大学の名称のいわれ
専修学校とはこれの略称で、「一科を専修し、一学を専攻して学問の蘊奥を究めさせる」という方針を含意させたものである。
日本初の経済専門学校
校章・校旗の変遷
校章
①1913(大正2)年に校名を私立専修大学と改称、大正初期には「大学」の文字が中央におかれた。
②1921(大正10)年に学生から募集して制定した帽章の図案が、校章としても使用された。
③1979(昭和54)年の創立百年を機に再制定し、現在も使われている校章。
校旗


②1924(大正13)年の卒業アルバムでは、1921(大正10)年の制定された校章のデザインに変えられた。校章と同じく、創立百年を記念して新たに校旗が制定されるまで長い間使われた。
③現在の校旗。
発祥の地
校外員制度
勝海舟と本学との関係
その関係から1890(明治23)年7 月26 日第9 回専修学校卒業式にあたり、海舟は自筆の書を贈って卒業生を激励している。
この書には『律増甲乙之科以正澆俗 礼崇升降之制以極頽風』と書かれており、その意は「法律は次々に多くの箇条を増加して(これによって)人情の薄い風俗を矯正し、礼は(堂の昇り降りなど)挙措進退のきまりを尊重して頽廃した風俗を止めるものである」という意味に解される。法律と道徳が相まって風俗の乱れを正すものと教え、法学生の使命の大きいことを説いたものであろう。
この書は創立140 年を迎えんとする現在でも本学に大切に保管されている。
創立記念日と大学記念日の違い
「黒門祭」の「黒門」とは?
なお、第1 回黒門祭は、1967(昭和42)年5 月21、22 日に生田校舎における文化サークル活動の発表の場として、学術文化会主催で開催された。
高等予備校の設置
高等の諸学校へ入学するためには予備の学科を修めたいという志望者に対する措置として、専修学校は大学予科の代用に高等予備校設置を東京府に1906(明治39)年8 月に申請し、9 月から昼間授業として発足した。
これから専修学校の校門には、右側の石柱に「私立専修学校」、左側の石柱には「私立高等予備校」と大書きされた門札が、相対して掲げられた。 高等予備校は、時勢の要求にマッチして、関東大震災の時は一時休校したが、1927(昭和2)年3 月まで開校していた。
川島記念賞について
「泥にまみれた著名人より、善良で愛と親切に徹した社会人に」
同氏は1914 年専修大学を卒業。東京日日新聞(現毎日新聞)政治部記者などを経て政界に転身。
国務大臣や自民党幹事長、副総裁を歴任、総裁(首相)選出などで党内の調整役としての手腕が政界で評価された。教育界の発展にも貢献。母校の本学では、53 年から70 年まで、80 歳で死去するまでの間、理事長、総長などを務めた。
1970 年3 月、学窓を巣立つ卒業生に、川島総長が贈ったことばは、今なお語り継がれている。
「泥にまみれた著名人になるよりも、善良で愛と親切に徹した社会人として立派な社会づくりに参加してほしい」そして、「私は今年すでに80 歳、おそらくふたたび会う機会はないでしょう……
さようなら、さようなら!」と結ぶと場内から大きな拍手がわき起こり、いつまでも鳴り止まない。
式を終えて退席する総長に、卒業生たちが握手を求めた。
100 年の歴史を誇る専修大学図書館
その歴史を紐解くと、起源は明治44 年11 月19 日に完成した「相馬田尻記念書庫」に遡ることができる。専修学校(専修大学の前身)創立30 周年と相馬・田尻両先生の還暦を記念して、卒業生たちの寄付によって設立されたのがこの記念書庫で、政治・経済や法律関係の和書、さらに洋書も含めて約3,000 冊を擁した書庫であった。
大正2 年に改正された「学則」には、大正元年に「相馬田尻記念書庫」を拡大・充実させて本学初の図書館が設立されたと記されている。「相馬田尻記念書庫」を図書館の前身と考えると、まさに今年は図書館設立100 年という節目の年にあたるのである。
明治末期から大正初期にかけて、私立学校を取り巻く環境は大きく変わってゆく。明治36年には「専門学校令」が、そして大正7 年には「大学令」が公布される。慶應義塾を始めとして多くの私学は大学部を設置し、「大学昇格」を目指すという私学変革の時代であった。
私学が大学になるためには財政状況・専任教員数・敷地面積・設備などいくつもの条件を充たす必要があった。そのため本学もこの時期、様々な改革を行っている。大正2 年に校名を「私立専修大学」と改称したのもその一つである。図書館の設置はこうした拡張政策の一環でもあった。
大正11 年、専修大学は念願であった大学への昇格を果たす。翌年の関東大震災で大被害を受けるも、復興・発展を遂げ、図書館も大きく蔵書数を増やした。現在では重要文化財などを含む貴重な資料も数多く収蔵するなど、100 年という長きにわたり、研究・教育・社会貢献を使命とする専修大学の中心的役割を果たしているのである。