専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2018年5月:国語辞典の読み比べ

言葉の意味をどう書くか

一般的な国語辞典では、ひらがなで書かれた「見出し語」の下に「表記」「品詞」などの情報が示され、さらに見出し語の意味を説明した「語釈」と、「例文」「注釈」などが書かれます。特に「語釈」は、その国語辞典の個性が強く反映される部分だと言えます。

例えば、「読書」という言葉の意味を、みなさんならどのように説明しますか。国語辞典には、どのように書かれているのでしょうか。以下、複数の国語辞典を引き比べて、その語釈を抜粋してみましょう。

『岩波国語辞典』(第七版)
どくしょ【読書】 (名・ス自) 本を読むこと。

『新明解国語辞典』(第七版)
どく しょ【読書】(自サ) 〔研究調査や受験勉強の時などと違って〕一時(イットキ)現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり 人生観を確固不動のものたらしめたり するために、(時間の束縛を受けること無く)本を読むこと。〔寝転がって漫画本を見たり 電車の中で週刊誌を読んだり することは、本来の読書には含まれない〕

『岩波国語辞典』のシンプルな語釈に対して、『新明解国語辞典』はかなり踏み込んだ、個性的な語釈になっています。勉強のために本を読むことは読書ではない、と言われると、確かにそう感じますね。「現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせ」という記述からは、想像をふくらませながら本の世界に入り浸っている様子が思い浮かびます。

では、「大学」という言葉の語釈はどうでしょうか。

『明鏡国語辞典』(第二版)
だい-がく【大学】 (名)学校教育法に基づいて設置され、学術研究・教育の最高機関として専門的な高等教育を行う学校。高等学校もしくは中等教育学校卒業者、通常の課程による一二年の学校教育を修了した人、またこれと同等以上の学力がある人を対象とする。修業年限は四年を原則とするが、二年または三年の短期大学もある。大学は学部のほかに、大学院・研究所・付属病院などを設置することができる。

『新明解国語辞典』(第七版)
だい がく【大学】 社会の第一線に立つべき人を養成する学校。高校の上。

『明鏡国語辞典』の語釈は、現在の大学制度に着目した詳細な説明になっています。一方、ごく短い『新明解国語辞典』の語釈は、大学の役割・意義を強調したものと言えるでしょう。「社会の第一線に立つべき」というのは、辞典が主張しているように感じられます。

最後に、「やばい」という言葉の語釈について、例文付きで見てみましょう。

『岩波国語辞典』(第七版)
やば-い (形)〔俗〕 危険や悪いことが起こりそうな形勢だ。あぶない。「―仕事」「みつかると―」▽品の無い言い方。 ならず者の隠語から。近年は「すごい」の意味でも使う。

『新明解国語辞典』(第七版)
やば-い (形) 〔もと、香具師や犯罪者仲間などの社会での隠語〕(一)違法なことをするなどして、警察の手が及ぶおそれのある状態だ。「そんな偽物を売ったら―ぞ」 (二)自分の身に好ましくない結果を招く様子だ。「今のままでは単位不足で卒業がやばくなる」〔(一)(二)とも口語的表現〕 [運用]最近の若者の間では「こんなうまいものは初めて食った。やばいね」などと一種の感動詞のように使われる傾向がある。

『明鏡国語辞典』(第二版)
やば-い (形)〔俗〕 (1) 自分に不利な状況が身近に迫るさま。また、そのような状況が予測されるさま。「すぐ逃げないと―ぞ」「―仕事に手を出すな」 (2) 程度が激しいことを表す語。はなはだしい。ひどい。「テストの点数、マジで―・かった」「定食のご飯の量が―(=多い)」「―ほど時間がかかった」[表現]多く望ましくないことについていうが、近年、若者がプラスの評価に用いることもある。「これ、おいしい! ―よ」

『三省堂国語辞典』(第七版)
やば・い (形)〔俗〕 (1) あぶない。「―仕事・―、警察が来るぞ」 (2) まずい。だめ。「そのやり方では―」 (3) すばらしい、むちゅうになりそうで あぶない。「今度の新車は―」 (4) 〔程度が〕大きい。「教科書の量が―・―〔=すごく〕おいしいよ」▽〔(3)は一九八〇年代から例があり、二十一世紀になって広まった言い方。(4) はそのあとに広まった〕

近年の「やばい」の用法、つまり、(みなさんがよく使う)プラスの評価を表す「やばい」の意味が、各辞典で触れられています。特に『三省堂国語辞典』は、(3)と(4)の意味を区別して語釈を与えているところが注目に値します。「むちゅうになりそうで あぶない」というのは、優れた語釈だ思います。

        

国語辞典の個性

サンキュータツオ氏の著書『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』の中では、各国語辞典に対して、以下のような性格が与えられています(一部抜粋)。

  • 『岩波国語辞典』:最も保守的な国語辞典と言ってもいい「規範主義」
  • 『新明解国語辞典』:物を斜めに見るような癖がある、反体制的な骨のある国語辞典
  • 『明鏡国語辞典』:いま使われていることばを積極的に採録している
  • 『三省堂国語辞典』:生きたことばで勝負、積極的に新しい言葉を取り入れている

この性格付け、かなり当たっていると思います(さすがタツオさん)。上記に引用した語釈の例を見ても、『岩波国語辞典』は規範的、『新明解国語辞典』は個性的、『明鏡国語辞典』は現代の社会を捉えようとし、『三省堂国語辞典』は新しい言葉に積極的に向き合っているような印象を受けます。国語辞典にも、それぞれ個性があるということですね。

興味のある人は、いろいろな語について、複数の国語辞典を引き比べてみてください。各辞典の個性が浮き上がってくるようで、とても面白いものです。また、各国語辞典の「序文」には、それぞれの辞典の編集方針やポリシーが書かれています。こちらも、読み比べてみると面白いでしょう。

さらに興味のある人には、赤瀬川原平氏の『新解さんの謎』、三浦しをん氏の『舟を編む』がおススメです。前者は、『新明解国語辞典』に掲載されている語釈を独自の観点から面白く論じています。後者は、国語辞典の企画・作成・編纂に立ち向かった人たちの奮闘を描いた物語で、映画やアニメにもなりました。

丸山岳彦


<参考文献>
  1. サンキュータツオ(2013)『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』角川学芸出版 [OPAC]
  2. 赤瀬川原平(1996)『新解さんの謎』文藝春秋 [OPAC]
  3. 三浦しをん(2011)『舟を編む』光文社 [OPAC]
  4. 映画『舟を編む』DVD [OPAC]

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