2024.07.23 Tue
経済学部経済学部での学び

経済学部での学び【国際経済学科】経済学を学ぶ意義―国際貿易の視点から

専修大学経済学部 津布久 将史

 皆さんは経済学を学ぶことにはどのような意義があると思いますか。同じ社会科学の学問である経営学や法学などと比べるとあいまいに感じる学生が多いようです。そこで、ここでは経済学を学ぶことで得られる、政策の得失を考える能力について国際貿易を例に取って考えます。
 私たちの身の周りには外国との貿易品にあふれています。例えばスーパーマーケットに行けばインド産の紅茶、ノルウェー産のサケ、フィリピン産のバナナが日常的に並んでいます。これらはいずれも外国から日本に輸入されて、スーパーマーケットに並んでいます。このように外国の製品を日常的に味わうことができるのは喜ばしいことです。一方で日本から世界に向けて輸出されている製品もあります。自動車やスマートフォンやPCに使われる半導体などが、これにあたります。これは日本企業が国内だけでなく世界の消費者に向けて販売することになるので、より多くの売上を得ることができます。そのため輸出についても企業にとっても望ましいことのように思えます。このように貿易すること、つまり外国の製品を輸入したり外国に向けて国内で生産した製品を輸出することは、消費者にも企業にとっても望ましいもののように思えます。
 しかし、現実に目を向けると貿易を制限するような保護主義的な動きも見られます。例えば、2017年に米国の大統領に就任したトランプ氏は、その就任演説で「私たちは、私たちの製品を作り、私たちの企業から盗み、私たちの職を破壊する外国の侵害から、この国の国境を守らなくてはならない。保護によって、繁栄と力は拡大します。」と述べています。これは外国からの輸入は悪であり、米国の国民にとって害があると主張しています。確かに、安い輸入品が国内に流通することになれば、同じ製品を生産している企業は生産を縮小し、場合によっては労働者を解雇することで、失業者が増えるかもしれません。そう考えると、トランプ氏の言葉は過度かもしれませんが、筋が通っているようにも思えます。
 就任演説の言葉通り、トランプ氏は大統領として2018年以降貿易を制限するような政策を実施してきました。図1は、G20が一定の期間に新規に導入した輸入制限措置政策について、それが影響を及ぼす輸入額の大きさをWTOが計算したものです。2018年11月から4,810億ドルに跳ね上がりました。その後も3,360億ドル、4,600億ドル、4,180億ドルと、多くの輸入に対して制限措置が課されていったことがわかります。[1]

[1] 2018年の急増は米国の保護主義的政策の導入の影響と考えられますが、その後の影響はこれに対抗して中国等が米国産の多くの製品の輸入に追加関税を課した影響を含んでいることに注意してください。
津布久先生
 (出所)WTO, The WTO’s 21st Monitoring Report on G20 trade measure (2020)より筆者作成。年月はWTOによってレポートされた時点を表しており、各レポートの調査期間に新しく導入された輸入制限措置から計算している。
 
 実はこのような保護主義的な政策が実施されることは珍しくありません。1930年代に世界的な大不況への対策として形成されたブロック経済や、発展途上国が自国の工業化を進める目的で実施する輸入代替工業化政策など、さまざまな目的で貿易を制限する措置が取られることがあります。
 では結局のところ、国際貿易は私たちの生活にとって望ましいものなのでしょうか。それとも、トランプ氏が主張した通り制限されるべきものなのでしょうか。このような疑問を経済学に基づいて考えてみましょう。古くは19世紀にデビット・リカードは比較生産費説を唱え、比較優位に従った貿易は参加する国に利益をもたらすと主張しました。彼の主張からは、200年以上が経ちますが、多くの優秀な経済学者が彼の理論を様々な側面から検証し、発展させてきましたが、彼の提唱した比較優位の理論は未だに経済学において重要な教えであることには変わりはありません。そのため経済学では自由貿易が望ましく、保護主義的な政策を行うことで損失が生まれることが示されているわけです。
 これにも関わらず保護主義的な政策が支持され頻繁に実施されてしまうのは、この政策に対する経済学的な理解が世の中に十分に浸透していないことが伺えます。ここで注意して欲しいのが、経済学では保護主義的な政策の実施を完全に否定しているわけではありません。その政策には損失が伴うものですから実施にあたっては入念な議論が必要であることを、経済学は教えてくれているのです。例えば、トランプ氏の輸入の拡大に伴う失業については米国内の労働市場自体をよく検討すべきです。失業が生じるひとつの原因としては何らかの理由で賃金が高止まりしてしまい、職探しをしている人の数に見合った求人が生まれていない可能性があります。そのため雇用維持を目的として保護主義的な政策を実施する前、必ずその根本である原因を探求し議論すべき、ということを経済学は教えてくれます。
 最後に、最も問題なのは何の判断基準も持たず政策上の意思決定を行ってしまうことです。そのような行為は地図を持たずに大海原を航海するようなもので、私たちが望むゴールに行きつけないどころか途中で遭難してしまう危険さえあります。経済学は私たちを導いてくれる地図のようなもので、「自由貿易」というひとつのゴールを示し、これに行きつくまでに注意すべき障害物についても教えてくれます。そのため経済学を学ぶことによって、私たちは経済についての地図を手に入れることができ、世の中のことについて見通しをよくすることができると著者は信じています。
 
データ出所:
WTO(2020), The WTO’s 21st Monitoring Report on G20 trade measure, https://www.wto-ilibrary.org/content/books/9789287052032(2024年6月26日閲覧)