専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2022年4月:「~したときある」って言ったときある?

ゼミナールでの話題から

2022年3月22日、日本武道館で「令和3年度 卒業式」が行われ、私のゼミからも卒業生が巣立っていきました。2年次から3年間あるゼミナールも、毎年、卒業生を送り出す頃にはあっという間だったように感じます。そのような時期なので、今月のコラムは、今回の卒業生がまだ2年次の時に、ゼミナールで話題になったことについて書くことにします。

『問題な日本語』から

『問題な日本語』という本に「昔、その公園で遊んだときがある」(執筆:鳥飼浩二)という項目があります。ここでは次のような使い分けについて述べられています。

(1) 昔、その公園で遊んだことがある
(2) 昔、その公園で遊んだときがある

(1)の「~たことがある」は〈経験〉、すなわち、あまり頻繁ではない、過去における事態の成立を思い返して言う表現です。(2)のように「とき」を使う言い方をこのごろよく耳にするが、間違いではないかという質問に対し、筆者は、意味の似た「~たことがある」と「~たときがある」を混同した例と考えられるとし、〈経験〉の意味で「とき」を使うのは誤りという見方を示しています。

また、同様の誤りの例として次の2例を挙げています。

(3)先生には数回お目にかかったときがあります
(4)アメリカには一度だけ行ったときがある

「とき」の正しい用法としては、次のような〈時間の存在〉の表現を挙げています。

(5)彼とは一緒に住んだとき(=時期・時代)もある。
(6)だれにも赤ちゃんだったとき(=時期・時代)がある。

神奈川県出身の私の感覚も全く同じです。しかし、ゼミナールで(2)~(4)の表現が使えると言う学生がいました。

東北地方の方言として

この表現は東北地方では使われているようです。授業でこの項目を選んで担当したゼミ生は、青森県の親戚が使っているのを聞いて違和感を覚えたことがあり、それでこの項目を選んだと言っていました。また、ゼミで話し合ってみると、福島県出身のゼミ生が、やはり地元では世代を問わず使うと言いました。今回の執筆に際して、福島県出身のゼミ生に改めて聞いてみると、まず、話し言葉で「が」を入れずに「~したときある」と言う方が自然とのことです。さらに、「~したときない」のように否定でも言えるかどうかについて聞いてみると、言えないことはないけれど、その場合は「こと」で「~したことない」と言う方が自然とのことでした。

同様に、「~したときがあった」のように「ある」を「あった」にすることもできるかについて聞いてみると、理解はできるけど「~したときがある」で十分なので、少し回りくどい感じがするとのことです。あくまで一人の人に聞いただけですが、このような感覚からは、「~したときある」は「~したこと(が)ある」と併用されており、活用をさせずに「~したときある」のままの形で使うことが多いといった傾向が推測できます。

「首都圏方言」として

この表現が問題になるのは、共通語の中で使われ、それが方言だと意識されない場合と言えるでしょう。特に東京を中心とした首都圏におけるこの種の表現を「首都圏方言」とする立場があり、「したときある」はその一種と考えられているようです。首都圏の大学生を対象にした国立国語研究所の調査では、北関東や東北地方の出身者に使用する人が多い傾向があるようです(参考文献 2)。

また、調査実施者の一人である三井はるみ氏は、新聞のコラムで次のように述べています。

「したときある」という言い方は、元は東北地方北部でよく使われていました。1990年代後半には東北南部や北関東でも年齢を問わず広く使われるようになり、近年はさらに南下して、東京でも聞くことが増えました。

こういったことばの違いに気がつくのも、様々な地域から人が集まる大学生活ならではの経験と言えます。4月からの新年度にも、また新たな出会いがあり、ことばや生活習慣などについての気づきがあることでしょう。

在学生の皆さんはご存知のように、日本語学科は大きな区切りを迎えていて、2022年度は文学部日本語学科としての最後の学年が4年次になります。長く続いた生田キャンパスの文学部での歴史に一区切りがつき、神田キャンパスの国際コミュニケーション学部に引き継がれることになります。キャンパスや学部が変わることによって変化する面もあれば、大学生活として変わらない面もあるでしょう。これからも、学生の皆さんからどのような話が聞けるか、私も楽しみにしています。

高橋雄一


<参考文献>
  1. 北原保雄 編(2004)『問題な日本語』大修館書店 [OPAC]
  2. 国立国語研究所『首都圏大学生の言語使用と言語意識の地域差に関する調査 2018年度版』(「22.イッタトキアル?(行ったことある?)」の項目) [link]

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