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研究所の歴史・組織

専修大学人文科学研究所は1967年に設立されました。
1966年に文学部が設置され、その直後から新学部のスタッフと大学内の学部・学科を超えた人文諸科学の研究者が共同して研究を進められる組織について検討が重ねられ、この研究所が設立されました。
様々な分野・地域を対象とする研究者が日常的な研究所の機能を支えています。
現在、各学部の専任教員を中心に169名、ほかに研究参与・客員所員と特別研究員など41名、合計210名の所員によって構成されております。

人文科学研究所では、下記の事業を中心として毎年の活動を進めています。
(a)研究会の開催(年6回程度)
(b)共同研究助成(特別研究1件、共同研究4件、助成を受けたメンバーは機関誌等への研究成果発表の義務を負う)
(c)総合研究助成(国内外の調査・研究を年に数回)
(d)機関誌の発行(「人文科学年報」年1回、「人文科学月報」隔月刊年6回)
(e)文献資料の収集と整理
(f)研究所ホームページの充実

また、2008年に創立40周年を迎えた記念の一環として、人文科学研究所は2008-9年度、「旅-人間はどんなたびをしてきたか-」を共通テーマとして、文学・歴史学・地理学など諸分野の本学教員による公開講演会を行いました。
2010年度も引き続き、40周年記念特別共同研究「移動と定住:グローバリゼーションの過去と現在」に、哲学・人類学・歴史学などの分野を中心にして取り組んでおり、その成果を出版物として発行する予定です。
運営委員一覧

所  長 伊吹克己(文学部)
事務局長 田中正敬(文学部)

運営委員 岡村陽子(人間科学部)
     勝俣達也(人間科学部)
     小西恵美(経済学部)
     斉藤達哉(文学部)
     高田夏子(人間科学部)
     仲川裕里(経済学部)
     野口武悟(文学部)
     堀江洋文(経済学部)
     松尾容孝(文学部)
     山本充(文学部)
2015年度
所長 鈴木泰
事務局長 田中正敬
前期所員総会 2015年6月2日
後期所員総会 2015年11月17日
総合研究 2015年8月26日~9月4日 ロシア現地調査
2014年度
所長 伊吹克己
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2014年6月3日
後期所員総会 2014年11月4日
総合研究 2014年12月24日~2015年1月3日 東・北インド現地調査
2012年度
所長 小山利彦
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2012年6月2日
後期所員総会 2012年11月9日
総合研究 2012年12月23日~2013年1月1日 南イタリア・シチリア現地調査
2011年度
所長 小山利彦
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2011年6月7日
後期所員総会 2011年11月 日
総合研究 2011年5月14日~15日 京都調査旅行
2010年度
所長 小山利彦
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2010年6月2日
後期所員総会 2010年11月9日
総合研究 2010年12月23日~2011年1月1日 ボスニアヘルツェゴビナ・クロアチア現地調査
2009年度
所長 内藤雅雄
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2009年6月2日
後期所員総会 2009年11月17日
総合研究 2009年12月23日~2010年1月1日 シリア・ヨルダン現地調査
2008年度
所長 内藤雅雄
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2008年6月17日
後期所員総会 2008年11月18日
総合研究 2008年8月4日~11日 ラオス・タイ現地調査
2007年度
所長 殿村晋一
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2007年6月5日
後期所員総会 2007年11月20日
総合研究 2007年12月23日~2008年1月1日 トルコ現地調査
2006年度
所長 殿村晋一
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2006年6月3日
後期所員総会 2006年11月11日
