専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2020年5月:こんな時こそ、頭の体操を

新型コロナウイルスの拡大で、世界が一変してしまいました。 大学でも、4月の入学式やガイダンス、オリエンテーションなどはすべて中止、授業開始は連休明けまで延期となり、正に「前代未聞」の状況が続いています。 専大日語の学生のみなさんが、不安な毎日を過ごしているのではないかと、ずっと心配しています。

こんな時だからこそ、少し頭の体操になるようなネタを提供します。

考えてみよう:「○密」と「密○」

今回のコロナ騒動の中で新しく出てきた言葉と言えば、「三密」でしょう。 「密閉」「密集」「密接」という三つの「密」を避けるよう、東京都が提唱した言葉です。 短くて覚えやすい標語を掲げて、それをスローガンとして都民に行動を呼びかける、という戦略は、とても効果的だと思いました。

ここでは「三密」を例にして、「語構成」について考えてみたいと思います。 私の授業「日本語の語彙・意味」で取り上げるような話題です。

問題:「○密」と「密○」で構成される言葉を、5つずつ考えなさい。

前者は「秘密」「過密」、後者は「密着」「密輸」などが、答えの例です。 みなさん、5つずつ挙げられますか?

(ここでストップ、きちんと考えてください)

国語辞典を引いて、「密」で始まる語を検索すれば「密○」の例が、「密」で終わる語を検索すれば「○密」の例が、それぞれ見つかります。 もちろん紙の辞典では「~で終わる語」を検索することはできないので、デジタル辞典であることが前提です。 「電子辞書」や、goo社がウェブ上で提供している『デジタル大辞泉』(小学館)であれば、このような検索が可能です。

さて、『デジタル大辞泉』で調べてみると、以下のような語を見つけることができました。 みなさん、何語くらい思いつきましたか?

「○密」: 隠密、過密、気密、機密、緊密、厳密、親密、精密、繊密、緻密、稠密、内密、濃密、秘密、綿密


「密○」: 密会、密教、密行、密告、密事、密旨、密使、密室、密集、密出国、密書、密生、密接、密栓、密造、密葬、密談、密着、密勅、密通、密偵、密度、密入国、密売、密封、密閉、密約、密輸、密猟、密漁、密林

掲載されている数は、「○密」が49語、「密○」が91語で、「密○」の方が2倍近く多い、という結果でした。

「○密」と「密○」の使用頻度

では、次の問題。これらの中で、最も多く使われている語はどれでしょうか?

国語辞典を引くと、語の種類は調べられますが、語の使用頻度(使われた数)を調べることはできません。 そこで「コーパス」の出番ということになります。 コーパスとは、実際に書かれたり話されたりした言葉を大量に集めて検索できるようにしたデータベースのことです。 (こちらのページも参照してください)

ここでは、 『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)を検索してみましょう。 BCCWJは、様々な種類の書き言葉から1億語分のテキストを集めたコーパスです。 BCCWJの検索ツールとして、「中納言」を使ってみます。 (※「中納言」の利用には登録(無料)が必要です)

中納言にログインし、『現代日本語書き言葉均衡コーパス 中納言版』を選びます。 「語彙素」に「密%」、「語彙素読み」に「ミ%」と指定して「検索結果をダウンロード」ボタンを押すと、「密○」の語が実際に使われた用例を、Excelで集計できる形(.csvファイル)でダウンロードすることができます。 逆に、「語彙素」に「%密」とすれば、「○密」の用例をダウンロードできます。

検索ヒット数は、「○密」が10949例、「密○」が7860例でした。 頻度付きで上位10位まで集計した結果を、以下に示します。

このうち、「秘密」の使用頻度は「4691」で、実はグラフの上限を突き抜けています。 圧倒的に「秘密」が多い、という結果でした。 以下、数の上では、「密度」「密接」「厳密」「密着」「精密」「緊密」と続いていきます (「密」はどちらにもヒットするので、両方に出ています)。 こうして並べてみると、確かに馴染みのある語が上位に来ているように思えます。

辞典の更新と「三密」

最後に、「三密」が国語辞典にどう記載されているかを見ておきましょう。 『デジタル大辞泉』には、以下のように記述されています。

さん‐みつ【三密】
  1. 密教で、身・口 (く) ・意の三業 (さんごう) 。手に印を結ぶ身密、口に真言を唱える口密 (くみつ) 、心に本尊を観念する意密。
  2. 感染症の蔓延を防ぐために、人々が避けるべき3つの行動。換気の悪い密閉空間に居ること・多くの人が密集する場所に居ること・近距離での密接した会話をすること。令和2年(2020)、COVID-19流行の際に東京都が提唱した。

元来、「三密」は仏教用語ですが、「2」の語釈には、今回のコロナ騒動で出てきた「三密」の意味がすでに掲載されています。早い!

出版されている辞典は数年をかけて改訂しますが、デジタル辞典は容易に更新(アップデート)ができる点で、新しい語や意味をすぐに反映させられるという強みを持ちます。 社会の中で常に変わっていく言葉の使われ方を映す「鏡」として、辞典がその役割を担っているとも言えます。

ただし、辞典の記述が絶えずコロコロ変わっていると、その信頼性が薄れてしまいかねません。 「言葉の典拠として望ましい辞典のあり方」については、今後も様々な試みを重ねながら、議論されていく必要があると言えるでしょう。

さて、もうすぐ授業が始まりますね。専大では前例のない「オンライン授業」。現在、教職員が一丸となってその準備を進めています。 みなさんと一緒に授業が始められる日を、心待ちにしています。それまで、どうぞ健康でいてください。

丸山岳彦


<参考文献>
  1. 国広哲弥(1997)『理想の国語辞典』大修館書店 [OPAC]
  2. サンキュータツオ(2013)『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』角川学芸出版 [OPAC]
  3. 飯間浩明 「国語辞典入門」(三省堂「ことばのコラム」内) [link]

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