専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2018年1月:「上から目線」は嫌われる?

(1) にわか雨でお困りでしょうから、悪い番傘でよければお持ちください。すぐ持ってみえないでもよろしいで。

(2) よかったら、これ、使ってください。

(1) と (2) は、国立国語研究所が行った愛知県岡崎市で行った「岡崎敬語調査」の結果の一部です。次のような場面でどのように言うかを尋ね、一般の方に答えてもらいました。

にわか雨が降ってきました。家の前を少し知っているこういう人がぬれて歩いています。気の毒なので、この人にあなたの家のかさを貸すとしたら、あなたは何と言いますか。

岡崎敬語調査で使用
 した絵です。

(1) は1953年(昭和28年)に実施した第1回調査の結果で、(2) は2008年(平成20年)の第3回調査の結果です。この約半世紀の間に、敬語行動にも変化があったと考えられます。

(1) は「お困りでしょうから」のように、相手の困った状況に言及しています。現代ならば、「あなたが困っているから貸してあげますよ」と言っているようで、「上から目線」と捉えられてしまうかもしれません。一方で (2) は相手の困った状況には触れず、非常に「あっさり」したものになっています。

この2つの違いは、「いらっしゃる」や「召し上がる」といった "敬語のかたち" が変化したのではなく、"敬語の使い方" が変化した結果だと考えられます。

つまり、かつては相手の状況(あるいは領域)に踏み込んで言及するほうが「相手のことを慮った良い敬語行動」だったのに対して、現代は相手の状況に触れないことのほうが「上から目線にならない良い敬語行動」と捉えられているのでしょう。

この敬語行動の変化は、ブラウン&レヴィンソンの「ポライトネス理論」で説明することができます。どのように分析できるか、考えてみてください。

なお、「岡崎敬語調査」のデータは、下記のサイトからダウンロードして利用することができます。「傘を貸す」という場面以外にも、「道を尋ねる」「荷物を預かってもらう」などの場面についても調査しています。約半世紀の間に、"敬語の使い方" がどのように変化したかを探ってみましょう。

阿部貴人


<参考文献>
  1. ペネロピ・ブラウン,スティーブン・C・レヴィンソン(2011)田中典子監修『ポライトネス 言語使用における、ある普遍現象』研究社. [OPAC]
    ※ Brown, P. and Levinson, S.C.. (1978) Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge University Press. [OPAC] の翻訳本です。
  2. 井上史雄編(2017)『敬語は変わる』大修館書店. [OPAC]
  3. 国立国語研究所(2010)『敬語と敬語意識-愛知県岡崎市における第三次調査-』科学研究費補助金 研究成果報告書 第2分冊 阿部貴人編【経年調査 基礎データ編】 [link]

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