専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2022年7月:めっちゃピンクい

色彩語彙とは何か

色を表す語のことを、「色彩語」と呼びます。 また、色彩語の集合を「色彩語彙」と呼びます。 日本語には、「赤」「青」「白」「黒」「黄色」「緑」「紫」「茶色」「ピンク」「オレンジ」「群青色」「肌色」など、さまざまな色彩語がありますが、 それぞれの形態的な振る舞いに着目すると、いくつかのグループに分けられることに気づきます (以下の例は、『日本国語大辞典』『現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)』などを参照して、用例の存在が確認できたもののみを載せています)。

  • 「~い」の形になれるもの:赤い、青い、白い、黒い、黄色い、茶色い
  • 「~み」の形になれるもの:赤み、青み、白み、黒み、黄色み、緑み、紫み、茶色み、ピンクみ
  • 「~さ」の形になれるもの:赤さ、青さ、白さ、黒さ
  • 「真(っ)~」の形になれるもの:真っ赤、真っ青、真っ白、真っ黒、真っ黄色、真緑、真紫、真っ茶色、真っピンク
  • 「真(っ)」の後で重複できるもの:真っ赤っ赤

ただし、これらは人によって判断がゆれるかもしれません。「茶色み」「ピンクみ」などには抵抗がある、という人がいるかもしれませんが、実際には 「徐々に茶色みがかってくる」「明るいピンクみのあるベージュを選ぶと」のような用例が観察されます(BCCWJ)。 また、辞典やコーパスでは確認できませんでしたが、「茶色さ」「真っ黄っ黄」「真っ茶っ茶」などは、たまに目にする(耳にする)機会があるように思います。

その一方で、「ピンクい」「緑い」「真っ群青色」「真っ肌っ肌」などの形を作ると、大抵の人は「許容できない」と判断するのではないでしょうか。

いろいろな色

色彩語の種類によって形態的なふるまいに違いがあるという事実は、色彩語彙が一様でない(体系的でない)ことを示しています。 森田(2009)は、日本語の色彩語彙を次の三つのグループに分けています。

  1. 基本的な色彩語:赤、黒、青、白
  2. 他のものの色合いを借用して作った語:茶色、黄色、緑色、紫色、桃色、蜜柑色、灰色、狐色、鼠色、金色、銀色
  3. 外来語:ピンク、オレンジ、グレー、グリーン、ブルー、シルバー

このうち「1. 最も基本的な色彩語」は、「赤、黒、青、白」の4色であるとされています。 古くは、「藍」「紺」「紫」「緑」などの色も、すべて「青」という色彩語で表現されていました。 現代でも「青りんご」「青じそ」「青信号」など、緑色のものを「青」と表現するケースが残っています(こちらのコラムも参照)。 これらは「赤い花」「黒い服」のようにイ形容詞として使われるだけでなく、「赤の靴」「黒のスーツケース」のように「の」を介して連体修飾をすることもあります。

次に、「2. 他のものの色合いを借用した語」を見てみましょう。「茶」は当然、お茶の色からの借用ですね(現代で言えば「ほうじ茶」でしょうか)。 「黄」は元来「木材の色のキ(黄)なるところから」を語源とする語であり(『日本国語大辞典』より。諸説あります)、 また「緑」は元来「草木の芽。新芽。」の意を表す語で、いずれもそこから色の名前に転じたものです。 「紫」は植物(ムラサキ科の多年草)、「桃」「蜜柑」は果物、「狐」「鼠」は動物から、それぞれ色彩語に転じたものです。 このうちイ形容詞になれるのは「茶色い」「黄色い」のみで、他は「の」を介して名詞を修飾します。

最後の「3. 外来語」は、英語からの借用が大半を占めます。 これらは「ピンクの」「オレンジの」のように「の」を介して名詞を修飾する場合が通例ですが、 「かなりグレーな部分もあるかとは思います」「相変わらずのブルーな海」(BCCWJ)のように、ナ形容詞の語幹として使われる場合もあります。 最近では、「ブラックな職場」などの使われ方もあるでしょうか。

「ピンクい」?

色彩語彙に限らず、外来語がナ形容詞の語幹として取り入れられるケースは、「スマートな」「ビッグな」「クールな」など、多くあります。 ところが、外来語をイ形容詞化して使う例は、あまりありません。 今では死語(廃語)の「ナウい」は、その一つです。あとは「グロい」「エロい」、最近では「エモい」「チルい」などもありますが、数の上では極めて限定的です。

ところが、Twitterを検索してみると、「ピンクい」という用例が多数見つかります。 これは、外来語である「ピンク」をイ形容詞の語幹として利用していることになります。 さらに、「緑」をイ形容詞の語幹として利用した「緑かった」という表現もありました。

他にも検索してみると、いろいろなパターンの用例が数多く見つかります(中には「「緑い」とは言わない」のようなメタ的な言及もあります)。 以下のリンクから、最新の検索結果をチェックしてみてください。

このような実態を、みなさんはどう見るでしょうか。 確かに、Twitterというパーソナルな言語発信メディアの中で、非規範的な言語表現を意図的に利用している(ふざけて使っている)、という側面はあるでしょう。

その一方、200時間分の日常会話を収録した『日本語日常会話コーパス(CEJC)』には、「え なんか これさ ピンクいよね」という発話が記録されています (愛知県出身、東京都在住、15~19歳の女性の発話です)。 実際の話し言葉の中にも、「ピンクい」という表現が出てきていることになります。

ただし、この場合、方言の影響という可能性も考慮に入れる必要があるでしょう。沖縄や東海地方では「ピンクい」が使われる、という報告もあります (上に挙げた例も、愛知県出身の話者ですね)。 また、朝日(2018)によると、三河方言・尾張方言では「にぎやかな」を「にぎやかい」、「丈夫な」を「丈夫い」など、ナ形容詞をイ形容詞化して使うそうです。

「ピンクい」「緑くない」などを、「SNSの中だけで見られる非規範的な表現」としか捉えないのは、一面的な見方だと言えそうです。

追記: 今回の話題について、大学院生のみなさんとTwitterをさらに検索してみたところ、 「ギャルい」 「ヤンキくない」 「バブければ」 のようなイ形容詞の用例も見つかりました。「イ形容詞化」の流れは、どこまで進むのでしょうか。
追記2: 今回のコラムに対して、熊本大学の茂木俊伸先生から、中田(2000)という参考文献を教えていただきました。1996年に、尾張・名古屋・三河の出身者に「ピンクイ」「ミドリイ」などの使用率をアンケート調査を実施した研究で、たいへん参考になりました。茂木先生、どうもありがとうございました。

丸山岳彦


<参考文献>
  1. 朝日祥之(2018)「標準語のようで標準語ではない愛知県のことば」『みんな知らない方言の世界』愛知大学人文社会学研究所. [PDF]
  2. 森田良行(2009)『ビミョーな違いがわかる コトバ辞典』三省堂.
  3. 中田敏夫(2000)「「ピンクイ」の誕生」『愛知教育大学研究報告, 人文・社会科学』49, pp.1-10. [PDF]

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