第8章 後悔投票

 ここに後悔投票(angerrostning)とは、投票区投票所以外の投票所、たとえば、郵便局、特設投票所または在外公館において投票を行った者が、選挙日当日、改めて自分の選挙人名簿の設置されている投票区の投票所において投票を行うことをいいます。考えようによって、二重投票ともとれますが、投票区投票所において投票を行った時点で、他の投票所において先に行われた投票は無効となりますので、結果的には、二重投票にならないようになっています。したがって、スウェーデン公職選挙法でそのような投票のことを、二重投票とはいわずに、先に行った投票を悔やんで、もう一度、やり直す投票という意味で、後悔投票と呼んでいます。

 なぜスウェーデンの公職選挙制度の中に、このような後悔投票制度が導入されているのかといいますと、それはスウェーデンの公職選挙法において事前投票が認められているということと同時に、スウェーデンの公職選挙法では、選挙日当日、本人が自分の投票区投票所に出頭して投票を行うことが大原則になっているからです(公職選挙法第15章第15条)。前にも申し上げましたように、スウェーデンの公職選挙法の規定では、郵便局投票の場合、それが通常選挙のときには、選挙日の18日前(但し通常選挙以外の場合は10日前)、特設投票所投票の場合には、選挙日の一週間前、在外公館投票の場合には選挙日の20日前から投票を受け付けることになっています。そしてまた、代理投票の場合、選挙日の24日も前から投票用封筒を準備することができるようになっています(公職選挙法第14章第11条第1項)ので、郵便局、特設投票所または在外公館において投票が行われた場合、実際の選挙日までに、十分、再考のための時間的余裕が残されています。

 わが国の場合、不在者投票という制度があって、選挙人は選挙日の前でも投票を行うことができるようになっていますが、一旦投票を行ってしまった場合、選挙人が投票した候補者が死亡してしまったような場合、旅行中に気が変わって別の政党にあるいはまた別の候補者に投票をしようと思っても、帰って改めて投票を行うことができません。二重投票の危険があるとか、開票手続きが面倒だということがその理由らしいですが、しかし、長年、後悔投票制度を続けてきているスウェーデンで、そのような不都合なことが起こったいうこともきいていませんし、また、よりむしろ、選挙権の尊重という点からみたら歓迎すべき制度だと思いますが、皆さんはどう思いますか。在外居住者の選挙権のことを考えるならば、当然、後悔投票のことも併せて考えておくべきだと思います。もし、後悔投票を認めることによって混乱が生ずるというのであれば、混乱が起こらないように制度をしっかり造ればよいことで、それで混乱が起こったからといってそれを制度のせいにするのは、人間の思い上がりというものです。したがってそれは制度の欠陥でなくて、そのような欠陥品を造った人のミスか、さもなければ混乱を起こした人間の責任だと思います。

 しかし、後悔投票は手間、暇のかかる制度だと思います。後悔投票をする人の数は、極く限られた数だと思います。少数者のために手間、暇かけて間でそのような制度を設けておく必要があるかといわれればそれまでですが、後悔投票を認めるか否かは、立法者が国民の選挙権というものにどれだけの重きをおいているかということにかかっていることだと思います。

 


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