改正されたスウェーデンの体外受精法 専修法学論集第85号(2002年9月発行)掲載
菱木昭八朗Ⓒ
目 次
(1) はじめに
(2) 改正体外受精法の適用範囲
(3) 改正体外受精法の適用要件
(4) 体外受精実施病院と実施病院の義務
(5) 非配偶者間体外受精子の自己の出自を知る権利
(6) 体外受精法違反者に対する処罰
(7) 監督官庁の規則制定権
(8) 非配偶者間体外受精子の父性または母性
参考文献
以 上
(1)はじめに
本稿は、2002年9月22日4月、スウェーデン国会を通過したスウェーデン改正体外受精法(Lag (2002:252) om ändring i
lagen (1988:711) om befruktning utanför kroppen)の解説を目的として、平成14年6月14日、厚生労働省厚生科学審議会生殖補助医療部会において行った講演を基にして、新しく書き改めたものである。
今回のスウェーデンの体外受精法の改正は、これまでスウェーデン体外受精法によって認められていなかった非配偶者間体外受精の容認と同時に非配偶者間体外受精の容認に伴って必要な法整備を行うことを目的として行われたものである。
ようやくわが国においても、補助生殖医療の法的規制の必要が見直され、目下、厚生労働省内に設置された厚生科学審議会生殖補助医療部会において2年後の制定を目指して、補助生殖立法の制定作業が行われているところである。将来、わが国においてどのような補助生殖立法が制定されるか、今のところ不明であるが、世界の生殖補助立法を調査、検討し、非配偶者間補助生殖によって生まれくる子の利益を充分に考慮した生殖補助立法を制定してもらいたいと思う。わが国の場合、イギリス、ドイツ、フランスそしてアメリカといった欧米諸国の情報については事欠かないが、スウェーデンのような小国の場合、言葉の問題もあって、殆ど無視されがちである。
そういった意味で、既に、1984年には人工授精法を、そしてまた1988年には体外受精法を制定し、世界の補助生殖立法の最先端を走っているスウェーデンにおいて、なぜ、今頃になって非配偶者間体外受精が認められるようになったか、そしてまたそのためにどのような法改正が行われるに至ったかということを知っておくこともあながち無駄なことでもないように思われるので、ここに講演原稿を活字にすることを思い立った次第である。
本稿が、将来、わが国における生殖補助立法の何らかの参考になれば幸いである。
(2)改正体外受精法の適用範囲
まず、今回の法改正によってスウェーデン体外受精法の大きく変わった点は、体外受精法の規定が配偶者間体外受精のみならず非配偶者間体外受精にも拡大、適用されるようになったことと同時にまた、これまで体外受精(befruktning utanför kroppen)という用語が、ただ単に、懐胎を目的とした体外受精だけを意味する言葉として用いられていたが、今回の法改正において、子の懐胎を目的とした体外受精(befruktning)と同時にまた作成された受精卵を女性の体内に挿入する行為(införande av ett befruktat
ägg)を意味する言葉として用いられ、更にまた受精卵の作成と作成された受精卵の人体への挿入行為に対して別々の規定が適用されることになった点である(改正体外受精法第1条)。因みに、旧体外受精法では、「この法律は子の懐胎を目的として行われる体外受精に適用される。」(第1条)と規定され、必ずしも、受精卵の作成と作成された受精卵を女の体内に挿入する行為は区別されていない。
改正法において、卵子の受精と受精した卵子の挿入行為が区別して規定されるに至った理由は、凍結技術の進歩によって、精子、受精卵のみならず卵子の長期凍結保存が可能になってきたことから、体外受精に使用される精子・卵子の採取と採取された精子、卵子による受精卵の作成そしてまた作成された受精卵を女の体内に挿入する行為がそれぞれに異なった時期に行うことが可能になってきたためである。 (3)改正体外受精法の適用要件 3.1 体外受精を受けることができる者 次に改正体外受精法の適用要件としての、体外受精を受けることのできる者、体外受精に使用される精子、卵子及び体外受精に使用される精子または卵子の提供を行うことができる者について説明したい。 ここに体外受精を受けることができる者とは、体外受精によって作成された受精卵を自分の体内に移植できる者のことであるが、今回の法改正では、これまでどおり、有夫の婦に限られることになった(改正体外受精法第2条)。