専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2017年8月:『和英語林集成』と相馬永胤先生

『和英語林集成』とヘボン式ローマ字

『和英語林集成(わえいごりんしゅうせい)』は、幕末にアメリカから日本に来ていたJ.C.ヘボン(1815‐1911)という人が編纂した和英辞典です。和英辞典ですから、見出し語は、ローマ字書きの日本語で、語義の説明が英語で書かれています。さらにローマ字書きの日本語による例文とその英訳が加えられています。

『和英語林集成』は、縮約版などの派生形を除くと1867年の初版、1872年の再版、1886年の三版の大きく3種類の版が存在します。初版、再版、三版を見比べると、まず、ローマ字の綴り方が異なっていることに気付きます。例えば、タ行、ダ行は次のように綴られています。(注)

タ行ダ行
初版「ta chi tsz te to」「da ji dz de do」
再版「ta chi tsu te to」「da ji dzu de do」
三版「ta chi tsu te to」「da ji zu de do」

J.C.ヘボン

三版の綴り方は「ヘボン式ローマ字」と呼び慣わされるもので、今日でも駅名標における駅名表記、道路標識における地名表記、パスポートにおける姓名表記など、広く利用されています。

(注)各版のローマ字の対照表は、明治学院大学図書館デジタルアーカイブスで紹介されている。なお、明治学院はヘボン夫妻が開設したヘボン塾を起源としている。

時代を写す見出し語の変遷

『和英語林集成』の初版、再版、三版を見比べて分かることは他にもあります。三つの版を見比べるための便利な書物『和英語林集成 : 初版・再版・三版対照総索引』を利用すると、いくつもの発見をすることができます。

ここでは、「蕃学(ばんがく)」「蕃書(ばんしょ)」という言葉について眺めてみましょう。「蕃学」「蕃書」は、西洋の学問や書物(とくにオランダ語で書かれたもの)を指す言葉として、江戸時代から幕末にかけてよく使われていました。『和英語林集成』の初版では、次のように記されています。

  • BAN-GAKU, バンガク, 蕃學. n. Foreign literature and science. Especially European.
  • BAN-SHO, バンシヨ, 蕃書. n. Foreign books.

これと同じ内容は、再版にも載っていますが、三版では削られてしまっています。

「蕃書」というと幕末の洋学研究教育機関「蕃書調所」を思い浮かべる人も多いと思います。「蕃書調所」は名称が実態に合わないことを理由に1862年に「洋書調所」に改称され、さらに1863年に「開成所」に改称されるというように、めまぐるしく名称が変わりました。

一般名詞の「蕃学」「蕃書」も、日本が海外との付き合い方を変化させていく時代の中で、別の表現方法に置き換えられていったことが想像されます。

相馬永胤先生と『和英語林集成』

相馬永胤先生

ところで、専修大学の創立者の一人である相馬永胤(そうまながたね)先生(1850-1924)は、1871年に彦根藩からの藩命を受けて急遽アメリカに留学することになり、『和英語林集成』1冊を携えて船に乗ったというエピソードがあります。専修大学では1年次の「専修大学入門ゼミナール」で、大学の歴史を学びますが、その際に教材DVDの中でこの話が登場します。

専修大学図書館には、相馬家から寄贈された相馬永胤先生ゆかりの『和英語林集成』が所蔵されています。私は、その本こそが相馬先生のアメリカに携えていった本だと思い込んでいました。しかし、手にとってみると、同書は1887年に丸善から出版されたもので、第三版を縮約版にしたもののSecond Editionでした。

相馬先生が初めて渡米したのは1871年から1873年かけてです。そのときに携えていったとすれば、1868年に発行された初版以外にはありえません。また、1874年にも再渡米されますが、再版こそあれ、三版はまだ刊行されていませんでした。したがって、相馬家から寄贈された『和英語林集成』は、相馬先生が帰国後に愛用しておられたものということなのでしょう。

専修大学図書館に収蔵された初版

2017年、専修大学図書館に、相馬先生が最初に渡米した際に携えていったのと同じ版(初版)の『和英語林集成』が収蔵されました。

同書は、かつて丸善が運営していた専門図書館「丸善本の図書館」の蔵書だったものです。丸善(旧・丸善商社書店)は『和英語林集成』の三版から版権を所有し、縮約版も刊行するなど、ヘボンの辞書の普及に重要な役割を果たしました。

専修大学の創立者・相馬永胤先生が渡米するときに携えていった『和英語林集成』の初版の所在はわかりませんが、専修大学図書館に新たに収蔵された初版は、専修大学の創立者たちのグローバル精神に思いをはせるよすがとして活用されることが期待されます。

斎藤達哉

<参考文献>
  1. 飛田良文・李漢燮/編『和英語林集成 : 初版・再版・三版対照総索引』(港の人、2000~2001年刊) [OPAC]

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