専大日語・コラム
専大日語の教員による、月替わりのコラムです。
2021年8月:麺類のおいしい作り方の話
「おいしいお召し上がり方」
今から二十数年前の話です。近所のスーパーの生麺や冷凍麺(日本そばやラーメンなど)のコーナーで、袋の裏に書かれている「おいしいお召し上がり方」を何種類かながめていました。今から考えれば、多分、手っ取り早く調理できるものが欲しかったのだろうと思います。
幾つかの袋を見ているうちに、「あらぁ~、これは日本語としてちょっとヘンじゃないかなぁ」と感じるものを見つけました(写真1)。写真では見にくいかもしれないので、ここでの話に関連する部分を引用します。以下のようになっています。
- 鍋に別添つゆと水240ccを入れ、強火にかけます。
- (1)が煮立てば、冷凍そばを入れ、強火で約1分煮ます。
- (2)のめんがほぐれ、次に沸騰するまで約2分煮ます。
- (3)を器に入れ、あたたかい所をお召しあがりください。
販売者住所:大阪市西淀川区姫島…
先月のコラムの続きのような話ですが、それはそれとして。 私が「あらあら?」と思ったのは、
(2) (1)が煮立てば、冷凍そばを入れ、強火で約1分煮ます。
の部分です。ここは私の語感では
(2) (1)が煮立ったら、冷凍そばを入れ、強火で約1分煮ます。
であってほしいと…。
それから二年ほどが過ぎ、また別の麺類の袋に以下のように書かれているのを見つけました(写真2)。縦書きを横書き仕様に変え、送り仮名などを一部改めて引用します。
- お湯は2.5リットル以上多い程よろしい。
- お湯は充分沸とうさせて下さい。
- よもぎそばをバラバラ投入します。
- よもぎそばが浮き上がれば少し火力を落とし軽く沸とうしつづけ約5分~6分程でゆで上がります。
- ゆで上がり後水洗してザルに取り上げます。
製造業者住所:滋賀県八日市市…
全体的に表現がちょっとぎこちない感じですが、スペースが限られていますから仕方ないのかなと思います。でもここで私が「あらあら?」と思ったのは
4.よもぎそばが浮き上がれば少し火力を落とし軽く沸とうしつづけ約5分~6分程でゆで上がります。
の部分です。ここは以下のような表現のほうがいいんじゃないのかなぁ…。
4.よもぎそばが浮き上がったら少し火力を落とし軽く沸とうしつづけ約5分~6分程でゆで上がります。
つまり問題は、「煮立てば」か「煮立ったら」か、「浮き上がれば」か「浮き上がったら」か、です。
日本語の条件法と『方言文法全国地図』
先月のコラムでも話題になっていましたが、これは日本語学・日本語教育学の分野では「条件法」(~と、~ば、~たら、~なら)としてとても重要な研究対象になっている表現です。これらの表現が全国共通語でどのように使い分けられているか、その原則をここで述べるのは話の中心から逸れるので、詳しいことは文法の授業で学んでもらうことにして、先に進みます。
方言研究者の間では、条件法が現れる文脈で、関西では「~たら」が高頻度で使われることが以前から知られていましたが、客観的なデータとしてそのことが明らかになったのは、国立国語研究所の研究成果『方言文法全国地図』(全6集、1989年~2006年)が初めてだと思います。
『方言文法全国地図』は電子データでも公開されているので、ちょっと見てみましょう。例えば、条件法に関する調査項目のうち、項目番号167「降れば(船は出ないだろう)」では、「~降ったら」系の赤いマークが関西に多いことがわかります。
『方言文法全国地図』には条件法に関する項目が他にもありますが、それらをながめてみると、関西(の話しことば)では条件法は「~たら」のみで十分とさえ言えるほどです。
なぜ「~たら」が出てこないのか
さて、ここで問題を整理してみましょう。ここまでに指摘した事項は以下の3点です。
- 写真1・写真2とも「~たら」が適切と思われる文脈で「~ば」が使われている。
- 2枚の写真はどちらも関西(大阪府・滋賀県)の業者による製品である。
- 関西では「~たら」が頻用されている。
(1)~(3)から浮かんでくる疑問は、 「写真1と写真2は関西で作られた商品なのに、どうして「~たら」が出てこないのか」 です。
その答えとして考えられるのは、2枚の写真の言語使用に「ハイパーコレクション(hyper-correction、過剰訂正)」を見ることができるのではないかということです。
つまり、この調理法の文章の作成者には
- 自分の感覚としては「煮立ったら/浮き上がったら」が自然な表現である
↓
- しかしそれはこの地域特有の方言ではないかという気がする
↓
- だから全国共通語の調理法としては「煮立てば/浮き上がれば」にしなければならない
写真1と写真2の現象をこのように推論することが正しいかどうかはもう少しきちんと調べてみないとわかりません。しかし、条件法の使い分けにはとても微妙な感覚が関わっていることは間違いなさそうで、他の地域で製造されている麺類にも(少なくとも私の感覚では)不自然な表現を見つけることは難しくありません。
再び、「おいしいお召し上がり方」
写真3は札幌市で作られた生ラーメンの作り方です。引用すると以下のような文言ですが、特に4.の項目に注目です。
- 鍋に麺を茹でるためのお湯(約1.5リットル)を沸かしてください。この時、別にスープを作るためのお湯(300cc)も沸かしてください。
- 箱から麺、スープを取り出し、(1)で湯沸した鍋のお湯の中で麺をよくほぐしながら、お好みの固さに茹でます(1分~1分半が目安です)。この時、お湯が吹きこぼれないように注意してください。
- 麺が茹で上がる直前でスープをどんぶりにあけ、300ccの熱湯で溶かします。
- 麺が茹で上がったならば、ざる等でよくお湯を切り、(3)のスープの入ったどんぶりに移し、チャーシュー・焼きのりを添えて出来上がりです。お好みで、ねぎ等の薬味を入れていただければ、より一層おいしく召し上がれます。
製造者:札幌市東区…
「麺が茹で上がったならば」という表現は仰々しい感じがしてこの文脈にはふさわしくないように思えるのですが、どうでしょうか。でも、これが札幌市で作られた製品ということに関わりがあるかどうかは不明としておいたほうがいいかもしれません。
写真1と写真2は、私が昔関西に住んでいた頃に手元に残しておいた「ちょっと変わった表現」コレクションの一例ですが、同じ商品、または同じ会社の類似商品が今どうなっているか、とても興味があります。また、関西に限らず、それぞれの地域で独自に作られている商品に興味深いことばづかいを見ることができるのではないかとも思っています。
次は、つくり方と商品名がコラボしていると感じられるものです(写真4)。
- お湯500cc(コップ2杯半)をよく沸騰させ、めんを入れてゆでる。2分50秒~3分が最適であるが、お好みでゆで時間とお湯の量は加減する。(左の「達人のゆで方の極意」を参照のこと)
- あらかじめ「粉末スープ」と「調味ベース」を器に入れておく。
- めんがほぐれたら、鍋からお湯だけを先に入れて、スープをよくかきまぜて溶かす。
- 最後にめんを入れ、少しかきまぜる。
チャーシュー・メンマ・ネギ・ノリを「具の達人」とする。
販売者:大阪市淀川区…
【麺の達人】だけあって、いかにも偉そうな(?)上から目線の(?)表現が散りばめられていますね。
ま、そんなわけで、麺の袋にはまだほかにも面白いことがいっぱいあるのだが、だいぶ長くなってしまった。うん、ちょっと中途半端だが、今回はこの辺で許してやろう。