文学部 
英語英米文学科
Department of English
生田キャンパス

教授・石塚 久郎_教員データ

石塚先生
病を通して英米の文化を読み解きます。病や身体と文学や文化がどう係わるのかについて考えます。
石塚 久郎
教授
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教員データ

氏名・職位 石塚 久郎(ISHIZUKA HISAO) 教授
文学部開講科目イギリスの歴史と文化1
イギリスの歴史と文化2
英語英米文学概論1
ゼミナール1・2・3・4
卒業研究
大学院開講科目英米研究特講 英米研究特講演習 英米文化特殊研究 英米文化特殊研究演習
略歴エセックス大学大学院博士課程歴史学部修了 博士 [University of Essex]
専門分野イギリス・ロマン派、身体(史)、ウィリアム・ブレイク
研究キーワード長い18世紀(啓蒙期)におけるファイバー・ボディ;胃弱の文化史
所属学会日本英文学会

主要業績

単行本(単著)
Fiber, Medicine, and Culture in the British Enlightenment--Palgrave Macmillan-- 2016年12月
単行本(共著・編著・論文集・事典・翻訳など)
『食餌の技法身体医文化論』--慶應義塾大学出版会-- 2005年08月
『イギリス文学入門』--三修社-- 2014年06月
『英語文学事典』--ミネルヴァ書房-- 2007年04月
『身体医文化論感覚と欲望』--慶應義塾大学出版会-- 2002年05月
『越境する芸術家現在(いま)、ブレイクを読む』--英宝社-- 2002年05月
論文(雑誌・紀要・研究成果報告書など)
'Fibre Body': The Concept of Fibre in Eighteenth-century Medicine, c.1700-40--Medical History (Cambridge University Press)56/4-- 2012年10月
'Carlyle's Nervous Dyspepsia: Nervousness, Indigestion and the Experience of Modernity in Nineteenth-Century Britain' in Laura Salisburry and Anrew Shail (Eds), Neurology and Modernity: A Cultural History of Nervous Systems, 1800-1950--Palgrave-- 2010年03月
Enlightening the Fibre-Woven Body : William Blake and Eighttenth-Century Fibre Medicine--Literature and Medicine25/1-- 2006年05月
「ああ暑い、それは太陽のせい」熱帯気候における白人の身体--人文科学年報45-- 2015年03月
The Elasticity of the Animal Fiber: Movement and Life in Enlightenment Medicine--History of Science44/-- 2006年12月
その他(学会発表・講演・座談会・インタビュー・書評・エッセイなど)
Experiencing the Weather on the Isle of Man: Feelings and the Self in Townley’s Journal.--International Symposium on the Topology of the Body2008年02月
天気と感性マン島の男の天候日誌--日本英文学会関東支部会7月例会 シンポジウム、「感性表現の英米文学人間の感覚は何をとらえ、どう表現するか」2007年07月
Under Urizen’s Web: William Blake and Enlightenment Nervous Medicine--BARS/NASSAR Conference2007年07月
熱帯地域における白人の身体改変気候と身体--身体医文化論 月例会2004年10月
バイオグラフィア・デシスペプシアカーライルの身体と“胃弱”の発見--身体医文化論研究会ワークショップ2004年03月

ゼミ紹介

テーマ:病みカルチャー、病みストーリー~英米文化・文学と病(ビョーキ)

概要:
「病」がこのゼミのテーマです。英米文化や文学を病という観点から読みときます。
僕らはみんな健康さ、病なんて関係な~いという若いみなさん、ちょっとお待ちを。お若いみなさんも病気の一つや二つは経験しているでしょう。中には重い病気を患っている近親者をおもちの方もいるでしょう。みなさんも年をとれば病気になります。きっと。病はどこにでもいつでも、いつまでもいます。病は日常です。それに、いくら医学が進歩しても病を克服することはできません。無理です。だからこそ、テレビの医療系ドラマに心を動かされるのです。医療や病気は物語を巻き込みながら、情動と深く係わっています。このゼミでは、医学とはかけ離れているかにみえる文学が病とどう係わっているのか、今生きる私たちに何をもたらしてくれるのか、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
とっつきにくいテーマかもしれません。暗いです。重いです。病んでます。病みだけに闇です。キラッキラのディズニーランドとはわけが違います。でも、英米の文化や文学に興味のある人にも楽しんでもらえるかもしれません。イギリスは憂鬱(イギリスの病という病名までかつてはつけられました)で有名ですし、神経衰弱はアメリカ病ともいわれました。案外イギリスやアメリカの国民性のある部分は病気でできているのかもしれません。少しでも興味のお持ちの方は『病短編小説集』(平凡社ライブラリー)を覗いてみてください。と、呼びとめておきながら最後に筆が滑り自分の宣伝。実に病んでます。

 

メッセージ

2007年に学科の一員となって以来,イギリスの歴史と文化を教えている石塚です。専修大学に来る前は,イギリスで歴史を勉強し博士号を取得し,帰国した後は云々。つまらない?ごもっとも。それではこちらを。

  12の頃,試験の成績が思いのほかよかったご褒美としてラジカセを買ってもらった。2階の部屋に駆け上がりわくわくしながらスウィッチをオンにすると聞いたこともない音楽が耳に入ってきた。一瞬にして時が止まり,もう後戻りのできない所にいた。今にして思えば,これこそが英語人生の始まりをつげる笛だった。アイドル中のアイドル「ベイシティーローラーズ」の曲,「ロックンロール・ラヴレター」がその正体だったのだが,一階の居間では,「着てはもらえぬセーターを涙こらえて編んでいる」救いようのない女の悲哀を唄う演歌がいつものように流れていたのだから,天と地がひっくり返ってもおかしくはない。

