。

高等学校国語科の新しい科目編成

平成20年版学習指導要領では、国語科の必履修科目は「国語総合」という科目でした。皆さんは高校1年生の時に「国語総合」の教科書で勉強したことと思います。この科目は標準単位で週に4回の授業が行われていました(高校によっては5回のところもあります)。平成30年版学習指導要領では、この「国語総合」を二つの科目に分けることにしたのです。それが「現代の国語」と「言語文化」という科目です。科目名だけを見ると「現代の国語」では現代文分野の学習、「言語文化」では古典の学習をするような印象を持ってしまうかもしれません。でも、それだと結局「読むこと」の学習ばかりすることになってしまいます。

平成30年版学習指導要領では、それぞれの科目で「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」の学習に年間で何時間配当するかを明記することで、「現代の国語」は「話すこと・聞くこと」「書くこと」の学習に重点を置いた科目、「言語文化」は「読むこと」の学習に重点を置いた科目として位置付けました。それぞれの科目における各領域の配当時間は以下の表のように定められています。

「話すこと・聞くこと」「書くこと」「読むこと」
現代の国語(年間70単位)20~30単位時間程度30~40単位時間程度10~20単位時間程度
言語文化(年間70単位)時間配当なし5~10単位時間程度60~65単位時間程度

単位時間というのは授業を行う回数のことです。「現代の国語」と「言語文化」は標準単位で週に2回の授業を行うことになっており、年間で70回の授業をやることになっています(学習指導要領では授業を行うのは年間で35週と定めています)。上の表を見てお分かりの通り、「現代の国語」は年間70回の授業のうち、「話すこと・聞くこと」「書くこと」の授業を50回以上行うことが定められています。実に全授業の7割以上を「話すこと・聞くこと」「書くこと」の学習に当てることになります。一方、「言語文化」は年間70回のうち60回以上(85%以上)を「読むこと」の学習に当てることになります。

「話すこと・聞くこと」「書くこと」の学習に重点を置く「現代の国語」という科目を新設することで、高等学校でも「話すこと・聞くこと」「書くこと」の学習を行わざるを得ない状況を作ろうとしたのです。

これからの10年が大切

以上のような趣旨で高等学校国語科の科目編成が見直されましたが、高等学校では今年の4月から新しい科目の指導が始まったばかりです。これまでにない科目編成なので、教育現場では戸惑っている教員が多くいることでしょう。当然、このような改訂に対する反対意見も数多くあります。冒頭にも述べたように、学習指導要領はおおよそ10年ごとに改訂されるのが慣例です。次の改訂までの10年で平成30年版学習指導要領の趣旨をどこまで実現できるか、実際に成果をもたらすことができるかがポイントになることでしょう。

大切なことは、国語科の学習で何ができるようになったのかを学習者自身が自覚できるようにすることです。高等学校の国語科のこれからの10年間はとても大切なものとなるでしょう。私もそのためにできる限りの力を尽くしたいと考えています。

山下直


<参考文献>
  1. 中央教育審議会答申(平成28年12月11日) [link]
  2. 平成29年版小・中学校、高等学校学習指導要領、及び解説 [link]

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