配偶者間体外受精のみならず、非配偶者間体外受精の場合も同様である。 ここに有夫の婦とは、法律的に婚姻している者のみならず、婚姻類似の形で男と生活を共にしている者のことである。スウェーデン語では、婚姻類似の形で生活をともしている男女のことを一般的にサンボー(sambo)と呼ばれている。わが国の内縁関係にある者に相当するものであるが、スウェーデンの場合、サンボー夫婦は、法的には婚姻夫婦と全く同様の取り扱いを受けている。但し、父性の推定に関しては、サンボー夫婦の場合、婚姻夫婦の場合と異なった取り扱いを受けることになっている。尚、ここに配偶者間体外受精とは、配偶者間の精子と卵子を用いて行われる体外受精のことを、そしてまた非配偶者間体外受精とは、配偶者以外の第三者から提供された精子または卵子を用いて行われる体外受精のことをいう。 尚、最近のパートナシップ登録法の改正と関連して、一部識者の間から、パートナシップ登録を行っているレスビアンに対しても人工授精または体外受精を受ける権利を認めるべきであるというような意見が提出されたが、しかし、先に国会に提出されたパートナシップ登録法改正法案では、時期尚早ということでホモ夫婦の人工授精、体外受精を受ける権利は認められるに至らなかった。(註1) 3.2 配偶者からの書面による同意 次に体外受精を受ける場合の条件について説明する。 体外受精を受ける場合、配偶者間体外受精であると非配偶者間体外受精であるとを問わず、体外受精を受ける者は、夫またはサンボーからの書面による同意が必要である。夫またはサンボーからの同意書面は体外受精の担当医に提出されるものであるが、体外受精を受ける者本人の同意書面は不要である。体外受精を受けるために本人は病院に出頭しなければならないからである。つまり、病院に出頭することをもって、本人は体外受精を受けることを同意しているものとみなされるからである。体外受精を受ける場合、夫またはサンボーの同意を必要とせしめた理由は、体外受精によって子どもが生まれてきた場合、特に、非配偶者間体外受精によって子が生まれてきた場合、生まれてきた子の父親をだれにするかを明確にしておくためである。非配偶者間体外受精子の父性確定に際しては、もちろん、配偶者が体外受精を受けるために病院に提出している同意書面だけが唯一の証拠とされているわけではないが。 3.3 体外受精を受ける者及びその夫婦の適格性 次に、体外受精を受けることができる者は、体外受精を受け得るたる精神的、身体的、及び社会的条件を具備していることが必要とされている。特に非配偶者体外受精を受ける夫婦の場合、健全な家庭環境の中で子を養育することが可能であるということが、体外受精を実施する場合の必須条件とされているからである(改正体外受精法第5条第1項後段)。体外受精を受ける夫婦が健全な家庭環境にあるか否かは、体外受精が行われる前に、体外受精を行う医師によって審査される。 尚、このほかに、社会省プロメモリアの段階までは、体外受精を受ける場合の条件として、体外受精によって生まれてくる子の福祉及び母体の安全という観点から、体外受精を受けることのできる者の上限年齢を原則、42歳、例外的に43歳に制限することが提案されていたが、最終段階で、女の閉経期についてはそれぞれ人によって個人差があるということで、上限年齢の判断は医師に委ねられることになった(社会省プロメモリア第3条参照)。 3.4 体外受精に使用することのできる精子または卵子 体外受精は人工授精の場合と異なって、精子と卵子を外界に取り出し、いろいろな操作を行うことが可能となるところから、医学的にはともかくとして、生命倫理、法律学の観点からいろいろと問題点が指摘されている。 これまでスウェーデン体外受精法で認められていた体外受精は、配偶者間体外受精にのみ限られていたということもあって、体外受精に使用される精子または卵子の種類についてはそれほど大きな問題はなかったが、今回の法改正によって非配偶者間体外受精が認められるようになったことから、非配偶者間体外受精が行われる場合、どこまで他人から提供された精子、卵子を体外受精に使用することができるかということが問題として浮上してきた。 そこで改正体外受精法では、体外受精に使用される卵子の種類によって体外受精に使用できる精子の範囲を決める方法を採用し、体外受精を受ける者本人の卵子が使用される場合には、夫またはサンボー以外の者から提供された精子(提供精子)の使用を認めることし、体外受精に本人以外の者から提供された卵子が使用される場合には、精子は夫またはサンボーの精子に限ることにした(改正体外受精法第3条)。