総合研究 2006年12月27日~2007年1月5日 北西インド現地調査
2005年度
所長 林義雄
事務局長 砂山充子
前期所員総会 2005年6月11日
後期所員総会 2005年11月26日
総合研究 2006年1月3日~2006年1月8日 カンボジア・アンコールワット現地調査
1998年から現在までの活動については、作成中です。
1997年
2月10日早坂禮吾元所長逝去、享年82歳。
3月12日~15日台湾調査旅行(台北・故宮博物院等、鹿港)実施。
4月22日第1回運営委員会、役割分担決定。所長・畑有三(国語・国文学)、事務局長・堀江洋文(部門外)、研究会シンポジウム・伊吹克己(哲学)、文献・高橋澪子(心理学)、編集長・年報担当・米地實(社会学)研究会シンポジウム・飯尾秀幸(歴史学)、会計・内田欽三(教育学)、月報・成田雅彦、以下部門外委員、30年小史・大谷正、研究会シンポジュウム・馬渕昌也、フランス革命史料研究センター長・近江吉明、30年小史・黨武彦、30周年記念事業責任者・中村平治、会計・中村政徳。
5月31日 1997年度第1回所員総会、①新所員紹介、②1996年度事業報告・決算報告、③1997年度事業計画・予算案審議、④その他。総会終了後高橋勇夫所員の講演「Cultural Studiesのオモテとウラ」。
8月26日~9月3日総合研究の一環として、中国調査旅行(北京・洛陽・西安)実施。
11月15日 30周年記念シンポジウム「オリエンタリズムの今日的位相」報告・加籐博氏(一橋大学)、小谷汪之氏(都立大学)、村田雄二郎氏(東京大学)、高橋勇夫所員(専修大学)、司会・室井義雄所員(専修大学)。創立30周年記念パーティー(於グリーントップ)。
11月29日 1997年度第2回所員総会、①1997年度事業・会計経過報告、②1998年度事業・予算計画審議、③総合・共同・個人研究経過報告、④フランス革命史料研究センター報告、⑤その他。 注)この年表稿は年報の所報、月報の記事および人文科学研究所の事務ファイルから作成した。
1996年
3月13日~16日人文科学研究所総合研究「境界の喪失」の一環として沖縄へ調査旅行。この調査旅行の成果は、『人文科学研究所月報』第175号・176号〔1996年10月・12月〕「沖縄特集号」所載の論文等に反映されている。
6月1日 1996年度第1回所員総会、①1995年度事業報告および決算報告審議、②1996年度事業計画案および予算案審議、③人文科学研究所規程等の改正について、④新所員紹介、⑤その他。 人文科学研究所規程等の改正にっいては、1995年後期総会で説明を行い、全所員に資料を郵送して周知徹底に努め、この総会において改正案が承認された。また、1996年度の人文科学研究所予算交付決定額は前年度と同様で、伸び率ゼロという異常事態となったことを報告。所員より学内研究所所長の会議を開き大学側に抗議の意を表すべしとの意見が出された。
7月2日第3回運営委員会で役割分担を決定。所長・畑有三(国語・国文学)、研究会および会計・伊吹克己(哲学)、30周年記念事業・中村平治(歴史学)、編集長・宇都榮子(社会学)、文献・高橋澪子(心理学)、月報・成田雅彦(外国語・外国文学)、会計・内田欽三(教育学)、以下部門外、フランス革命史料研究センター長・近江吉明、30周年記念事業・馬渕昌也、研究会・石川美子、研究会・堀江洋文、会計・黨武彦、事務局長・大谷正。
12月7日 1996年度第2回所員総会、①1996年度事業経過報告、②1997年度事業計画および予算案審議、共同研究・個人研究経過報告、④30周年記念事業について、⑤所長改選、畑所長が再選される。任期は1997年度~1998年度、⑥その他。 1997年度の人文科学研究所創立30周年の記念事業として、『人文科学研究所30年小史』(仮称)、『人文科学研究所30周年記念論集』、記念シンポジウムの三事業の計画を立てつつあることを報告し、所員の承認を得た。
1995年
3月16日~20日人文科学研究所総合研究「境界の喪失」の一環として韓国南部へ調査旅行。人文科学研究所として初めての海外調査。この調査旅行の成果は、『人文科学研究所月報』第171号〔1996年2月〕「韓国調査旅行特集号」所載の座談会・論文等に反1映されている。
4月18日第1回運営員会、運営委員の役割分担を決定。所長・畑有三(国語・国文学)、会計・伊吹克己(哲学)、研完会・太田順三(歴史学)、無任所・広田康生(社会学)、文献・高橋澪子(心理学)、月報・成田雅彦(外国語・外国文学)、会計・内田欽三(教育学)、以下部門外、フランス革命史料研先センター長・堀江洋文、研完会・馬渕昌也、研究会・石川美子、年報・柴田隆、事務局長・大谷正。
