専修大学国際コミュニケーション学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2021年4月:歴史的仮名遣いで書かれた文章を音読するためのルール

源氏物語などの、平安時代の作品とされる文章中の「給ふ」は、タマウと音読すべきでしょうか? それともタモーと音読するべきでしょうか? 実際に、教室で学生達に質問してみたところ、両方の音読が混在していました。

じつは、歴史的仮名遣いで書かれた古文には、伝統的に次のような音読ルールが存在しています。

原則として、西暦1700年頃(江戸前期)の読み方に則って音読する。その際、原文と1700年頃との間で音韻変化が生じた音については、体系的な変化の場合は変化後の音で読み、個別的な変化が生じた音は可能なかぎり変化前の音で読む

高校までに扱う文学史上で、西暦1000年頃の成立とされる源氏物語であっても、平安時代の発音で読むことにはなっていないのです。

さて、このルールに沿うと、源氏物語中の「給ふ」はどう読むことになるでしょうか。

まず、源氏物語成立の1000年から1700年までの間に、「語頭以外のハ行音はワ行音で読む」という体系的な変化(ハ行転呼)が生じましたので、「たまふ」はタマウになります。さらに、タマウ /tamau/ の発音中には母音ア /a/ と母音ウ /u/ とが連続していることに注意しなければなりません。1500年代末(室町末期)までは、アウ /au/ などの母音の連続は、オー /oː/ という伸ばす音(長音)で読むという体系的な変化が生じました。その結果、1700年頃にはタモー /tamoː/と読んでいたことになります。

タマウという読み方も、源氏物語成立の頃の発音の再現を目指したものとしては誤りではありませんが、タモーと読む方が、伝統的だということなるのです。


Photo/SAITO Tatsuya

専修大学図書館蔵の源氏物語「桐壺」(伝冷泉為秀筆本)の冒頭部分

源氏物語の成立当初のテキストは現存しておらず、この本も後世(室町時代末期)の写本です。

2行目下から5文字目と、4行目下から1文字目が、それぞれ「給」です。「給」の後に送り仮名は書かれていませんが、こうしたことは、写本ではごく一般的です。教科書などの活字化されたテキストでは、編者によって送り仮名が補われているのです。

斎藤達哉


<参考文献>
  1. 岡崎正継・大久保一男(1991)『古典文法 別記』秀英出版. 10ページ
  2. 小田勝(2015)『実例詳解 古典文法総覧』和泉書院. 7ページ [OPAC]

バックナンバー

バックナンバーのページ へどうぞ。

トップに戻る