専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2023年4月:学問のアウトリーチ ―「ゆる言語学ラジオ」と『言語沼』―

新年度になりました。新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。これから4年間、どうぞ有意義な時間を過ごしてください。 「日本語学」を学ぶことの楽しさを、一緒に探していきましょう。

在学生のみなさん、進級おめでとうございます。今年度もどうぞよろしくお願いします。 特に4年生のみなさん、今年の12月には、専大日語での学修の集大成として、卒業論文を提出することになりますね。卒論の執筆は、一生に一度の経験です。ぜひよい論文を書いてください。期待しています。


「ゆる言語学ラジオ」

さて、YouTube・Podcastの人気番組「ゆる言語学ラジオ」をご存じですか。「言語オタク」の水野太貴さんと「言語学素人」の堀元見さんの二人が、「ゆるく楽しく言語の話をする」ラジオです。2021年1月にスタートして以降、ファンが続々と増え、現在ではYouTubeチャンネルの登録者数は18.6万人(2023年4月時点)、Twitterのフォロワー数も5.2万人と、大人気番組になっています。これまでに公開された動画は220本余り。私のお気に入りの回(シリーズ)を、ひとまず3つ挙げておきます。

たまに言語学以外の話題をしていたり、クイズ回だったり、単なる雑談だったり(まれに下ネタ連発の回もあったり)しますが、そこはご愛嬌。パーソナリティお二人の豊富な知識と巧みな話術を、毎回楽しませていただいています。

学問の社会還元とアウトリーチ

さて、「ゆる言語学ラジオ」を見ていて(聞いていて)いつも思うのは、学術研究の成果を噛み砕いて伝えることの巧さ、ということです。少し古い資料になりますが、平成17年10月13日、科学技術・学術審議会・学術分科会による報告「科学技術・学術審議会学術分科会研究の多様性を支える学術政策-大学等における学術研究推進戦略の構築と国による支援の在り方について-」の「おわりに」から引用しましょう(原文はこちら)。

これからの学術研究は国民各層の幅広い支持無くしては発展し得ない。研究者、大学等、国のそれぞれが、学術研究において得られた豊かな知的ストックを国民・社会に広く還元し、共有・継承する意識を常に持ち続けることが不可欠である。
(中略)
研究者と大学等においては、現在取り組んでいる研究課題の魅力や、今後目指すべき研究の方向性についてわかりやすい言葉で説明しつつ、研究成果は速やかに社会に還元するなど、積極的に社会貢献していくことが求められる。
例えば、各大学等は、研究者自らが研究内容を一般に説明するアウトリーチ活動を支える体制を整備することが求められる。また、学術研究をわかりやすく解説できる人材の育成、公開講座やオープンキャンパスの活用や、ユニバーシティミュージアム等の整備等にも取り組むことが求められる。その際、特に文学、語学、歴史学等の人文・社会科学分野の研究には、国民の幅広い年齢層で学習意欲が高く、社会還元への取組みが期待される。
(中略)
各大学等に積み重ねられた重厚な知的ストックを、大学等の枠にとどまらない「教育」を通じて次世代に継承することこそ、究極的な社会還元であることが認識されるべきである。

学術研究の成果は国民・社会に広く還元されなければならない、そのために研究者はわかりやすい言葉で学術研究を解説できなければならず、その教育を通じて「知的ストック」を次世代に継承しなければならない、と謳っています。私自身、学術研究に携わる者として、また、教育に携わる者として、いつも心に留めていることです。各種の講演会で一般の方々や子どもたちを相手に話をするのも、国内外でワークショップを開催してコーパスの面白さを伝えるのも、そうした「還元」または「アウトリーチ活動」の一部と考えています。何より、普段は大学で日本語学を教えているわけで、それ自体、教育を通じた社会貢献の一例だと考えてよいでしょう。

悩ましいのは、「学術研究の成果をわかりやすい言葉で解説する」ことです。もちろん、大学で講義をすることを仕事としていますから、プロとしての自信もありますが、もっと違う説明の方が分かりやすかったかな、とか、こんな例えを出したらもっと食い付いてきたかな、など、授業が終わってから思い返すこともしばしばです。

「ゆる言語学ラジオ」でお二人の話を聞いていると、その説明の巧みさ、比喩の使い方のうまさに驚かされることが多くあります(たまに失敗してますが)。彼らはプロの言語学者ではありませんが、いい意味での「素人目線」から、言語学の研究成果をとても上手に伝えていると思います。お二人自身も自覚・言及しているように、言語学的に正確な定義や論理をすっ飛ばしているところも多々ありますが、それは説明の分かりやすさ、そしてエンタメ性を追求した結果とのトレードオフだと理解しています。エンタメに落とし込みつつ、分かりやすい言葉で学術研究の成果を面白く伝えている。学問(の一歩手前)のアウトリーチとして、とてもよい事例だと思います。我々、プロの言語学者も、プロなりの方法で、より効果的なアウトリーチの方法を追求していかなくてはなりません。

『言語沼』によせて

その「ゆる言語学ラジオ」から、4月7日、初の著書が出ました。題して『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』、通称『言語沼』。 専門書ではなく、いかにも「ゆる言語学ラジオ」らしい軽妙な語り口の文体(対談形式)で、言語学のいろいろなトピック ―助数詞、連濁、アニマシー、音象徴、フィラー、五十音図、オノマトペ、格助詞など― が論じられています。

ほんの1~2時間もあれば読めてしまう軽い読み物ですが、その裏にあるのは、言語学・日本語学のさまざまな研究成果の山です。 言語について考えるのって面白い、言語学・日本語学って楽しそう、そのきっかけを得ることができるかもしれません。 おススメできる一冊です(一応付言しておくと、私はセールスを請け負っているわけではありません)。

『言語沼』に寄せて、勝手に「書評」を書きました。以下、掲載しておきます(PDF版はこちら)。

「ゆる言語学ラジオ」、これからも楽しいコンテンツの配信を期待しています。私も負けないように、アウトリーチをしていきたいと思います。

丸山岳彦

注記:本記事で述べた「言語学のアウトリーチ」については、以下の発表から多くのことを学びました。記して感謝申し上げます。

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