したがって、改正体外受精法の規定では、精子、卵子ともに第三者から提供された精子と卵子によって受精卵を作成することも、またそのようにして作成された受精卵を体外受精に使用することもできないことになっている。違反した場合には、体外受精法違反として、体外受精法第九条の規定によって、罰金または最高6ヶ月以下の懲役が課されることになっている。 改正体外受精法によって、精子、卵子ともに、第三者から提供された精子、卵子による体外受精が禁止されるに至ったのは、第三者から提供された精子と卵子によって作成された受精卵によって体外受精が行われた場合、その体外受精によって生まれてくる子とその子の法律上の親となる者との間にまったく血縁的なつながりが欠如することになるという理由によるものである。その根拠は、1995年、国会医療・倫理評議会(Statens Medicinsk-
Etiska Råd)から発表された補助生殖医療問題調査報告書ASSISTERAD
BEFRUKTNING – Synpunkter på
frågor i samband med befruktning utanför kroppenに基づくものである。報告書は、提供精子、提供卵による体外受精の禁止理由について次のように述べている。 「提供精子と提供卵による体外受精の場合は、提供精子あるいは提供卵による体外受精の場合と異なって、体外受精によって生まれてくる子と両親との遺伝的つながりを全く欠如することになる。社会的に体外受精が許されるためには、体外受精によって生まれてくる子と親の血縁的なつながりが残されていることが必要である。提供精子と提供卵による体外受精は、あまりにも技術的な方法で身体の欠陥を補おうとするものである。 そこには一人の人間を作り出すために、精子と卵子が自由に手に入れることができる単なる物とみなされる危険性が存在している。そしてまたそのことによって人を人とみなさない技術的人間観(en teknifierad människosyn)を増大する結果を招きかねない。」と。(註2) しかし、レミッス機関(法律の制定または改廃に際し、審議会等から提出された報告書に対して参考意見を求められる政府関係機関)の中には、ただ単に、血縁関係が欠如しているということで提供精子、提供卵による体外受精を禁止してしまうことに疑問を投げかける意見もあったということを付け加えておきたいと思う。(註3) 3.5 死者の精子または卵子の使用禁止 体外受精に使用される精子または卵子の問題に関連して、立法論議の過程において、死亡している者から採取、提供されている精子または卵子、更にまた中絶胎児から採取された精子、卵子を体外受精に使用することの是非が問題として取り上げられ、社会省プロメモリアでは、「死亡している男女から提供されている精子または卵子及び中絶胎児から採取された卵細胞は体外受精に使用することができない。」とされるに至った(註4)が、政府法案の段階になって、「死亡している者から提供されている精子または卵子を体外受精に使用することができない。」(第6条第2項)と規定され、中絶胎児から採取された卵細胞の使用については、特に規定されることがなかった。体外受精に他人の精子または卵子を使用する場合、提供者からの使用許諾が必要とされているという理由による。尚、ここに体外受精に使用することができないという意味は、受精卵が作成されるまでの間に死亡していることがわかった場合という意味で、精子または卵子の提供者が死亡した時点で既に精子または卵子が受精卵の作成に使用され、受精卵が作成されてしまっている場合、この規定は適用されないことになる。しかし、提供精子または提供卵子の使用許諾の撤回のところで述べるように、死者から提供されている精子または卵子の使用禁止が提供精子または卵子によって受精卵が作成されるまでに死亡した場合に限られている点に、若干の問題があるように思われる。 3.6 その他の問題 体外受精に使用される精子または卵子の範囲の問題とは直接関係はないが、体外受精法の改正論議の中で、更に体外受精に使用される受精卵の保存期間、体外受精に使用することのできる受精卵の数、受精卵の処分権等の問題が取り上げられたが、この点については稿を改めて説明することにする。 尚、受精卵の保存期間については、「人受精卵の取り扱いに関する法律」【Lag (1991:115) om åtgärder i