6月10日 1995年度第1回所員総会、①1994年度事業報告、②1994年度会計報告、③1995年度事業計画案審議、④1995年度予算案審議、⑤新所員紹介、⑥その他。
12月2日 1995年度第2回所員総会、①1995年度事業経過報告、②1995年度予算経過報告、③1996年度事業計画審議、④1996年度予算案審議、⑤総合研究・共同研究・個人研究経過報告、⑥フランス革命史料研究センター事業報告、⑦人文科学研究所規程等の改正について、⑧その他。 なお、人文科学研究所の規程改正に就いては、後期総会では改正趣旨、改正試案の説明に止め、所員の意見を聞いた上で、1996年度の前期総会に改正の是非をはかることを決定した。
1994年
3月6日~7日合宿研究会、和歌山県田辺市。この合宿研究会の成果は、『人文科学研究所月報』第165号〔1995年3月25日〕、「南方熊楠特集号」所載の論文等に反映されている。
3月31日『人文科学研究所月報』第158号、「土井正興教授追悼号」発行。
4月19日第1回運営委員会、運富委員の役割分担決定。所長・五井直弘、会計・伊吹克己(哲学)、研究会・太田順三(歴史学)、無任所・広田康生(社会学)、無任所・福島義和(地理学)、文献・高橋澪子(心理学)、年報・畑有三(国語・国文学)、月報・成田雅彦(外国語・外国文学)、編集長・芦谷清(教育学)、以下部門外、フランス革命史料研究センター長・堀江洋文、研究会・樋口淳、会計・馬渕昌也、月報・大森洋子、事務局長・大谷正。
5月31日 1994年度第1回所員総会、①1993年度事業報告、②1993年度決算報告、③1994年度事業計画審議、1994年度予算案審議、⑤新所員紹介、⑥その他。
12月3日 1994年度第2回所員総会、①1994年度事業経過報告、②1994年度予算経過報告、③1995年度事業計画審議、④1995年度予算案審議、⑤総合研究・共同研究・個人研究経過報告、⑥フランス革命史料研究センター事業報告、⑦所長改選、畑有三所員を所長に選任、任期は1995年度~1996年度、⑧その他。
1993年
3月2日『人文科学研究所月報』第152号、「特集・言葉と文化」、1993年度から始まる予定の新たな総合研究「境界の喪失」に関連した研究会の第1回目の成果を掲載。
6月1日 1993年度第1回所員総会。①新所員委託、②1992年度事業報告・決算報告、③1993年度事業計画・予算案審議、④その他 1993年度役割分担、所長・中島斉、事務局長・伊吹克己、編集委員長・五井直弘、運営委員・芦谷清、大谷正、大森洋子、高橋澪子、中川恭司、樋口淳、広田康生、福島義和、馬渕昌也、堀江洋文(フランス革命史料研究センター長)。 10.18 土井正興所員逝去、享年69歳。
12月7日 1993年度第2回所員総会、①所長改選、五井直弘所員を所長に選任、任期は1994年度、②1993年度事業・会計経過報告、③1994年度事業・予算計画審議、④総合・共同・個人研究経過報告、⑤フランス革命史料研究センター報告、⑥その他。
1992年
1月18日 5研究所合同研究会、テーマ「PKO協力法案」、報告者・石村修氏、森川幸一氏。
2月5日『人文科学研究所月報』第145号、「芥川集一教授追悼号」発行。
4月21日第1回運営委員会、運営委員の役割分担決定。所長・中島斉、例会・伊吹克己(哲学)、編集長・五井直弘(歴史学)、無任所・福島義和(地埋学)、月報・広田康生(社会学)、資料・高橋澪子(心理学)、資料・芦谷清(教育学)、年報・中川恭司(国語・国文学)、月報・高橋勇夫(外国語・外国文学)、以下部門外・庶務・馬渕昌也、事務局長・樋口淳、例会・大谷正、会計・大森洋子、フランス革命史料研究センター長・堀江洋文。
6月2日 1992年度第1回所員総会、①1991年度事業報告、②1991年度決算報告、③1992年度事業計画審義、④1992年度予算案、⑤新所員の紹介、⑥その他。
8月22日~25日合宿研究会、出羽三山修験道探訪、講師・北村昌美氏(元山形大学教授)、上原輝男氏(玉川大学教授)。 この研究合宿の報告は『人文科学研究所月報』第150号〔1992年12月25日発行〕の「1992年度人文研夏期合宿報告」(執筆者、上原輝男氏、寺尾格所員)に反映されている。
12月1日 1992年度第2回所員総会、①1992年度の事業経過報告、②1992年度の予算経過報告、③1993年度事業計画、④1993年度予算要求、⑤総合研究・共同研究経過報告およぴ新規申込の報告、⑥フランス革命史料研究センター事業報告、⑦その他。
1991年
2月人文科学研究所月報第138号(1991年2月)発行。印刷所を国際文献印刷より佐藤印刷に変更。
