2024.07.29 Mon
経済学部経済学部での学び
経済学部での学び【生活環境経済学科】財政は「共同の財布」にたりうるかー財政民主主義の真価を問う
専修大学経済学部 徐 一睿
みなさん、「財政」という言葉を聞くと、どんな印象を持つでしょうか?「難しい学問だ」「ゼロが多すぎてわけがわからない」「自分の生活とは関係ない」なんて思ってしまうかもしれませんね。確かに、私たちの日常生活では、財布の中のお金は多くても数万円程度ですが、財政の単位は「兆円」になることがよくあります。ちなみに、1兆円ってゼロがいくつあるか、すぐに答えられる人はなかなかいないでしょう。(答えは12個のゼロですよ!)
さて、みなさんは自分の財布の中にいくらのお金が入っているか、そしてそのお金をどのように使うか、自分の意思で決められますよね。日常生活の中でも「予算」という言葉をよく使います。例えば、「今月の予算は厳しいから、友達と遊ぶのは控えめにしよう」なんて会話もあるでしょう。これは、財布の中身と相談しながら、支出する金額を決めるということですね。
ところが、財政というのは、みなさんの個人の財布とは違うんです。財政は、みんなの財布から強制的に徴収したお金(つまり税金)を共同の財布に入れるシステムなんですよ。「ちょっと待てよ」と思った人もいるでしょう。「強制的にお金を取るなんて、それって強盗じゃないの?そんなことが許されるわけ?警察に通報しなきゃ!」でも、警察を呼んでも、この強制的な徴税を止めてくれないんです。なぜなら、警察官の給料もその税金から支払われているからなんですよ。
財政というのは、この共同の財布がどうやってお金を集めて、どんな風に使っているのかを勉強するのが財政学という学問なんですよ。
でも、ここで問題なのは、私たちは税金を払ってはいるものの、その税金が実際にどのように使われているのか、あまり関心を持っていないということなんです。だって、普段の生活で特に不便を感じることもないし、何も問題なく暮らせているからですよね。
でも、ちょっと待ってください。本当にそれでいいんでしょうか?確かに、日々の生活に支障はないかもしれません。でも、私たちが払った大切な税金が、果たして有効に使われているのか、ちゃんと確認する必要はありませんか?
例えば、もしも税金が無駄に使われていたり、私たちの生活をもっと豊かにするために使われるべきお金が別の用途に回されていたりしたら、それはとても問題だと思いませんか?
だからこそ、私たち一人一人が財政に関心を持つことが大切なんです。自分たちはなぜ税金を払っているのか、そして払った税金がどのように使われているのか、もっと知ろうとする姿勢が必要ですよ。
なるほど、みなさんも「共同の財布」の中身を知ることが大切だと感じたようですね。でも、そう言われても、具体的にどうやって財政の中身を知ればいいのか、ピンとこないかもしれません。
実は、その答えは「予算」という言葉に隠れているんですよ。でも、ここで言う「予算」は、みなさんが日常的に使っている「予算」とは全然違うんです。財政学が独立した学問分野として認められている最大の理由は、財政に関するすべての情報が「予算」という文書にまとめられているからなんです。
みなさんが個人の財布を管理するときの「予算」は、そんなに厳格なものではありませんよね。例えば、友達と遊びに行くのに1万円使う予定が、楽しくなっちゃって1万5千円使ってしまった、なんてことはよくあるでしょう。つまり、個人の「予算」は柔軟に変更できるんです。
ところが、みんなの「共同の財布」を管理する「予算」は、そう簡単には変更できません。なぜなら、この「予算」は一定期間の財政を統制する、法的拘束力のある文書だからです。
一度決まった「予算」は、個人の財布のようにコロコロ変えられないんですね。
ちなみに、「予算」の英語は「バジェット(budget)」で、その語源はガリア語の「袋」なんですって。イギリスの大蔵大臣(財務大臣)が予算書を入れる「革鞄」を指していたんだとか。だから、イギリスでは予算審議が始まる時、大蔵大臣が財政演説を始めることを「予算を開く(open the budget)」と表現するんですね。それほど重要で神聖な儀式なんです。
みなさん、日本という国について聞かれたら、すぐに「民主主義の国だ」と答えるでしょう。でも、実は民主主義の根幹を支えているのは、財政民主主義なんですよ。つまり、私たち国民が予算を通じて、みんなの共同の財布を民主的にコントロールすることなんです。
昔の国家は、「家産国家」と呼ばれることがあります。「家産」というのは、家族で共有する財産のことです。つまり、家産国家とは、国王や王室が国の財産を全て所有し、まるで自分の家のようにその国を支配していた国家のことを指します。
例えば、ヨーロッパの絶対王政の時代には、王様が国土や人々を自分の所有物と考え、自分の好きなように支配していました。王様は、自分の領地から上がる収入を自由に使うことができたのです。しかし、時代が進むにつれ、このような家産国家のシステムは次第に崩れていきました。
現代の国家は、もはや王様の私有物ではありません。国民一人一人が主権者となり、国家は国民全体の共有物となったのです。しかし、国を運営するためには、たくさんのお金が必要です。道路や学校、病院などの公共サービスを提供するには、巨額の費用がかかります。
そこで登場するのが、「税金」という仕組みです。国家は、国民から税金を集めることで、国の運営に必要なお金を賄っているのです。だから、予算というのは、国民が国家に与えた「許可書」や「権限付与書」みたいなものなんですね。つまり、現代の国家は、国民の同意なしには成り立たないということですね。
だからこそ、みなさん、財政の中身を知るには、この「予算」を書かれている予算書をチェックするのが一番手っ取り早いんです。国や自治体の予算書を見れば、私たちからどのぐらいの税金を取られているか、さらにこれらの税金がどんなことに使われているのか、よくわかるはずです。
財政社会学の父と呼ばれているドイツ人のルドルフ・ゴルトシャイトという人は、こんな名言を残しているんですよ。
「予算は、言うならばすべての粉飾的なイデオロギーをはぎ取られた国家の骨格を意味する」[Goldscheid 1917: 128; 1926a: 148]
この国がどっちの方向に進もうとしているのか、福祉国家を目指すのか、それとも軍事大国になろうとしているのか、予算書を見ればいろいろ見えてくるんです。
だから、みんなで予算書を覗き込んで、財政について語り合ってみませんか?そうすれば、私たちの「共同の財布」がどんな風に使われているのか、もっと理解が深まるはずです。財政に関心を持つことこそ、より良い社会を作る第一歩だと私は思うんです。
これこそが、財政民主主義の真価が問われるところなんですよ。私たち一人一人が予算について考え、議論に参加することで、本当の意味での民主主義が実現するんじゃないでしょうか。
出所
http://www.samstaginderstadt.at/rudolf%20goldscheid.html