  なぜチープな「ローラーズ」でもよかったのか。洋楽などとは縁遠いど田舎だったからこそとしかいいようがない。「ロックンロール」と「着てはもらえぬセーター」との遠さといったら地球と火星の距離よりも遠く感じられ,だからこそハッとしたのだ。

  なんでも自分色に染めてしまうグローバリゼーションにあっては,こうした気づきの経験はそれこそ遠のいてしまったようだ。グローバル化社会へのチケットと目される「コミュニケーション英語」さえできれば人生バラ色,鬼に金棒と思っている学生の皆さん,そんなことはありません。それが単なる幻想であると気づくことから始めてはいかが。お節介ながら,そのためのお手伝いをいたしましょう。 
  I am Ishizuka Hisao. I have been teaching British History and Culture since I joined our department in 2007. Before coming to Senshu, I spent several years in England studying history. After receiving my PhD in History, I returned to Japan and... Oh sorry, this is quite boring. Let me tell you a childhood memory of mine which may help you to have an idea of who I am.

  I have a vivid memory of the day when I turned twelve. My parents purchased me a brand-new radio cassette recorder that I had expected to have in reward for satisfactory results of exams. Rushing into a room upstairs, I turned it on with a thrilled hand; then a strange and shocking tune from the radio struck me with full force. I was suspended for a moment, carried off to another world and came back to earth. 'Rock N' Roll Love Letter' was the identity of the sound that transported me. It was a Western pop song by The Bay City Rollers, a Scottish pop band, now forgotten but extremely popular among teens of the 70s. My lifelong career of English began with this, although I had started learning 'This is a pen' -like English at school. Downstairs my parents were listening to an Enka-song, which told a sad, hopeless story about a woman who knit a sweater her lover would never wear, while upstairs 'Rollers' were roaring with the hot sound of Rock 'n' Roll. What a world of difference! 

  It remains a mystery why the cheap, gooey sounds of 'Rollers' caught my ears; it was not the sounds of The Beatles or Queen that initiated me into a world of English. All I can say is that without such a huge gap between us (Japanese) and them (Westerners) it would have not happened. The difference between 'the sweater never worn by her lover' and 'Rock N' Roll Love Letter' was so vast that it reminded me how far it was from the Earth to Mars. However, it was precisely this gap that brought me a sense of wonder, a wonder at something different and something unfamiliar, upon which my imagination took flight. I suspect that our globalised society has been losing touch with this kind of wonder because of an excess of information. Globalisation has melted the differences between cultures into a unity in accordance with American standards. 

  What I want you Senshu students to do is to find a world of difference and of otherness, not by learning the globalised English with which you are supposed to be empowered, but by unlearning it (through this process you are made aware of the simple fact that it is not so; it only leads you to a 'dead' homogeneous world). This world of difference and otherness is the place where you can start, and all you need to do is to swing yourself to the rhythm that you come across, however shabby it may be. 

大学院

英米研究特講
Thomas Dixon, Weeping Britannia: Portrait of a Nation in Tears (OUP, 2015)をテクストとして使用し、イギリス国民の国民性を特徴づけるといわれる「何ごとにも動じない、不屈の精神」(stiff upper lip)――どんな苦境にあっても涙を見せない、泣かないこと――が、実は中世末以降の長い歴史のなかでは普遍的でなものではなく、19世紀後半の帝国主義の時代から20世紀の二つの大戦にかけての歴史的産物であることを概観する。泣くことが規範から逸脱した偶発的な文化ではなく、豊かな意味作用を伴ったより普遍的な歴史文化であることを学ぶ。この本は一般教養読者も視野に入れて書かれているため、専門外の人でも比較的簡単に読める。講義を通じて涙を流す・泣くことの歴史性、所与とされた身体作法にも確かな歴史と文化があることを学ぶ。
英米研究特講演習
身体医文化論に関連する基本文献、重要文献を精読しながら、西洋文化、特に英米文化における身体、医学、文化(文学)を横断するインターディシプリン的な研究方法とテーマを模索し、検討する。より具体的なトピックとしては、神経とファイバーからなる身体の考古学、セックスとジェンダーの発明、狂気の文化史、結核の文化、肥満と拒食症、大気のパソロジー、ダイエットと養生法、アレルギーの文化史、身体改造、天候と身体の感受性の歴史など多岐にわたる。
英米文化特殊研究
Clark LawlorのFrom Melancholy to Prozac: A History of Depression (OUP, 2012)をテクストとして使用し、古代から現代にいたるまでの「鬱」の歴史を概観する。このテクストは18世紀研究家であるLawlorが一般向けに書いた啓蒙書であり、専門外の人でも比較的簡単に読めるものである。いわゆる「鬱」は古代から人々をコンスタントに襲ったが、その理解や意味づけは時代ごとに様々である。現在「鬱病」と呼ばれている病がどのようにして出来したのかを時代ごとの変遷をみることによって概観する。
英米文化特殊研究演習
A Cultural History of the Human Body, 6volsをベースに古代から現代にいたる身体と医学の変遷を通史的に概観し、身体、病、医学に関する歴史的・文化的知識を深めていく。また、その知識を各自の研究にいかして学術的な論文が書けるように指導する。
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