4月26日第l回運営委員会、運営委員の役割分担決定。所長・中島斉、例会・伊吹克己(哲学)、編集長・五井直弘(歴史学)、無任所・福島義和(地理学)、月報・宇都榮子(社会学)、資料・高橋澪子(心理学)、会計・芦谷清(教育学)、年報・中川恭司(国語・国文学)、月報・高橋勇夫(外国語・外国文学)、庶務・松原朗(部門外)、事務局長・樋口淳(部門外)。
6月4日  1991年度第1回所員総会。①1990年度事業報告、②1990年度決算報告、③1991年度事業計画審議、④1991年度予算案、⑤新所員の紹介、⑥その他。
7月25日『人文科学研究所月報』第141号、「持集・『現点』」発行。
8月4日~6日合宿研究会、富山県砺波市利賀、礪波市職員小西竹文氏の案内で、利賀国際演劇フェスティバルを中心に、過疎化する村の「村おこし」の実態を調査した。
9月2日芥川集一所員逝去、享年68歳。
11月30日 1991年度第2回所員総会、①1991年度の事業経過報告、②1991年度の予算経過報告、③1992年度事業計画、④1992年度予算要求、⑤総合研究・共同研究経過報告および新規申込の報告、⑥フランス革命史料研究センター事業報告、⑦来期所長選出、中島斉所員を再選、任期は1992年度~1993年度、⑧研究所の運営委員に関する内規の見直しについて、⑨比較民族学会の後援について、⑩その他。
1990年
4月24日第1回運営委員会、運営委員の役割分担決定。所長・中島斉、年報・例会・菊池健三(哲学)、編集長・五井直弘(歴史学)、無任所・福島義和(地理学)、無任所・芥川集一(社会学)、資料・高橋澪子(心理学)、会計・芦谷清(教育学)、年報・中川恭司(国語・国文学)、月報・高橋勇夫(外国語・外国文学)、庶務・松原朗(部門外)、事務局長・樋口淳(部門外)。
5月29日 1990年度第1回所員総会。①1989年度事業報告、②1989年度決算報告、③1990年度事業計画審議、この中で総合研究「東西・南北を考える」を始めることが承認される、④1990年度予算案、⑤新所員の紹介、⑥その他。 総会終了後、第1回定例研究会、テーマ「人文科学研究所を考える」、報告者・芥川集一所員、久重忠夫所員、中島斉所員。
10月31日 5研究所共催公開シンポジウム、テーマ「中東と憲法」、報告者・福島新吾氏、古川純氏。
12月4日 1990年度第2回所員総会。①1990年度の事業経過報告、②1990年度の予算経過報告、⑧1991年度事業計画、④1991年度予算要求、⑤総合研究・共同研究経過報告および新規申込の報告、⑥フランス革命史料研究センター事業報告、⑦その他。
1989年
4月18日人文科学研究所主催で、「フランス革命200周年記念講演会」および「遅塚忠躬氏を囲む研究会」を開催。この記録は、『人文科学研究所月報』第132号(1990年2月28日発行)の「特集・フランス革命200周年」に掲載。
5月20日 1989年度第1回所員総会。①1988年度事業報告、②1988年度決算報告、⑧1989年度事業計画、④1989年度予算案、⑤規程の一部改正について(付属機関「フランス革命史料研究センター」設置承認、家名田克男所員がセンター長に就任)、⑥個人研究所成案、⑦外国人客員研究員受け入れについて(高山氏、中華人民共和国国際関係学院教授、期間1989年7月9日から1990年3月31日)、⑧特別研究員の受け入れについて、⑨その他。
11月18日~19日フランス革命200周年を記念する公開シンポジウム開催。主催専修大学。於神田303教室。
11月21日 1989年度第2回所員総会。①1990年度事業計画案、②1990年度予算要求案、⑧所長の改選、中島斉所員を所長に選任、任期は1990年度~1991年度、④その他。 総会終了後、シンポジュウム「差別と教育をめぐる諸問題の現伏と課題」、報告者・斎藤秋男、嶺井正也、鐘ケ江晴彦、広瀬裕子、蔭山雅博の各所員。
1988年
4月19日第1回運営委員会、新運営委員の役割分担決定(1988年度~1989年度)。 所長・久重忠夫、事務局長・石黒吉次郎、庶務・松原朗、会計・嶺井正也、例会・樋口淳、資料・高橋澪子、資料補佐・福島義和、編集長・五井直弘、年報・菊地健三、月報・宇都栄子、高橋勇夫。
6月21日1988年度第1回所員総会。①1987年度事業報告、②1987年度決算報告、③1988年度事業計画、④1988年度予算案、⑤その他。
10月~11月人文科学研究所特別プロジェクト「映像と人文科学」の活動の一環としてサイレント映画上映会を実施。「戦艦ポチョムキン」「吸血鬼ノスフェラトゥ」「カリガリ博士」「ナポレオン」「黄金協時代」。
11月29日1988年度第2回所員総会。①各共同研究の本年度の成果と来年度の研究計画の報告、②1989年度事業計画案、③1989年度予算要求案、④その他。
1987年
3月31日『人文科学年報』第17号発行、創立20年記念号、「人文科学研究所資料集成」掲載。
