2024.12.03 Tue
経済学部経済学部での学び
経済学部での学び【現代経済学科】経済学の魅力:機会費用とトレードオフの理解
専修大学経済学部 真殿 誠志
機会費用と経済学
経済学を学ぶことは、日常生活に密接に関わる現象を深く理解する手助けとなります。それは個人の意思決定にも大いに役立ちます。たとえば、りんごが万有引力の法則を知らなくても落下するように、人々は経済学を知らなくても経済法則に従って日々意思決定を行っています。東京、チェンマイ、ヨハネスブルグ、どこにあるりんごも普遍的な法則に従い落下するように、我々の意思決定にも無意識に従う普遍的な法則があります。その法則を理解することで、よりよい意思決定に役立てられます。我々の次の行動を決定するうえで、機会費用という概念が非常に重要な役割を果たしています。この機会費用について、「どこでもドア」の寓話を通して考えてみましょう。どこでもドアの寓話
どこへでも瞬時に移動できる「どこでもドア」が存在し、年間利用料が一世帯あたり24.4万円だとしたら、あなたは利用したいでしょうか。多くの人が利用したいと思うでしょう。しかし、残念ながら完全な技術は存在しません。「どこでもドア」利用者の中には時空の歪みから命を落とす人や、ドアの出口が地上5メートルに出現し大けがを負う人たちがいます。「もしもボックス」を使った平行世界での壮大な実用化実験では、日本国内の利用に限ったとしても、一年間で2万1千人が死亡し、負傷者は118万人に達しました。この結果を知ったとき、皆さんは「どこでもドア」を使いたいと思うでしょうか?おそらく、多くの人が利用を躊躇するのではないでしょうか。技術が成熟し、死者ゼロ負傷者ゼロが実現されるまで「どこでもドア」の実用化を待つべきだと考えるでしょう。
実は、この「どこでもドア」の寓話は、自動車事故の統計データを基にしています。自動車の利用により、1971年には21,011人が死亡し、2004年には118万人が負傷しました。幸いにも死者数は減少傾向にありますが、2020年においても交通事故により3,718人の死者が記録されています。同じ年、新型コロナによる死者数は3,467人でしたが、交通事故の犠牲者の方が多かったのです。それでもなぜ我々は道路を封鎖せず、自動車を利用し続けるのでしょうか。それは、自動車利用によって得られる価値が、事故によって失われる価値を上回ると評価しているからです。
経済学の視点から見る日常の選択
この寓話が示すように、我々は日々の生活の中で無意識に何かを得る代わりに別の何かを諦める選択を行っています。このような状況をトレードオフと呼びます。いいとこ取りはできない状態です。利便性のため自動車社会を選ぶことは、ある程度の安全を諦めているということです。みなさんが塾にいる間、ゲームセンターで遊ぶことはできません。塾に行くという選択をした時、ゲームセンターを諦めているわけです。誰しもこうした選択を行っているのですが、経済学では機会費用という概念を使い明らかにします。機会費用とは、ある選択をしたときに諦めなければならない他の選択肢の中で最も価値ある選択肢のことです。我々は自動車利用で得られる利便性をより高く評価し、交通事故という機会費用を払っているのです。我々が何かを選んだ場合、常にトレードオフに直面し、諦める選択肢以上の価値を見出しているのです。
資源の有限性とトレードオフ
誰もトレードオフから逃れることはできません。なぜなら利用可能な資源は有限だからです。言うまでもなく地球上の資源は有限です。資源といえば天然資源を連想する人も多いでしょう。実は時間も重要な資源なのです。1日は24時間、寿命にも限りがあります。同じ時刻に二つ以上のことはできないのです。二つ以上の可能性から我々は常に最も価値あると判断したひとつを選択しているのです。何かを得る時我々は何かを諦めています。皆さんの生活で考えると、勉強時間を増やすとアルバイト収入を諦めることになります。ゲームで課金すればその分服の購入を諦めるかもしれません。時給1500円のアルバイトを選ばず、勉強時間を1時間増やしたとすれば、勉強には1500円以上の価値があると評価したことになります。明日デートの約束があるとします。夜になって会社経営をする親戚からバイトの誘いが舞い込みました。デートに行けばバイトはできません。バイトをすればデートに行けないのです。あなたはどう判断するでしょうか。もちろんデート一択と答える人が多いでしょう。バイトが一日1万だとしたら、デートを選択するでしょう。では、バイト代が2万円、3万円・・・10万円・・20万円と騰がるさまを想像してください。1億円でもデートを選びますか。バイト代が騰がるさまを想像し、どちらを選ぶか迷いが出た金額はあなたが考えていたデートの価値なのです。