forskning- eller behandlingssyfte med befruktade ägg från människa】第3条において、また体外受精に使用できる受精卵の数については、社会庁から発行される体外受精法実施要綱及び省令において指示されることになっているということを付け加えておきたい。 3.7 体外受精に使用される精子または卵子の提供者の条件 次に体外受精に使用される精子または卵子の提供を行うことができる者について説明する。 今回の法改正によって非配偶者間体外受精が認められることになったことから、体外受精法の中に、体外受精に使用することのできる精子または卵子を提供することのできる者について、次に掲げる条件が新しく設けられることになった。 3.7.1 精子または卵子の提供者が成年に達していること 改正体外受精法は、精子または卵子提供者の条件として、精子または卵子の提供者が成年に達していることを必要としている。スウェーデン親子法の規定では、成年年齢は18歳となっているが、この場合、婚姻による成年擬制を受ける者について、この規定が精子または卵子提供者に適用されるのか、必ずしも明確にされていない。また、特に精子または卵子提供者についての上限年齢は定められていない。もちろん、精子または卵子提供者の取捨選択権が体外受精を行う医師に委ねられていることから、その問題は精子または卵子提供の時点で、体外受精を行う医師によって判断されることになる。これまではスウェーデンにおいて非配偶者間体外受精が認められていなかったということもあって、卵子提供者の年齢、数に関する統計はないが、精子提供者の場合、平均年齢が33歳(1993年)、最年少者の年齢が20歳、最高齢者の年齢が48歳という統計がでている。(註5) 3.7.2 精子または卵子を提供する場合、自己の精子または卵子を提供する者は、精子または卵子の提供に際し、書面によって、医師に対して、使用許諾を与えなければならない(改正体外受精法第2条)。したがって、精子または卵子の提供者は使用許諾の意思表示を行うことができる者でなければならない。ただ単に成年に達しているだけでは精子または卵子の提供者となることができない。精子または卵子の提供に際し、提供した精子または卵子の使用に関して同意書面の提出を必要とせしめた理由は、精子または卵子提供者の真意を確認すると同時に後日、子の父性または母性に関して問題が生じた場合の証拠資料とするためである。わが国の場合、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」によれば、精子または卵子の提供者のみならず、その配偶者の同意も必要としているが、スウェーデン体外受精法の場合、精子または卵子の提供者の配偶者の同意は不要である。 更に、そのほかに国家医療・倫理評議会及び社会省覚書の段階までは、卵子の提供の条件として、卵子提供者自らが体外受精を受ける者であることが要求されていたが、政府原案の段階で削除されることになった。国家医療・倫理評議会報告書及び社会省プロメモリアにおいて、卵子提供者の条件として、自らが体外受精を受けることを目的としている者という条件が付されたのは、多くの国において卵子提供者の条件とされているということと同時にまた卵子の採取が提供者に対してかなりの肉体的苦痛を与えるからであるという理由によるものであった。(註6)しかし、参考意見聴取の段階で多くのレミッス機関から、採卵の際に行われるホルモン処理は、生殖医療技術の進歩によって必ずしも以前のように卵子提供者に対して肉体的苦痛を与えることもなく、また採卵の際の卵巣、子宮等の損傷の危険もほとんどなくなってきているところから、よりむしろ、卵子提供者として必要な条件は、卵子提供者に妊娠能力があるか否かということであるとする意見が提出されるに至った。そこで政府は、自ら体外受精を受ける者であることという条件を卵子提供者の条件から排除することに決定した。(註7) 体外受精に使用される精子と卵子の問題と関連して、体外受精を受ける者と特別の関係をもっている者から提供された精子、特に卵子を体外受精に使用することができるか否かということも問題になったが、政府法案の段階で、卵子提供者を求めることが容易でないということから、近親者、友人等、特定グループから提供された卵子の使用も認められることになった。(註8) 3.7.3 使用許諾の撤回 使用許諾の問題と関連して、他人の体外受精を助けるために自分の精子または卵子の提供を行なった者が、提供した精子または卵子が体外受精に使用されるまでの間に、精子または卵子の提供を行ったことを後悔し、既に与えている使用許諾の意思表示を撤回したいと思った場合、精子または卵子の提供者は、その使用許諾を取り消すことができるかということと同時に、もし可能であるとすれば何時までにその撤回ができるかという問題がある。 改正体外受精法は第2条後段において、「提供精子または提供卵子によって受精卵が作成されるまでの間、精子提供者または卵子提供者は、いつでもその使用許諾を取り消すことができる。」(Givaren får återkalla