6月16日1987年度第1回所員総会。①1986年度事業報告、②1986年度決算報告、③1987年度事業計画、④1987年度予算案、⑤新所員紹介、⑥客員所員委嘱の件、⑦その他。 総会終了後、シンポジウム「人文研の活性化を求めて――現状と展望」を開催。
12月11日1987年度第2回所員総会。①1988年度事業計画、②1988年度予算要求、③規定一部改定の件、④来期所長・運営委員選出の件、久重忠夫所員が所長に再任された、任期は1988年度~1989年度、⑤その他。
1986年
1月18日5研究所共同研究会(於神田8A会議室) テーマ国家機密法、報告者・隈野隆徳氏「国家機密法案の背景と基本問題」、森崎震二所員「図書館と国家機密法の体制」。研究会に先立ち、5研究所長懇談会開催、今後定期的に連絡会議を開催することとなる。
1月 20日人文科学研究所20年記念事業の一環として『専修大学人文科学共同研究叢書』第Ⅰ巻『風俗と文学』発行。続いて、第Ⅱ巻『スペイン市民戦争と作家たち』(7月17日)、第Ⅲ巻『エリオット詩を読む』(9月15日)、第Ⅳ巻『超近代の指標』(12月3日)発行。
2月15日『人文科学研究所月報』第107号、「特集・一般教育」発行。
3月16日5研究所長会議開催。
4月7日森幸一所員逝去、享年67歳。
5月15日第1回運営委員会、新運営委員の役割分担(任期1986年度~1987年度)。 所長・久重忠夫、事務局長・石黒吉次郎(国語・国文学)、庶務・伊吹克己(哲学)、例会・樋口淳(部門外)、資料・福島義和(地理学)、会計・嶺井正也(教育学)、編集長・家名田勝克男(歴史学)、月報・宇都栄子(社会学)、年報・大場国彦(部門外)、無任所・大本剛士(外国語・外国文学)、東條正城(心理学)。
5月9日人文科学研究所20年記念事業の一環として、公開講演会「映画づくりはスリリングである」(東映監督伊藤俊也氏)開催、同時に伊藤監督作品「花いちもんめ」上映。
6月24日1986年度第1回所員総会。1985年度事業報告・決算報告書承認、1986年度事業計画・予算案承認、運営委員会企画による特別共同研究プロジェクト「映像と人文科学」(1986年度~1987年度)が承認される。
7月27日『人文科学研究所月報』第111号、「創立20周年記念号」発行。月報創刊号復刻・月報総目録掲載。
9月20日『人文科学研究所月報』第114号、「森幸一教授追悼号」発行。 12月9日 1986年度第2回所員総会、①1987年度事業計画、②1987年度予算要求、③規定改定、④その他。
12月22日5研究共同研究会(於神田13号教室)、大野平吉氏「国家機密法修正案の刑法学的研究」、高須正郎「国家機密法とマスコミ」。
1985年
3月31日『人文科学研究所月報』第102号、「大西洋三教授追悼号」発行。1985年度より年報につづいて月報の印刷も、東京印刷株式会社より国際文献印刷社に変更する。
12月10日1985年度第2回所員総会開催。1986年度事業計画書・予算要求書を承認、つづいて1986年度運営委員につき各部門の推薦に基づいて事務局長が候補者を提案し、総会の承認を受けた。さらに、芥川所長より4期8年間にわたって所長職にあったのでこの際後退したいとの申し出があり、所長が久重忠夫事務局長を後任として推薦し、総会により承認された。任期は1986年度~1987年度。また、心理学分野の運営委員が、高橋澪子所員から東條正城所員に変更。 予定していた多田幸蔵氏の講演は文学部教授会延長で時間がなくなったために、次週に延期。
1984年
3月10日『人文科学研究所月報』第93号、「佐藤英一郎教授追悼号」発行。 6月19日 1984年度所員総会開催。所長に芥川集一所員を再選、任期は1984年度~1985年度。事務局長・久重忠夫(哲学)、会計・山本慧一(部門外)、庶務・樋口淳(部門外)、例会・大本剛士(外国文学)、資料・森崎震二(教育学)、編集委員長・家名田克男、年報・立石由己(地理学)、月報・高橋貢(国語国文学)、高橋澪子(心理学)、高須正郎(社会学)。
10月20日大西洋三所員逝去、享年66歳。
11月30日『人文科学研究所月報』99・100合併号発行。
1983年
9月7日佐藤英一郎所員逝去、享年55歳。
1982年
6月15日1982年度所員総会開催、81年度事業報告・収支決算ならびに82年度事業計画・予算案が承認され、新運営委員が選出された。続いて所長の任期満了に伴う選挙の結果、芥川集一所員が所長に」再任された。任期は1982年度~1983年度。 1982年度~1983年度の運営委員、久重忠夫(哲学)、矢沢康祐(歴史学)、立石由己(地理学)、高須正郎(社会学)、東條正城(心理学)、鐘ヶ江晴彦(教育学)、前田金五郎(国語・国文学)、山本慧一(外国語・外国文学)、部門外・樋口淳、小山起功。
