専大日語・コラム
専大日語の教員による、月替わりのコラムです。
2019年6月:改元の慶事に寄せて ― 殿下時代の思い出: 目白通り2つのパレード ―
今上陛下が皇太子殿下でいらしたころ、学習院中等科へご通学なさる際、当時中高生だった私は、毎朝のように目白通り上で殿下のお車をお見かけしました。田中角栄邸の手前当たりでよくこちらの車とすれ違っておりましたので、不忍通りからお上りになっていらしたのでしょう。目白通りを殿下は、白バイに先導され少しスモークがかったおそらく防弾ガラスの黒塗りのリムジンで。私は夏でも冷房車が稀だったギュウギュウ詰めの都バスにゆられて。
殿下のお車は、デボネアかセンチュリーだったか、その進みの厳かでゆったりとしていたこと。私の方は、こちらのゴ学友達と都バスのツリ革にしがみつきながら、「俺たちもいつか運転手付きで!」など、誓い合ったものでした。
このようなわけで、私はおそれおおくも殿下には少なからず親しみを感じておりました。あれから40年。先帝陛下とご同様に、国民から親しまれる天皇であらせられることを祈念しております。
ところでこの度の改元は、先帝が御隠れになったわけではなくご譲位にともなうものですので、ことのほか慶事であるとも思っておりましたところ、世の中では元号「令和」については、歴史学・社会学・法学・国文学などの各学界から、それぞれの立場上、さまざまな声が上がってもおりました。
それらさまざまな立場からのさまざまな声を、文法学の側から整理してみましょう。おおよそは次のようにまとめられそうです。
(1) 助動詞としての「令」
国民や近隣アジア諸国などに対して上から目線過ぎやしないか、という趣旨の声は、要するに「令和」が「和さしむ」とも訓ずることができることによるものでしょう。 漢文で習ったかと思いますが、「和する」ということをス・サスと同様にシムによって使役の意味をあらわしているというわけですね。
(2) 形容詞としての「令」
また、「梅花歌」から採るならば、当該箇所は「気 淑く(よく)、風 和ぎ(やはらぎ)」という対になっているので、もし「和」の字を使うのなら「淑和」という合成になるのが穏当ではないのか、とも考えられそうです。
しかし、「令和」の英訳が「beautiful harmony」であるなどの説明が出回りだすと、こうした批判的な声も落ち着いてきたようでした。これは、「令和」が、{美しい調和}とか{美しく調和する}という読みが可能だという認識が、最近明かされた作成者本人の弁などからも行き渡ったからでしょう。指摘するまでもなく、この場合、「令」が修飾語成分となっているというわけですね。
私も先日GW明け早々に、「令和」と、はじめて元号を記入する必要のある書類を作成する機会があり、止めや撥ね、点や棒など、筆の運びには些か逡巡いたしました。が、そのうちに馴れるでしょう。
私の担当する講義(日本語の資料研究A-2)でも、『續日本紀』宣命を扱う際に、いくつかの譲位場面を含む詔を取り上げる予定です。内容もさることながら、文法的にも興味深い現象が見られます。お楽しみに。
今も、学習院のあたりから目白台の崖上に立つ我が母校のあたりにかけては、昭和の中高生だったあの頃とそれほど変わっていません。毎年クラス同窓会がありますが、わたしのゴ学友達の何人かは目白通りの誓いのとおり「運転手付き」ともなるなか、私はといえば、あの誓いを忘れたわけではないものの、今のところ家族の送迎などにまわることもしばしばです。