専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2018年8月:留学生から見た「千円からお預かりします」

「問題な日本語」としての「千円からお預かりします」

私は前回に引き続き、日本語学習者にとっての日本語の文法をテーマにします。大学生の皆さんは、日本人学生でも留学生でも、スーパーやコンビニで接客業のアルバイトをする人が多いですね。ゼミなどで色々と話を聞いてみると、接客の際の言葉遣いはそれまでの家庭や学生生活での言葉遣いとは異なり、社会と繋がる新鮮なもののようです。今回は、その中でもよく聞く機会のある「千円からお預かりします」という表現をテーマにします。

この問題を取り上げている書籍として、『続弾! 問題な日本語』を参照してみましょう。この書籍では、「千円からお預かりします」という項目(執筆:北原保雄氏)でこの問題を取り上げています。ここでは、「千円からお預かりします」という表現には、①「から」の使い方が変だということと、②「預かる」という言い方が変だということの2つの問題があるとされています。①は、本来「千円を」預かるのであって、色々な解釈があっても「千円から」預かるのはおかしいという問題です。②は、支払った金は「預かる」のではなく「貰う」のだから、「いただく」「頂戴する」などと言うのが正しいという問題です。このように、「千円からお預かりします」という表現は、色々な解釈が試みられる一方で、どうしてもおかしな表現として捉えられるようです

留学生の意外な視点

しかし、留学生の中には、日本語の非母語話者ならではの感覚が分かる話をしてくれる人もいます。ある留学生から、コンビニで使われる「千円からお預かりします」という表現には疑問を感じるという話を聞いたので、上に書いたような話をしたのですが、その人にとっては、そういう問題ではなかったようです。

その人は、コンビニのアルバイトをしている時に、アルバイトの先輩が「〇〇円からお預かりします」という表現を使っていたので自分も使うようになったそうですが、しばらくして「銀行にお金を預ける」の「預ける」との関係が気になり、使わないようにしたのだそうです。つまり「預かる」と「預ける」の違いは何かということです。

私は、大学で勉強ができるくらい高いレベルの日本語を習得している留学生が、なぜそのような初歩的なことを問題に感じるのか不思議に思いました。「預かる」と「預ける」は、「もらう」と「あげる」のように物のやり取りの対応として考えられます。「私が〇〇さんに××を預かる」は「私が〇〇さんに××をもらう」と同じように相手から自分の方に向けての移動で、「私が〇〇さんに××を預ける」は「私が〇〇さんに××をあげる」と同じように自分から相手に向けての移動です。こういったことは、日本語の基礎的な勉強を一通りすれば身に付くことです。しかし、その人の話を聞いてみて、おぼろげながらどのようなことが問題か分かりました。

その人も、当然このような知識はあります。しかし、他の知識もあることで混乱してしまったようです。日本語の非母語話者の日本語学習者にとって、「預かる」と「預ける」のように意味も形も類似している動詞に関して思い当たるのは、自動詞と他動詞のペアです。日本語学習者が学習の早い段階で学ぶ動詞の中にも、次のように、「あずかる」と「あずける」と似た形のペアがあります。

このようにして自他のペアに気を付けながら動詞を覚えて行った場合、人によっては、「あずかる」と「あずける」についても、自他のペアだと思ってしまうことがあるようです。

もちろん、実際には「あずかる」と「あずける」は自他のペアではありません。国語辞典を参照してみましょう。例えば、「問題な日本語」のシリーズが作られるもととなった『明鏡国語辞典』では次のようになっています。

また、外国語としての日本語学習者向けの日本語辞典である『新訂 日本語を学ぶ人の辞典』でも、「あずかる」は他動詞の五段活用の動詞、「あずける」は他動詞の一段活用の動詞とされています。こちらでは上一段活用と下一段活用をまとめて一段活用としていますが、それ以外は同じです。

このように、実際には「あずかる」と「あずける」は別々の他動詞で、自動詞と他動詞のペアではありません。しかし、日本語学習者にとっては、そのように見えてしまう可能性があるのです。

日本語母語話者の大学生の皆さんにとっては、意外な話かもしれません。一方、留学生の皆さんにとっては、共感できる話かもしれません。いずれにせよ、日本語教師を目指す人には、ぜひ知っておいてもらいたい話です。

高橋雄一


<参考文献>
  1. 北原保雄(編著)(2005)『続弾!問題な日本語』大修館書店 [OPAC]
  2. 北原保雄(編) (2010)『明鏡国語辞典 第二版』大修館書店 [OPAC]
  3. 阪田雪子(監修)(2011) 『新訂 日本語を学ぶ人の辞典』 新潮社 [OPAC]

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