専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2021年7月:大学院修了生の研究紹介 ― 事実条件文と「(の)ではないか」について

はじめに

すでにゼミナールなどでご紹介していますが、私が大学院博士課程で指導していた2名の大学院生が2019年度に博士号を取り、その博士論文が2021年に専修大学出版局から書籍として刊行されました。今回はその書籍をご紹介することにします。専大出版局からは、書影のデータもいただきました。どちらもすてきな装丁になっていますね。

事実条件文について

まず、孟慧(もう けい)さんの研究をご紹介します。孟慧さんは、中国の黒竜江省の出身で、専修大には大学院修士課程から入学しました。孟さんの研究テーマは、現代日本語の「事実条件文」です。

条件文というのは (1) (2) のように仮定のことを述べたり、(3) のように繰り返しのことを述べたりするものです。しかし、(4) のように、過去に起きた特定の出来事を「たら」や「と」で述べることもできます。これが事実条件文と呼ばれるものです。

(1)この薬を飲め、熱が下がるだろう。  (仮説条件文)
(2)この薬を飲め、熱が下がったのに。  (反事実条件文)
(3)解熱剤を飲め、熱は下がる。     (一般条件文)
(4)薬を飲んだら、熱が下がった。     (事実条件文)

(日本語記述文法研究会(編)2008、p.98)

事実条件文は、条件や仮定を表すというよりは、出来事同士の時間的な関係や因果関係を表す表現と言えます。そのため、研究者によって、これを条件文の中に入れるか、入れないかが分かれています。

また、このような事実条件文で表される内容は、例えば、孟慧さんの母語である中国語では時間の表現によって表されますから、このような表現がない言語が母語の日本語学習者にとっては学習が難しいものです。孟さん自身、日本語を習得していく中で、事実条件文に違和感や疑問を感じ、それが研究に繋がったと述べています。

孟さんは、日本語学習者コーパスなど、各種のコーパスを使って調査をしています。どのようなコーパスをどのように使うかということも、研究をする上でとても大切です。例えば、孟さんは、日本語母語話者と日本語学習者が同じ内容の文章をどのように書き表すかを比較し、日本語母語話者は、読み手や内容によって、(5) の下線部のような「ところ」を多く使うけれど、日本語学習者にとっては同様の表現を使うことが難しいという指摘をしています。

(5)『環境学入門』という本を授業のために使いたいと考え、図書館で探したところ、田中先生の研究室にあることが分かりました。(日本語母語話者による用例)
(6)あいにく図書館には置いておらず、よく調べてみたら、先生の研究室に置いてあるようです。(中国語母語話者の日本語学習者による用例)(孟 2021、pp.157-158)

これは、事実条件文には、さらに類似した表現があり、母語話者はそれらを使い分けているということを意味しています。これは孟さんが、事実条件文の代わりに用いられる表現まで視野を広げて調査をしたことによる成果と言えます。

「(の)ではないか」について

次に、凌飛(りょう ひ)さんの研究をご紹介します。凌飛さんは中国の山東省の出身で、専修大学には、大学院博士課程の研究生から入学しました。凌さんの研究テーマは、現代日本語の「(の)ではないか」です。これはもともと否定疑問文ですが、下の例のように、様々な用法の文末表現としても用いられます。特に会話では「じゃないか」「じゃない?」といった形で用いられることが多く、また、使い分けには、文末のイントネーションも関わっています。下の用例の後の( )内は、凌さんによる分類名です(凌 2021、第4章)。

(7)10C:えびがはいってる。
   10A:あ、えび↑ シュリンプじゃないですか。(発見)

(8)06B:だからー、あのー、ぼくはやっぱり、で、やっぱりま、クーラー、ま、それはあのー、ま、だから、そうゆうときはどっかクーラーのあるところへ行ってやる、ここはつけないとゆうほうが、あの、ぼくはいいんじゃないかと思うんですよね(判断の提示)
   06A:なるほど。

(9)12B:で、それからその当時スペインからなんか、あの、ピラピラあるじゃないですか、襟。(確認)
   12C:うん、うん。

(10)04B:だから、まあ、その、そうゆう専門家による検討会議をやって、(うんうんうんIn(f 女))その検討結果を踏まえて(うーん In(f 女))また審議会のほうで議論しようじゃないかってゆう話になりまして。(勧誘)

(11)16A:なんか訴えられたりしたんじゃないですか↑(推測)

この「(の)ではないか」も、日本語学習者にとっては、様々な用法があることや、様々な形態をとることから、把握が難しい表現です。凌飛さんは話し言葉と書き言葉のコーパスを使用して、日本語母語話者の使用の実態を明らかにしています。

また、凌さんは「じゃん」も併せて取り上げています。「じゃん」はこれまで、静岡の方言が横浜に伝わり、東京へと入ったという捉え方をされていましたが、共通語の中でどのような文法的特徴を持った表現になっているかということは十分に研究されていませんでした。凌さんは、「じゃん」の用法を「(の)ではないか」の用法と対比させ、さらにコーパスのデータで実態調査をすることにより、その特徴を明らかにしています。

(12)18J:お、こりゃ涼しいじゃん、天気予報はずれだよー。(発見)
   18A:え、<笑いながら>予想最高31度。

(13)01A:電話すればいいじゃん。教えてあげようか↑、連絡先。(提示)
   01C:遅くまででてきたらやだもん。

(14)03A:じゃ、入るよ。ジャイアンツ戦だって、あのー、ネット裏以外で見たことないもん。
   03B:そんなことゆってないじゃん。(確認)

(15)?? 今日、一緒に帰ろうじゃん。(勧誘)

(16)* 今日は雨が降るんじゃん?(推測)

(凌 2021、第5章、(15) (16)は高橋による作例)

(12)~(14)のように、「(の)ではないか」と同様の用法が「じゃん」にもありますが、(15) の「勧誘」、(16) の「推測」については、調査したコーパスでは用例が出なかったそうです。ただ、(16) の「推測」が「じゃん」でも言えるとする研究もあるため、これについてはさらなる調査が必要なようです。

これからの現代日本語の文法研究について

このように、お二人の研究は大変充実したものです。現代日本語の文法研究は、1980年代以降、日本語教育とも関連して、日本語記述文法研究会編(2008)が含まれるシリーズに代表されるような記述的研究が盛んに行われてきました。一通りのことが研究されているようではありますが、お二人の研究から分かるように、まだまだ研究が十分にされていないところがあります。こういった文法研究を、もともと日本語学習者だった日本語の非母語話者の研究者がするということが、これからますます盛んになっていくと、更なる発展につながっていくものと思います。

高橋雄一


<参考文献>
  1. 日本語記述文法研究会 編(2008)『現代日本語文法6 第11部 複文』くろしお出版 [OPAC]
  2. 孟 慧(2021)『日本語の事実条件文 ―コーパス調査を中心に―』専修大学出版局 [OPAC]
  3. 凌 飛(2021)『現代日本語の文末形式「(の)ではないか」』専修大学出版局 [OPAC]

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