専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2019年5月:日本語能力を評価する

「日本語能力試験」とは何か

「日本語能力試験(JLPT:Japanese Language Proficiency Test)」という言葉を、聞いたことがあると思います。日本語を母語としない人が受ける日本語の試験で、年2回、実施されています。2017年には、応募受験者数が年間で100万人を超えた、世界でも有数の大規模試験です。

この試験を「日本語検定試験」と呼び間違える人がいるのですが、これは誤りです。日本語教育で検定試験というと、「日本語教育能力検定試験(Japanese Language Teaching Competency Test)」があります。これは、日本語の先生になることを目指している人が受ける資格試験です。あるいはまた、外国人、日本人を問わず受験できる日本語の試験として「日本語検定」というものもあります。

さて、今回は、この日本語能力試験について少し紹介したいと思います。ホームページをみると、どんな人が受けているか、どういう目的で受けているのかなど、いろいろわかります。試験にはレベルに応じてN1からN5までの5段階があります。認定率(合格率)は、2018年の一回目の試験で、N1からN5まで50%を超えるレベルはありませんから、決してやさしい試験とは言えません。

「到達度」と「熟達度」

ことばの試験は、大きく「到達度テスト(achievement tests)」と「熟達度テスト(proficiency tests)」に分けることができます。コースの途中や終了時に、学習目標をどの程度達成したかをみるのが到達度テストです。一方、熟達度テストは、これまでの指導とは直接関係しません。将来、そのことばを使うことを目標に、今どのぐらいのレベルにあるかをみるものです。日本語能力試験は、試験の種類から言えば、熟達度テストに入ります。

到達度テストは、教えたことがどのぐらいわかったかを見るものですから、出題範囲もおのずと決まります。しかし、熟達度テストは、その出題範囲を決めるのも大変です。このレベルなら、どのぐらいのことができないといけないか、という点から出題範囲を決めていかなければなりません。範囲が定まったとして、それをどのように問題項目にするか、実際に実施するときの方法、結果をどのように利用するかというのも大きな問題です。

母語の影響・1: 有声と無声の対立

日本語能力試験は、2010年度から新試験に移行しました。それ以前は、毎年試験問題とともに、『分析評価に関する報告書』というものが出版されていました。その報告書にのっている試験の結果と私が行った調査から、大規模試験であるがゆえに見えてくる母語の影響というものを紹介したいと思います。

以下に挙げるのは、2001年度に出題された文字・語彙1級の問題です(旧試験では、1級、2級という分類でした。現行の新試験は、N1レベル、N2レベルと呼んでいます)。下線部と同じ読みの漢字語を、選択肢から選ぶ問題です。

問1 学生たちが街頭で募金をしていた。

 1 回答(28.1%) 2 沸騰(6.1%) 3 該当(58.8%) 4 奮闘(6.8%)

選択肢の横にある括弧内の数字は、その選択肢が選ばれた率(選択率)です。この問題は、有声無声の区別を問うものですが、正答の3「該当(ガイトウ)」が58.8%でもっとも多く選ばれ、1「回答(カイトウ)」は28.1%の選択率です。順当な結果と考えられます。

ところが、母語話者別の正答率を表した表1を見てください。

韓国語話者の正答率は、全体の平均よりも低くなっています。この問題1は、有声無声の区別(ガイトウ:カイトウ)を問うているわけですが、韓国語では語頭に有声音が立たないため、正答率が下がったと考えられます。これは、母語の影響といえるでしょう。

どういう母語でも、外国語を学ぶとき、苦手な部分とそれほど苦労せずに学べる部分とがあります。中国語母語話者は漢字に強いですが、中国語にはない訓読みが苦手だったりします。

表1:問1の母語別正答率

国内国外
全体54.8%62.0%
韓国語母語話者44.4%50.3%
中国語母語話者60.2%71.7%

母語の影響・2: 文化差

母語の影響には、文化差もあります。次は、日本語能力試験の問題をもとに調査をした時の結果で、テストで測ろうとしている能力が同等であるにもかかわらず、属する集団の要因で結果に差がみられるか否かを見ています。次のふたつの音声問題は、所属集団の要因が大きいという結果が出た項目です。

問2 お父さんと娘が駅で話しています。二人はこれからどうやって帰りますか。

  (スクリプト)
   娘:あ、お父さん。
   父:あ、花子。
   娘:電車止まっちゃったね、事故で。
   父:うーん、タクシーで帰るか。
   娘:見て、もうあんなに人が・・・
   父:うーん、やっぱり電車を待つしかないか。
   娘:そうだね。バスもないし。

二人はこれからどうやって帰りますか。
   1 タクシーで帰ります  2 電車で帰ります    3 バスで帰ります    4 決めていません

問3 食事の最後に出ます。ケーキやくだものなどです。
   1 スープ   2 ランチ   3 サラダ   4 デザート

どちらも中国語学習者のグループに不利な項目という結果が出ました。問2は、正答の「電車で帰る」が「しか~ない」と否定表現で述べられ、しかも、「電車を待つしかないか」と断定的に述べていません。中国語話者からは、中国語のこうした会話では必ず「こうしよう」という結論を述べるもので、それがないから「決めていない」と受け取れるという内省が得られました。問3は、中国では、食事の後にくだものを食べることはあるが、普通はケーキのような甘いお菓子は食べないという内省が得られました。

大規模試験の結果には、こうした受験集団の文化差による影響が現れます。こうした結果の分析も、日本語の特徴や、日本語と他の言語との違いを知ることにつながり、興味深いものです。

ちなみに、こういう項目は、悪い問題と言えるでしょうか。日本語を学ぶということは、ことばだけでなく、その背景となる考え方や文化を学ぶことでもあるはずです。その点では、日本語母語話者が断定的に言わないことを知っているのは必要なことだと言えます。しかし、特定の言語グループだけができない問題とわかっていながら出題するのは不公平です。

(三枝令子)

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