専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2026年7月:シンガポール実習記 — 学びと記憶のあいだで

シンガポールでの「日本語学応用実習」

2026年の3月、専大日語の授業「日本語学応用実習」の一環として、学生たちとシンガポールを訪れました。赤道近くに位置するこの都市国家は、常夏の気候と洗練された都市景観とが共存する、アジア有数の国際都市。シンガポールと聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか?「マーライオン」「マリーナ・ベイサンズ」「蘭の花」...、華やかで魅力的なイメージでしょうか。

今月のコラムは、シンガポールでの実習について、報告を兼ねてお話ししたいと思います。

シンガポールでの実習

私たちが実習で訪問したのは3月初旬。日本はやっと寒さが緩む頃ですが、シンガポールは1年中、安定の摂氏32度!湿度80%ほど!

シンガポールの国土は東京23区ほどの規模ですが、緑と高層建築が見事に調和し、世界金融、そして観光の中心地として存在感を放っています。羽田から約7時間で、シンガポール・チャンギ空港に到着します。

学生たちの実習先、シンガポール国立大学(National University of Singapore, NUS)は、西部の丘陵地に広がる緑豊かな大学で、静かさと活気の両方が感じられるキャンパスです。

学生たちは2週間、日本語教育のクラスに参加します。日本語授業の見学や会話活動への参加、シンガポール国立大学の学生による、日本語による研究発表の共同作業など、日々のプログラムは非常に充実しています。授業は朝から夜まで続き、授業終了の午後8時には、一斉に帰宅する学生でバスは超満員。シンガポール国立大学の学生たちは本当によく勉強します。

また、シンガポール経営大学(Singapore Management University, SMU)にも足を運び、授業に参加させてもらいました。暑さの中、地下鉄やバスを利用して大学から大学へと移動しながら、マリーナ・ベイサンズを横目で見て、専大日語の学生たちもがんばりました。一方で、昨今の円安の影響により、現地での物価の高さを強く実感する場面も多く、日常のちょっとした買い物や食事のたびに現実に引き戻される思いもありました。

シンガポールと日本の歴史

こうして実習も終盤に差しかかった頃、シンガポール国立大学外国語センター長のウォーカー泉先生から、ご提案がありました。「シンガポールの学生たちは、日本が大好き、日本語が好き、日本人の学生さんと、今、毎日、リアルに話しができるのでとても喜んでいます。でも、日本語を絶対、勉強しないでほしいと家族から言われて、この授業を履修できない学生もいるんです...。そのお話を、少ししてもいいですか?」と。

シンガポールは、19世紀初頭、イギリスの東インド会社のトーマス・ラッフルズによって開港されて以来、イギリスの植民地として発展してきました。その後、太平洋戦争開戦後の1942年、南下してきた日本軍に占領され、日本はシンガポールを「昭南島」と呼び、軍政を敷きました。そこで、日本軍に反抗した中華系住民を大量虐殺したという歴史は、今も、シンガポール人の記憶に大きく残っています。1945年に日本が敗戦した後、シンガポールはイギリスやマレーシアからの分離、独立を経て、1965年、中華系の指導者、リー・クアンユーが初代大統領となり建国、奇跡的な経済発展を遂げました。

「...という、占領と虐殺の歴史は、誰も忘れていないし、若い人たちもみんな知っている。でも、それを恨みに思っているのではなく、それでも未来を見据えて日本人とともに活動し、友だちにもなりたいと思っている」と、ウォーカー先生は話してくださいました。みなさんに謝罪してほしいということではなく、この歴史的事実を日本人のみなさんにも覚えていてほしい、というお話でした。

日本とシンガポールには、長い歴史の中で、複雑な悲惨な事実がありました。日本語教育にたずさわると、アジアにおける日本占領時の残虐行為や、アメリカやカナダで日本からの移民が戦争時に強制収容所に送られた惨事など、多くの史実と向き合うことになります。私自身は、大学院に入る前に香港と台湾で教えていたので、日本統治時代、そして戦中戦後のことと向き合う機会も多くありましたが、今回のシンガポールで、あらためて向き合うこととなりました。

日本語教育は、海外との関係に翻弄されることも多い教育環境ですが、日本語教育に携わるということは、ことばを教えることだけにとどまりません。それは、歴史と向き合い、他者の記憶に耳を傾けることでもあります。占領や戦争、移民といったテーマに触れることは決して容易ではありませんが、国際的な教育の現場に立つ者にとっては避けて通ることのできない課題です。

華やかな都市の姿の奥には、語り継ぐべき記憶があります。今回のシンガポール実習が、学生のみなさんにとって、世界の一員としての自覚を深め、他者とともに生きることの意味を考えるきっかけとなることを願っています。そして、そうした学びの積み重ねが、未来の平和につながっていくことを心から願っています。

王伸子

<参照URL>
  1. シンガポールの日本語教育~多言語社会における発展と未来へのキャリア展望~(ウォーカー泉) [link]

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