sitt samtycke fram till dess befruktning skett.)と定めている。この規定は、ラーグローデット(Lagrådet)(註9)からの提案によって、はじめて政府法案の段階で登場してきた規定であるが、撤回の期限を提供した精子または卵子によって受精卵が作成されるまでとしている点に若干の問題がある。なぜならば、このような規定が新しく体外受精法の中に盛り込まれることになった理由は、冷凍保存技術の進歩によって精子、受精卵のみならずまた卵子の長期凍結保存が可能になってきたということ同時に、そのことによって、精子、卵子の採取と採取された精子、卵子による受精卵の作成そしてまた作成された受精卵が実際に体外受精に使用される時期がそれぞれ時を異にして行うことができるようになってきたためである。スウェーデンの人受精卵の取り扱いに関する法律【Lag (1991:115) om åtgärder i forskning- eller behandlingssyfte med
befruktade ägg från människa】の規定によれば、受精卵の凍結保存期間は原則として5年と定められているが、もし、使用許諾撤回の期限を提供された精子または卵子による受精卵の作成までとした場合、提供した精子または卵子が提供後、直ちに受精卵の作成に利用された場合、されなかった場合とで、その結果にかなりの相違が生まれくることになる。しかし、といって、平成12年12月、厚生科学審議会先端医療技術評価部会生殖補助医療技術に関する専門委員会から発表された「精子・卵子・肺の提供等による生殖医療のあり方についての報告書」の中で述べられているように、使用許諾の意思表示を提供された精子・卵子または胚が生殖補助医療に使用されるまでとした場合、受精卵の凍結保存期間が10と長く定められたような場合、これまた、受精卵の所有権、処分権の問題と絡んでいろいろな問題がでてくる。使用許諾撤回の期限については十分な検討が必要であると思う。 (4)体外受精実施病院と実施病院の義務 次に体外受精の実施病院と体外受精実施病院の義務について説明する。 4.1 総 説 これまでのスウェーデン体外受精法では体外受精は配偶者間体外受精だけ限られていたということもあって、体外受精実施病院は、人工授精の場合と同様、原則として国公立病院、例外的に社会庁の許可を得た場合に限って私立病院でも体外受精を実施することができるようになっていた。しかし、今回の法改正によって非配偶者間体外受精が認められるようになったことから、改正法では、配偶者間体外受精を行うことができる病院と非配偶者間体外受精を行うことができる病院が区別され、配偶者間体外受精の場合は、これまで通り国公立病院もしくは社会庁の許可を得た私立病院でも体外受精を行うことができるようになっているが、非配偶者間体外受精の場合、大学病院及び大学病院と人事交流のある県立病院だけに限定されることになった(改正体外受精法第4条)。尚、今回の法改正によって、国公立病院allmänna sjukhusという名称に代わって「公的資金によって運営されている病院」(offentligt finansierade sjukhus)という表現が用いられることになった。 非配偶者間体外受精の実施病院を大学病院だけに限定するに至った理由は、一般病院では体外受精子の出産時に発生する緊急事態に対応することが難しいということと同時にまた、大学病院の場合、非配偶者間体外受精によって生まれてきた子の成長プロセスについて追跡調査ができるという理由による。但し、政府は、将来、非配偶者間体外受精の技術的問題がなくなった場合、一般病院でも非配偶者間体外受精の実施を考えているようである。 4.2 体外受精実施病院の義務 体外受精法の規定によれば、体外受精を行う場合、または行われた場合、体外受精実施病院は次のような義務が課されることになっている。 