6月22日新旧運営委員の引継ぎ会および第1会運営委員会開催。新旧運営委員会では、役割分担を決定、つづいて年間スケジュールの設定、運営委員会の定例化および研究会の月例化を決定した。事務局・久重忠夫(事務局長)、山本慧一(会計)、東條正城(資料)、樋口淳(例会)、小山起功(庶務)、編集委員会・矢沢康祐(編集長)、立石由己(年報)、鐘ヶ江晴彦(月報)。
7月13日第1回月例研究会、大島良行「大平原の黒人騎兵」。
1981年
1月3日野原四郎元所長逝去、享年77歳。
3月31日『人文科学研究所月報』第77号、「野原四郎教授追悼号」発行。
1980年
6月27日1980年度所員総会、所長に芥川集一所員を再選。任期は1980年度~1981年度。運営委員は、大川瑞穂(哲学)、土井正興(歴史学)、立石由己(地理学)、宇都栄子(社会学)、東條正城(心理学)、佐藤英一郎(教育学)、石黒吉次郎(国語国文学)、小山起功(外国語外国文学)、部門外委員・鈴木丹士郎、山本慧一。 事務局・鈴木丹士郎(事務局長)、東條正城、石黒吉次郎、編集委員会・鈴木丹士郎(編集委員長)、小山起功(年報)、大川瑞穂(月報)。
1979年
7月10日1979年度所員総会。78年度活動報告・決算報告および79年度活動報針・予算案承認。運営委員および事務局・編集体制紹介。運営委員、大川瑞穂(哲学)、土井正興(歴史学)、佐藤英一郎(教育学)、柴田弘捷(社会学)、新井鎮久(地理学)、東條正城(心理学)、今野達(国語・国文学)、山崎勉(外国語・外国文学)、部門外委員寺川博、加藤忠彦。 事務局・山崎勉(事務局長)・東條正城(会計)・柴田弘捷(庶務)、編集委員会・寺川博(編集長)・大川瑞穂・加藤忠彦。
11月20日『人文科学研究所月報』第69号、「一柳富夫教授追悼号」発行。 12月15日 共同研究発表会開催。 「環太平洋問題総合研究」渡辺茂所員  「反ファシズムの文学」大西洋三所員  「認知過程とその個人差に関する実験心理学的研究」東條正城所員
1978年
3月26日小山毅所員逝去、享年38歳。
6月6日1978年度総会開催。1977年度事業報告・収支決算書ならびに78年度事業計画書。予算案等の議題につき、質議応答の結果承認された。運営委員、深作守文(哲学)、旗田巍(歴史学)、神蔵重紀(教育学)、柴田弘捷(社会学)、新井鎮久(地理学)、東條正城(心理学)、鈴木丹士郎(国語・国文学)、山崎勉(外国語・外国文学)、部門外委員寺川博、加藤忠彦。所長選挙の結果、芥川集一委員を所長に選出、任期は1978年度~1979年度。
7月18日運営委員会開催、共同・総合研究課題決定、委員の役割分担決定。事務局・山崎勉(事務局長)・鈴木丹士郎・東條正城、編集委員会・寺川博(編集長)・大川瑞穂・加藤忠彦。
8月30日『人文科学研究所月報』第62号、「小山毅教授追悼号」発行。
12月3日一柳富夫所員逝去、享年49歳。三鷹禅林寺にて、通夜および葬儀(4日および5日)。
12月5日学内研究機関の代表者の合同会議開催。人文科学研究所の提唱による。
1976年
人文科学研究所の所室が6号館に移転した。
5月7日1976年度総会開催。鈴木丹士郎事務局長より1975年度活動報告および75年度決算報告。76年度予算については総会当日までに確定せず、事後運営委員会の議を経て所員に通知するということを承認。次いで所長選挙に移り、早坂禮吾所員を所長に再任、任期は1976年度~1977年度。総会終了後、講演と懇談の会、ソペーニャ氏(上智大学)「スペイン内戦と知識人」、司会大西洋三所員。
―― 事務局長鈴木丹士郎、編集委員長大西洋三。運営委員には前年度に引き続き、深作守文(哲学)、旗田巍(歴史学)、小山毅(教育学)、芥川集一(社会学)、新井鎮久(地理学)、高橋澪子(心理学)、部門外委員大本剛士、山崎勉。
1974年
―― 第4代所長に早坂禮吾所員(国文学部門)が就任、任期は1974年度~1975年度。事務局長鈴木丹士郎、編集委員長加藤克己。運営委員は、深作守文(哲学)、旗田巍(歴史学)、小山毅(教育学)、芥川集一(社会学)、新井鎮久(地理学)、高橋澪子(心理学)、部門外委員大本剛士、山崎勉、大西洋三。
10月7日須田豊太郎所員(第2所長)逝去。
11月1日『人文科学研究所月報』第39号「須田教授追悼号」発行。
1973年
12月19日1973年度研究発表会。 土井正興所員「日本における奴隷制研究について」(歴史学部門) 佐々木享所員「英文学者の英語教育論――逍遥・漱石・龍之介の場合」(外国語外国文学部門)
1972年