意地の悪い嫌な考え方ですよね。では次の例はどうでしょう。一円玉はアルミニウムでできていて再生可能です。暗がりで一円玉を落とした時、1万円札に火をつけて一円玉を探すべきでしょうか。1円玉を選ぶ代わりに1万円を諦めるのか、1万円を選ぶ代わりに1円玉を諦めるかのトレードオフです。1円玉を選んだとすれば、1円玉に1万円以上の価値を認めたことになります。矛盾していますね。ただの無駄です。10Lの石油を使えばどこででも1Lの石油が掘り出せる「だれでも石油王マシン」があるとしましょう。一戸建てなら今日からあなたも石油王に成れるのでしょうか。無理ですよね。言うまでもなく失われる10Lの石油の方が、得られる1Lの石油より価値があるからです。個人レベルであればこうした無駄な選択はただの気まぐれで済むかもしれませんが、社会全体で考えた場合、得る何かの価値が機会費用以上でなければ、膨大な資源の浪費が生じてしまうのです。
経済学では、この資源は有限であるという制約の下、よりよい選択を行うための方法を提供します。例えば、時間、労力、お金などの資源をどのように配分すれば最大の利益を得られるかを考えるのです。また、社会全体の資源の分配がどのように行われているかを理解することで、個人の選択が社会にどのような影響を与えるかを学ぶこともできます。
サンクコストの罠に注意
トレードオフを考える際にもう一つ重要な概念があります。それはサンクコスト(埋没費用)です。サンクコストとは、すでに支払ってしまって取り戻すことのできない費用のことです。この罠に陥ると、取り返せない損失にこだわるあまり資源の浪費を続けてしまうことがあります。具体例として、コンコルドの罠と呼ばれる事例があります。超音速ジェット旅客機コンコルドは、その開発の段階で実用化しても利益が出ないことがわかっていました。しかしながら巨額の投資が実行され、最終的には実用化し案の定大きな損失を計上しました。せっかく始めたのだからとやめるにやめられなくなるのは日本人に限った話ではありません。これはサンクコストの罠に陥った典型的な例でコンコルドの誤謬とも呼ばれています。
今夜コンサートに行くかどうかを考えてみましょう。苦労して手に入れたチケットがあるとします。運悪く午後から体調がかなり悪化してきました。あなたはどう判断すべきでしょうか。おそらく多くの人がなんとかして行こうと考えるでしょう。苦労して手に入れたチケットですから。では、このチケットが当日さして親しくもない人が勝手においていったチケットだとしたらどうでしょう。やめておくと判断しそうですね。この場合、あなたは冷静にコンサートにいくメリットとデメリットを比較しているはずです。苦労して手に入れたという過去はあなたの回復の手助けにはなりません。次の行動であるコンサートに行くメリットとデメリットは、チケットを苦労して手に入れた場合でも同じなのです。次に選ぶべき行動の判断は、チケットの入手経路すなわち過去に依存しないのです。
経済学を学ぶ意義
経済学を学ぶことで、我々は日常生活の中でより良い選択をするためのスキルを身につけることができます。機会費用やトレードオフ、資源の有限性といった概念を理解することで、より良い選択肢を評価する力が養われます。このエッセイを通して、皆さんが経済学の面白さとその実用性に興味を持ち、将来の学びに役立てていただければ幸いです。経済学には抽象的な側面もありますが、一方で我々の日々の生活に密着した問題解決の道具としての側面もあります。ぜひ、この機会に経済学の世界に足を踏み入れてみてください。