4.2.1 体外受精を行う前に課される義務 体外受精を実施する病院は、体外受精を行う前に体外受精を受ける者及びその夫婦の精神的、身体的及び社会的状況について調査を行わなければならないことになっている(改正体外受精法第5条)。この時点で体外受精実施病院は体外受精を受ける者に対して、体外受精を受ける場合の、または体外受精によって子どもが生まれた場合の必要な指導と助言を行うことができるようになっている。調査の結果、体外受精を受ける者または夫婦が体外受精を受け、子どもをもつことが好ましくないと判断した場合、体外受精実施病院はその体外受精を中止しなければならない。医師の判断で体外受精が中止された場合、体外受精を受ける者及びその配偶者がその決定に不服のある場合、体外受精を受ける者及びその配偶者は社会庁に対して異議の申し立てを行うことができる。更にまた、体外受精を受ける者及びその配偶者が社会庁の決定に対して異議ある場合、地方行政裁判所に対して異議の申し立てを行うことができる。また地方行政裁判所の決定に対し異議のある場合、高等行政裁判所に対して控訴することができるが、その場合には特別の許可が必要である。 4.2.2 体外受精実施記録の保存義務 また体外受精を実施した場合、体外受精を実施した病院は、実施した体外受精に関する資料を70年間保存しておかなければならないことになっている(改正体外受精法第6条第3項)。非配偶者間体外受精によって生まれて子の自己の出自を知る権利を確保するためである。 4.2.3 裁判所に対する体外受精記録提出義務 更にまた、体外受精実施病院は、子の父性または母性に関する裁判において、裁判所から体外受精実施記録の提出を命じられた場合、体外受精実施病院は体外受精に関する実施記録を裁判所に提出しなければならないことになっている(改正体外受精法第8条、社会省プロメモリア第10条参照)。改正前体外受精法にはみられなかった規定である。体外受精法の改正によって、非配偶者間体外受精が認められることになったことから、人工授精法第5条の規定に準じて新しく設けられた規定である。と同時にまた、体外受精に関する医療情報は、原則として、秘密保護法によって公資料公開の原則が適用されないことになっているからでもある(改正秘密保護法第7章第1条)。 尚、人工授精法の場合、人工授精実施病院に対する裁判所の人工授精記録提出命令は父性事件に限られているが、体外受精法の場合、父性事件のみならず、母性事件についても適用されることになっている。更にまた裁判所の体外受精実施病院に対する資料提出命令に関する規定は、非配偶者間体外受精のみならず、配偶者間体外受精の場合においても適用されることになっている。 (5)非配偶者間体外受精子の自己の出自を知る権利 スウェーデン秘密保護法の規定によれば、体外受精に関する医療情報は、秘密保護法の対象となり、みだりに公開されないことになっている(秘密保護法第7章第1条)。ここに体外受精医療に関する情報とは、体外受精を受けた者及びその配偶者、他人の体外受精を助けるために自分の精子または卵子を提供した者、体外受精によって生まれてきた子どもに関する個人情報等のことである。 しかし、改正体外受精法の規定によれば、非配偶者間体外受精によって生まれてきた子は、非配偶者間人工授精子の場合と同様、ある一定の年齢に達したとき、自己の出自を知ることができると定められている(改正体外受精法第7条)。ここに自己の出自を知る権利とは、自分の生物学上の親が誰であるかを知る権利のことである。 非配偶者間補助生殖によって生まれてきた子に対して自己の出自を知る権利を認めるべきか否かという問題は、非配偶者間補助生殖立法を考える場合、どうしても解決しておかなければならない重要な問題であるが、現在のところ、法律の規定をもって非配偶者間体外受精子に対して自己の出自を知る権利を認めているのは、スウェーデンのほかにオーストリア、ノルウェー、オーストラリアのヴィクトリア州ぐらいのもので、必ずしも未だ、非配偶者間体外受精子の自己の出自を知る権利は世界的に認知されるまでには至っていない。しかし、最近のマスメデアの伝えるところによれば、国連の子どもの権利条約を批准している多くの国において、非配偶者間体外受精によって生まれてきた子に対して、自己の出自を知る権利を認める方向で法の整備が検討されているということである。 