専修大学文学部日本語学科

専大日語・コラム

専大日語の教員による、月替わりのコラムです。

2019年10月:方言話者はみんなバイリンガル?

日本にバイリンガルが増えた!?

地域社会に居住し,方言を使って生活を送っている人は少なくありませんね。でも,その地域の方言だけでなく,場面や話題によって共通語も使う人も少なくありません。

「方言と共通語のバイリンガルが増えた」と言われることがあります。しかし,一般にバイリンガルと言ったときには,英語と日本語のような,2つの言語を流暢に使いこなす人を指すとイメージすることが多いのではないでしょうか。

確かに「方言と共通語のバイリンガル」も2つの異なった方言(変種)を使い分けています。しかし,言語同士の使い分けではありません。「方言と共通語のバイリンガル」というのは,少し言い過ぎのように感じる方もいるかもしれませんね。では,バイリンガルとはいったい何なのでしょうか。

バイリンガルとは

バイリンガルについては,これまでの言語研究において様々な定義がなされてきました。

最も狭義と考えられるのは「2つの言語を母語話者のようにコントロールできること」(Bloomfield,1933)でしょう。母語話者並みに言語を操ることができる人だけがバイリンガルということになります。でも,2つ(以上)の言語のいずれも母語話者並みに駆使できる人など,多くはありません。この定義に従うなら,バイリンガルと呼ばれるのは,極めて少数の限られた人だけということになります。

逆に最も広義であると考えられるのは「ある言語の話し手がもう1つの言語で,完結し,かつ有意味である発話ができる時点」(Haugen,1953)でしょう。あまり英語が得意でない日本人でも,「Good bye.」と発話したその時点では,バイリンガルであるということになります。世界中の多くの人はバイリンガルということになりますね。

バイリンガルという用語・概念には,上記の狭義・広義の定義の中間に位置するような,様々な定義がなされてきました。この定義の幅は「ペナント型定義幅」(山本1991:8)として捉えることができます(図1)。図1のように,狭義から広義の定義の間には,「2つの言語を交互に使用すること」(Weinreich,1953)や,「同一人物によって2つないしそれ以上の言語が交互に使用されること」(Mackey,1962)などがあります。


図1 バイリンガリズムのペナント型定義幅(山本1991:8)
(クリック・タップで拡大します)

私が参加した,国立国語研究所の 第4回 鶴岡調査(2011年)では,方言と共通語の使い分けが顕著になってきた今日の状況を把握するために,バイリンガリズムを「2つの言語(方言)を使用する能力を持つこと」,バイリンガルを「2つの言語(方言)を使用する能力を持つ人」と定義し,共通語と方言の両方の能力を持つか否かといった観点の調査項目を追加しました。研究者の間では,方言と共通語を使い分けることをバイリンガルとみなすようになってきたのです。

なお,一度バイリンガルになった人が生涯にわたってバイリンガルであり続けるとは限りません。バイリンガルは「動的な過程(dynamic process)をいうのであって,静的な属性(static attribution)をいうのではない」(Yamamoto, 1987)とされています。バイリンガルは,その状態が安定しているとは限らず,バイリンガルでない状態に戻ることもあるというわけです。バイリンガルという状態は,様々な要因の影響を受けて変化するもので,可変的な言語の経験や状態を指すのですね。

方言と共通語のバイリンガルは,今後,どのように変容していくでしょうか。今後も,「2つの言語(方言)を使用する能力を持つ」ことの研究を継続していく必要があるでしょう。

阿部貴人


<参考文献>
  1. Bloomfield, L. (1933). Language. New York: Holt, Rinehart & Winston. [OPAC]
  2. Haugen, E. (1953). The Norwegian language in America. Philadelphia, PA: Pennsylvania University Press. Reissued by Indiana University Press in Bloomington, 1969.
  3. 山本雅代(1991)『バイリンガル: その実像と問題点』大修館書店. [LINK]
  4. Weinreich, U. (1953). Language in contact. New York: Linguistic Circle of New York.
  5. Mackey, W. F. (1962). The Description of Bilingualism. Canadian Journal of Linguistics, 7, 51-58.
  6. Yamamoto, M. (1987). Significant factors for raising children bilingually in Japan. The Language Teacher, 11(10), 17-23. [LINK]

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