3月3日1971年度第2回所員総会。①1971年度事業中間報告ならびに会計中間報告、②1972、1973年度所長の選出。出席者34名、委任状25名。野原四郎所員が27票を獲得して第3代所長(4月1日就任)に選出された。任期は1972年度~1973年度。
6月27日1972年度第1回所員総会①1971年度事業報告・決算報告、②1972 年度事業計画・予算審議案。所員総数83名、出席者18名、委任状47名。
11月25日1972年度共同研究発表会。テーマ「政治と言語」、司会野原四郎所長。 池川健司所員「ファシズムと言語」 山崎勉所員「最近における米文学の政治小説」
1971年
3月23日 1970年度第2回所員総会開催。①1970年度事業中間報告、②研究所規程第1 4条第4項の改正、③1971年度および1972年度運営委員の選出。 ① に関して、共同研究の状況、経済状況、月報刊行状況、年報掲載論文等が報告される。②研究所規程第14条第4項の改正、「運営委員の任期は1年とする」を「運営委員の任期は2年とする」と改正。③1971年度および1972年度運営委員の選出。一柳富夫(哲学)、野原四郎(歴史学)、国松久弥(地理学)、芥川集一(社会学)、金城辰夫(心理学)、佐藤英一郎(教育学)、鈴木丹士郎(国語・国文学)、外国語文学部門は未定、部門に関わらない委員として池川健司、山崎勉、加藤克己。
3月31日人文科学年報創刊号発行。 共同研究・各国の変革期における教育の連続・非連続の問題に関する研究(斎藤秋男、佐藤英一郎、小山毅)、T.S.Eliot:Four Quarters研究①(八代中、中島斉、田島俊雄、山形和美)、脳波に見られる個人差の研究個人論文・久重忠夫「『最後の審判』図研究序説」、大西洋三「作家の戦争参加をめぐって-フレデリック.R.ベンソン『武器をとる作家たち』」専修大学人文化科学研究所規程。A5判142頁。 なお、年報印刷所は、慶昌堂印刷株式会社(創刊号~2号)、三洋社(3号)、株式会社住友プレス(4号~5号)、東京印刷株式会社(6号~14号)株式会社国際文献印刷社(15号~20号)、佐藤印刷株式会社(21号より現在に至る)変遷している。
6月29日 1971年度第1回所員総会。①1970年度決算報告、②1971年度事業計画ならび に予算審議、③その他。 1971年度事業計画は、1970年度共同研究10課題中、「各国変革期における教育の連続・非連続の問題に関する研究」(倉沢剛所員他7名)が研究終了し、新たに「現代青年の学習と労働」(斎藤秋男所員他4名)、「フィヨルド海岸地域の自然環境に関する地理学的研究」(荒巻孚所員他4名)の2課題が開始されることが承認された。また1971年10月初旬の予定で共同研究の中間発表を開催することとした。1971年度大学交付金は937000円。その他、当研究所共同研究「スペイン市民戦争と各国の作家たち」(代表大西洋三)のメンバーによる翻訳『武器をとる作家たち』(紀伊国屋書店)の刊行が紹介された。 1971年度および1972年度の外国文学部門運営委員として田島俊雄所員が追加承認され、また事務局長金城辰夫、会計担当一柳富夫、編集担当鈴木丹士郎、編集委員小山毅が承認された。所員総数84名。出席者24名、委任状33名、計57名で成立。
10月26日 1971年度共同研究発表会開催。初めての試み。 1. 共同研究概要紹介 ① マライシア研究 発表者 日下部文男所員 ② T.S.エリオット研究 八代中所員 ③ 脳波に見られる個人差の研究 河内十郎所員 ④ アメリカ文学の移入と日本の近代化 萩原力所員 ⑤ 現代アメリカ文学における心理学の影響 遠藤叡子所員 ⑥ 1920~30年代のドイツ社会と文化 池川健司所員 ⑦ 各国の変革期における教育の連続・非連続の問題に関する研究 斎藤秋男所員 2. 共同研究発表 ①「自然観について-日本と西洋」 須田豊太郎所員 ②「近代日本における歴史学の発達」 野原四郎所員 ③「゛スペイン市民戦争と各国の作家たち゛の反省と見通し」 大西洋三所員 3. 特別講演 「沖縄の現状と琉球文化」 松田武夫文学部長
1970年
3月30日 1969年度後期所員総会開催。①1969年度事業計画の追認および現状報告、②1969年度運営委員の追認、③1968年度決算の追認、④1969年度実行予算の追認および会計の現状、1970年度事業計画案の審議、⑥1970年度運営委員の選出、⑧次期所長の選出。 運営委員・一柳富夫(哲学)、野原四郎(歴史学)、山崎謹哉(地理学)、芥川集一(社会学)、金城辰夫(心理学)、佐藤英一郎(教育学)、鈴木丹士郎(国語・国文学)、田島俊雄(外国語・外国文学)、山崎勉・加藤克己・池川健司(以上部門を越えて選出される委員)。運営委員の互選により、事務局長・金城辰夫、編集委員長・鈴木丹士郎、されに新設の会計担当に一柳富夫を決定。また、新所長に須田豊太郎文学部教授を選出した(4月1日より就任)。 所員総勢77名。出席所員数26名、委任状37名で定期総会が成立した。