スウェーデンの場合、1984年の人工授精法によってこの問題は既にクリアされ、スウェーデン社会では、非配偶者間補助生殖によって生まれてきた子に対して、その出自を教えることは当然の理であるという社会的コンセンサスが確立しているということもあって、今回の法改正では、非配偶者間体外受精によって生まれてきた子に対して自己の出自を知る権利を認めるべきか否かという問題より、よりむしろ、どのようにしたら法の意図する実効性を確保することができるかということに論議のウェートがおかれた。1998年、社会庁によって行われたアンケート調査によって非配偶者間人工授精によって生まれてきた子の自己の出自を知る権利が必ずしも、立法者の期待していたほどに効果があがっていないということがわかったからである。 アンケート調査結果によれば、将来を含めて、非配偶者間人工授精によって生まれてきた自分の子に対して、出生の経緯を教える用意があるか否かという設問に対して、既に子どもに対して、人工授精子であるということを教えたと答えたものは、回答者の10パーセント、そして将来、機会があれば、教えたいと答えた者は、回答者の40パーセント、そしてまた将来ともに、金輪際、子どもに対して非配偶者間人工授精子であるということを教えないと答えた者は、回答者の20パーセント、教えるか、教えないか今のところ不明と答えた者が回答者の10パーセント、無回答者が20パーセントとなっている。ということは、スウェーデンで生まれた約半分の非配偶者間補助生殖子は将来、自分の出自を知ることができる可能性をもっているが、残りの半数の非配偶者間補助生殖子は、将来、自分の出自を知ることができるか否か不確定な状況におかれているということである。この数字が多いか少ないかはともかくして、この数字の分析結果については、SoS-rapport 2000:6
Får barnen veta? Barn som fötts efter givarinsemination.参照されたい。 そこで、改正体外受精法では、「非配偶者間体外受精によって生まれてきた子は、ある一定の年齢に達したとき、実施病院に保存されている特別カルテに記録されている精子または卵子提供者の個人情報を知ることができる。」(改正体外受精法第7条第1項)と定めるとともに、更に、「ある者が、自分が非配偶者間体外受精によって生まれてきたのではないかと疑われる事情がある場合、社会福祉委員会(socialnämnden)(註10)に対して、体外受精実施病院に保存されている特別カルテにそのような記録があるか調査協力を求めることができる。」し、更に「調査協力を求められた社会福祉委員会は必ず、調査協力要請に応えなければならない。」と定めるに至った(改正体外受精法第7条第2項)。 尚、今回の体外受精法の改正法案では、特に、非配偶者間体外受精子に対して、その出自を教えるべき者としての最適任者と思われる親に対して助言、指導を行うことができるような医療体制の整備強化が指摘された。尚、その方法については、近く社会庁から近く発行される体外受精実施要綱(Allmänna råd från socialstyrelsen)及びその他の通達によって具体的方法が指示されることになっている。 (6)体外受精法違反者に対する罰則 体外受精法は、常習的にまたは営利を目的として体外受精法第3条または第4条の規定に反して、体外受精を行った場合、違反者に対して、人工授精法の場合と同様、罰金刑または最高6ヶ月以下の懲役刑が課されることになっている(改正体外受精法第9条)。但し、体外受精の規定に反して体外受精を受けた者については特に刑事罰は予定されていない。 (7)監督官庁の規則制定権 改正体外受精法第11条は、「政府または政府の指定する行政機関は、体外受精を受ける者または体外受精に使用される精子または卵子の提供を行う者の生命、身体及び安全を保護するため、体外受精の実施に必要な規則を定めることができる」として、体外受精の実施に際し、必要な規則を制定する権限を政府または政府の指定する行政機関に認めた。これまでの体外受精法に見られなかった規定である。 今回の法改正に際し、このような規定が体外受精法の中に盛り込まれることになったのは、1998年、多胎妊娠を防止するために、社会庁から勧告の形で体外受精実施病院に対して行われた体外受精に使用される受精卵の数を原則、1個、例外的に2個までとする指令が必ずしも充分に体外受精実施病院において、遵守されなかったという事情があったためである。そこで政府は、勧告という形で行われた通達が充分に遵守されない状況が発生した場合、政令という形で社会庁の決定事項を実現しようとしたものである。尚、体外受精による多胎出産状況に関する調査結果は1998年3月、社会庁から発表されたSOS-rapport 1998:7 Förlossningar och barn födda efter provrörsbefruktningar
