専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2019年7月:外国につながる子どもにとっての日本語の問題

「外国につながる子ども」とは

私は、川崎市で開かれている日本語ボランティア教室に参加しています。これまで、年配の人から子どもまで、様々な年代の人に出会いました。また、日本語学科の授業の関係で、「外国につながる子」の学習支援をする団体と交流をしています。このような経験を踏まえて、今回は小学生・中学生を中心とする子どもに対する日本語教育をテーマにします。

まず、どのような子どもが対象かということについて考えておきましょう。参考文献として示す荒牧他編(2017)、西川・青木(2018)は、共に書名では「外国人の子ども」としていますが、本文中ではそれぞれ、対象となる子どもたちが必ずしも外国の国籍とは限らないということが述べられています。例えば、日本生まれ・日本育ちであったり、日本国籍を持っていたりしても、外国人の子どもとあまり変わらない状況で生活をしている子どももいます。そのような子どもたちを言い表すのに、近年、「外国につながる子ども」「外国につながりのある子ども」といった表現が使われるようになりました。また、日本語指導の面から見た名称として、文部科学省の「日本語指導が必要な児童生徒」や、西川・青木(2018)の「日本語を第二言語とする子どもたち」「JSL(Japanese as a Second Language)の子どもたち」といった表現が見られます。ここでは、こういった表現を適宜使い分けることにします。

また、これは私の限られた経験の範囲での感想ですが、子どもの日本語学習者を見ていると、大人とは学習の状況が異なっていることを実感します。私はもともと、海外の高校を卒業した後に日本での進学を目指して日本語を学ぶ人や、日本語ボランティアでも、仕事などのために日本に来た大人に接する機会が多かったのですが、子どもの日本語学習者の場合は、来日したり日本語を学び始めたりといったことが、当然のことではありますが、親の選択や考えによってなされている場合が多いと言えます。このため、日本語を学びながら、同時に、なぜ日本語を学ぶのかという動機づけも探していくということがあるようです。成長するにつれて、自分の将来についての具体的なイメージが出来てきたり、日本人の友達ができたり、日本のアニメやマンガなどで好きなものができたりすることが、自分なりの日本語学習の動機づけにつながっていくように思います。

「学習言語」とは

子どもが学習する日本語に関しては、学校での教科の学習との関連から「学習言語」に焦点が当たることが多いように思います。これは、言語能力を、学習に直結する能力とそうでない能力といった形で区分する考え方で、日本語教育に関しては、ジム・カミンズ(Jim Cummins)の「伝達言語能力」(Basic Interpersonal Communicative Skills: BICS)と、「認知学習言語能力」(Cognitive Academic Language Proficiency: CALP)という用語が用いられることが多いようです。日本語を第二言語とする子どもたちの中には、日常的な日本語でのやり取りには支障がないのに、学校の勉強では日本語ができなくて苦労するという子どもがいますが、これは、「認知学習言語能力」の習得には比較的長い時間がかかるためと説明されます。

私が実際に、日本語の学習支援を受けている子どもの様子を見せてもらった際には、国語以外の教科についても、宿題を進める手順を説明した文章を理解するために手助けが必要だったり、資料集と問題集を照らし合わせながら問題を解く際に手助けが必要だったりというように、学習に関する日本語を総合的に使う必要があることが分かりました。

語彙の調査に関して

次に、具体的な例として語彙の調査を参照してみましょう。バトラー(2011)は、語彙を学習言語の核として位置づけ、「小中学生のための日本語学習語リスト(試案)」を示しています。これは、小中学校で用いられている教科書から教科学習を行うに当たり必要と考えられる学習語を抽出してリスト化したものです。

この中で、特に出現頻度数が高く、教育関係者による重要度の判定も高かった語として115語が挙げられています。内訳は、名詞が78語、動詞が29語で大半を占めています。ただし名詞には「移動」「解決」「学習」「観察」「計算」といったように、「する」を付けると漢語動詞になるものも含まれています。一方、和語動詞には「合わせる」「成り立つ」「述べる」「用いる」などが見られます。また、同じ語でも、教科によって多義的な使われ方がされることも指摘されています。例えば「動き」は理科では「てこの動き」というように使われ、社会では「世界の動き」というように使われます。

語彙の中でも動詞に関しては、西川・青木(2018)がさらに意外な指摘をしています。日本語を第二言語とする子どもたちと日本語母語話者の子どもたちを比較すると、「伝達言語能力」(BICS)に当たる語彙も不十分だというのです。例えば、和語動詞の「おろす」は「貯金をおろす」というように使いますが、日本語を第二言語とする子どもたちの中には、この「おろす」が使えずに「貯金をもらう」としてしまう場合があるというのです。これについては、私も同様に、「税金をおさめる」と言うべきところを「税金をあげる」とした例に出会ったことがあります。

この他に、日本語を第二言語とする子どもたちと母語話者の子どもたちの比較調査で正答率に差があった和語動詞として、「(目薬を)さす」「(ハンガーに服を)かける」「(ご飯を)たく」のように家庭場面で使用される動詞や、「(ボートを)こぐ」「(木が風で)たおれる」のように普段の生活場面であまり遭遇しない状況を表す動詞が挙げられており、一方、正答率にあまり差がない動詞としては、「(プールで)およぐ」「(ピアノを)ひく」「(本を)よむ」など、学校での生活や授業の中でよく使用されるような動詞が多いとされています。

また、上で「貯金をおろす」「税金をおさめる」の代わりに使用されていたやりもらいの動詞「あげる・もらう・くれる」については、「あげる」は正答率にあまり差がなく、「もらう・くれる」はやや差が見られるという結果だったそうです。この傾向は、私がこれまで接した大人の日本語学習者にも同様に見られ、「あげる」より「もらう」「くれる」の方が難しいようです。ただし、大人の日本語学習者に比べると、全般的に習得が早いようにも感じます。

このように、外国につながる子どもの第二言語としての日本語習得についての研究は、まだ始まったばかりですが、社会的な必要性の高い分野として、今後研究が進んでいくことと思われます。

高橋雄一


<参考文献>
  1. 荒牧重人他編(2017)『外国人の子ども白書 ― 権利・貧困・教育・文化・国籍と共生の視点から』明石書店. [OPAC]
  2. 西川朋美・青木由香(2018)『日本で生まれ育つ外国人の子どもの日本語力の盲点 ― 簡単な和語動詞での隠れたつまずき』ひつじ書房. [OPAC]
  3. 文部科学省(2017)「「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成28年度)」の結果について」[link]
  4. バトラー後藤裕子(2011)『学習言語とは何か ― 教科学習に必要な言語能力』三省堂. [OPAC]

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