大学院サイトマップ  > 専修大学文学部 > 哲学科 > 哲学のすすめ 編集 2009/08/02

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哲学のすすめ

& 不思議なことに驚く

 私たちは〈選ぶ〉ことをよく迫られます。学校の試験では正しい答えを選び、卒業が近づくと就職か進学かを選び、ガイドブックなどを見て自分のやりたいことを選ぶ、というように。でも、そのようにあらかじめ誰かが用意したものの中から何かを〈選ぶ〉ことが〈生きる〉ことでしょうか。その繰り返しに不安や不満を感じ、〈そもそも〉自分とは何なのかと不思議に思ったことはないでしょうか。
 何かに疑問を感じ、不思議の感覚に打たれること(驚くこと)、それが哲学人間学の始まりです。〈そもそも〉自分とは、人間とは、社会とは、人間関係とは、ことばとは、文化とは何か。不思議に打たれてほかならぬ自分自身の心が動き、そこから〈そもそも〉を問う思考が動き始める。心が感き、思考が動く。それが哲学人間学です。

哲学することなく生きることは、

& デカルトのことばから

「哲学することなく生きることは、まさに目を閉じたままけっして開こうとしないことです。そして、われわれの視野に捉えられるすべての事物を見る喜びも、哲学によって発見される事物の認識が与える満足に比べれば、まったく問題になりません。そして最後に、この研究は、われわれが目を使って自分の歩みを導くのに必要である以上に、われわれの行動を律し、この人生において自分を導くために必要なのです。」 ( 『哲学原理』 ちくま学芸文庫 山田弘明ほか訳)

哲学の手引き

& みずから哲学すること

哲学を学ぶには哲学書を読む必要があります。
哲学書をひとりで読んでいてもなかなか頭に入ってきません・・・国語の力だけでは解けません。
哲学書には、歴史のなか、哲学者たちの対話において培われた「概念」がたくさん入っていて、
そのひとつひとつを理解していないと、何のことについて論じているか、わからなくなるからです。

概念を小ビンに付けられたラベルのように考えてしまうと、概念はイメージでしかなくなり、
言葉は呪文のようなものになってしまい、思考は浮草のようにどこかへ漂っていってしまいます。

大学で哲学をするということは、過去の思想を歴史として記憶するのでも、宗教のようにして奥義を伝授してもらうことでも、テクニカルな議論を学習していくことでもありません。多様な哲学的諸概念とその歴史的由来を勉強したあとは、ゼミナールを通じて過去の哲学者たちとの対話の仕方を学びながら、「みずから哲学すること」を身につけていくことなのです。


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