1982---1995において公表されている。 (8)非配偶者間体外受精子の父性または母性 配偶者間体外受精の場合、体外受精によって生まれくる子の父性または母性については、特に問題は生じないが、非配偶者間体外受精の場合、体外受精によって生まれてきた子と体外受精によって生まれてきた子の法律上の両親となる父または母のいずれか一方と遺伝的なつながりがないことから、非配偶者間体外受精によって生まれてきた子の父性または母性についていろいろな問題が生じてくる。 非配偶者間人工授精子の場合、非配偶者間人工授精子の父性の問題は、既に人工授精法が制定されたとき、親子法の改正によって、立法的に解決されているが、非配偶者間体外受精子の父性または母性に関しては、法律上の規定は存在していなかった。そこでスウェーデン政府は、今回の体外受精法の改正を機に改めて親子法の改正を行い、「夫またはサンボーの同意を得て、母親の卵子が体外受精によって受精され、且つ諸般の状況からみて、子がその体外受精によって懐胎されたと信ずべき相当な事由がある場合、第2条乃至第5条の適用に際し、その体外受精に同意を与えた者をもって子の父とみなす。他人の卵子を使用して体外受精が行われた場合、また同様である。」とする規定を設けると同時にまた、新しく、「他人の卵子を使用して体外受精によって作成された受精卵を女の体内に挿入した後、子どもが生まれてきた場合、その子を生んだ女が子の母とみなされる。」(改正親子法第1章第7条)とする1箇条を追加規定することにした。 註1 改正パートナシップ登録法については、SOU 2001:10 Barn i
homosexuella familjer Betänkande av Kommittén om barn i homosexuella familjer,
Regeringens proposition 2001/02:123 Partnerskap och adoption. 註2 Statens Medicinsk- etiska råd
Assisterad befruktning Synpunkter på vissa frågor i samband med befruktning
utanför kroppen. (1995-04.19) s.33. Ds 2000:51 Behandling av ofrivillig
barnlöshet. s.50. 註3 Ds 2000:51 Behandling av ofrivillig barnlöshet. s.49. 註4 Ds 2000:51 Behandling av ofrivillig barnlöshet. s.54. 註5 Statens
Medicinsk- etiska råd Assisterad befruktning Synpunkter på vissa frågor i
samband med befruktning utanför kroppen. (1995-04.19) s.19 註6 Ds
2000:51 s.48 註7 Prop.2001/02:89.Behandling
av ofrivillig barnlöshet s.43. 註8 Prop.2001/02:89.Behandling av ofrivillig barnlöshet s.43.44ff.参照 註9 ラーグロード(Lagråd
-et) 一般的にはラーグローデットと呼ばれている。法の制定または改正に際し、法案が国会に上程される前に、所管官庁から送付されてくる法案の文言、内容をチェックするために、「ラーグローデットに関する法律」(Lag
(1979:368) om lagrådet.)によって設置されている憲法上の立法考査機関(スウェーデン統治法第8章第18条第2項)。通常、2部局から構成され、第1部は、2名の最高裁判所判事と1名の行政最高裁判所判事によって、第2部は1名の最高裁判所判事、2名の行政最高裁判所判事によって構成されている。 註10 社会福祉委員会(Socialnämnden) 社会福祉関係の業務を処理するために、各コミューン(わが国の市町村に相当する末端地方自治体)に設置されている委員会。コミューン議会議員によって構成されている。 以 上