6月30日 1970年度第1回所員総会開催。①議長挨拶、②1969年度決算報告、③1970年度事業案ならびに予算案の審議、④その他。 1969年度共同研究中「宿場日記の研究」と「慣用語の比較研究」が研究費辞退新規に「1920年~1930年代のドイツ社会と文化」が加わることとなる。須田所長の提言により、予算の裏付けがなくとも、年報予定原稿を1969年度共同研究中4課題について9月頃までに纏めるよう要請した。また、総会時の委任状制度の採用(今回は万一の不成立を慮って、アンケートによって賛否を問うたうえで採用)について事務局より提案したところ、「規程の改正が議題となっている場合を除いてはやむをえない」という線で、大多数の賛同を得て、今後は委任状制度を採用することとなる。所員総数77名。出席者22名、委任状22名、合計54名で総会が成立した。
1969年
6月大学紛争のため所長・運営委員会等の改選を行う1969年度前期所員総会が開催されず、1968年度運営委員会が業務を継続した。
1968年
1月人文科学研究所月報創刊号発行。 創刊を祝う(学長相馬勝夫)、人文発足に思う(所長福永忠一)、人文科学研究所 設置経過の報告(事務局長芥川集一)、研究課題一覧、共同研究・綜合研究、各個研究、専修大学人文研究所規程、B5判16頁。
6月29日 1968年度前期所長総会開催。①事務局長事業報告、②各共同研究の経過報告、③編集委員会報告、④1967年度決算報告、⑤1968年度運営委員会の選出、⑥ 1968年度事務局長、編集委員長、編集委員の選出、⑦1968年度事業計画および運営スケジュール審議、⑧1968年度実行予算審議。 事務局長報告は、研究所専任職員の件、各研究所事務センターの件で研究所と大学当局の間で相談が進んでいること、また各研究所事務局長会議が開かれ、近く所長、事務局長会議が発足する予定であることを報告。 運営委員選出、今井惇(哲学)、松本新八朗(歴史学)、山崎謹哉(地理学)、芥川集一(社会学)、金城辰夫(心理学)、佐藤英一郎(教育学)、中田武司(国語・国文学)、藤塚武(外国語・外国文学)、中島斉・山形和美・大西洋三(以上部門を越えて選出される委員)。運営委員の互選により、事務局長・芥川集一、編集委員・中村武司、月報担当編集委員・岡沢宏・小山毅を決定。
1967年
2月2日人文科学研究所設置準備委員会第1回会合開催。同委員会はその後数回の委員会を重ね、研究所設置要綱と規程案作成要項をまとめ、2回にわたり文学部教授会の審議に付し、2月末から研究所規程案起草に取り掛かる。
6月6日文学部教授会で人文科学研究所規程案原案が承認される。
6月27日人文科学研究所創立総会、生田校舎第3会議室。総会では設置準備委員会委員長の挨拶に続き、①規程案を審議し、若干の条項の追加と字句修正を経て満場一致で採択、つづいて②所長および運営委員会の選出を行い、文学部長福永忠一教授を初代所長に選出した。任期は1967年度~1968年度。なお、運営委員は部門代表8名、部門を越えて選出される委員3名、合計11名が定数と決まったが、全委員を選出できず、完全な運営委員会の構成は次の総会を待つこととした。
11月14日第1回所員総会開催。相馬勝夫学長、森口忠造理事長、各学部長、各研究所所長が出席。 運営委員選出、今井淳(哲学)、松本新八朗(歴史学)、山崎謹哉(地理学)、芥川集一(社会学)、金城辰夫(心理学)、佐藤英一郎(教育学)、小林智昭(国語・国文学)、徳沢得二(外国語・外国文学)、椙山喜代子・鈴木丹士朗・大西洋三(以上部門を越えて選出される委員)。 運営委員の互選により、事務局長・芥川集一、編集委員長・松本新八郎、月報担当編集委員・中田武司・岡沢宏・小山毅を決定。研究所の活動計画を討議、所属所員61名。
1966年
4月1日文学部設置。
9月6日第8回文学部教授会において、協議事項「文学部の研究所設置について」が自由討議され、このフリートーキングを参考にして小委員会で研究所設置案をまとめることになった。
年末文学部教授会に学部付属研究所設置案提出。教授会の議論の結果、学部の枠を超えて人文諸科学の研究者が研究の場を共にできるようにすべきであるとの意見が出される。 文学教授会に、「人文科学研究所設置準備委員会」を設置、委員長・福永忠一(地理学)、委員・今井淳(哲学)・松本新八郎(歴史学)・芥川集一(社会学)・早坂禮吾(国文学)・伊藤博(国文学)・岡崎虎雄(英文学)・笠原五郎(英文学)。
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