2023.07.03 Mon
経済学部経済学部での学び

経済学部での学び【国際経済学科】マグロとウナギはどこが違う?
~この問いから経済学がどんな学問か考えてみよう

専修大学経済学部 小川 健 

 「マグロとウナギは別の生き物ですか?」と聞かれれば、「そうですね、別の生き物です。」とふつうは答えるでしょう。
 ではさらに、「どこが違いますか?」と聞かれたとしたら、何と答えるでしょうか。大きさ、ぬめり気、味、生息域など、様々な点から説明する人はいるかとは思います。見た目はかなり違う事から、見て貰えば分かる、として細かな説明をしようとはしない人も出てくるかもしれません。
 「違い」とは何か、なぜ「違う」のかについて聞かれると、結構説明に困るものです。例えば犬と猫の違いは?と聞かれたとしたら、屋外で飼うのが犬で、室内で飼うのが猫と説明してしまうと、室内犬などは含まれないことになってしまいます。そうすると(群れの序列とリーダーを大事にするのが犬でそうでないのが猫、などの)適切な区別の特徴をもし知らない場合には、子どもに説明する場合のように、「これは犬」「これは猫」とそれぞれ例を示して、そこからそれぞれ何らかの特徴を導き出すようになるのではないでしょうか。
 生物学的にみると、犬も猫も同じ「哺乳類」という共通の枠組みに入ります。マグロもウナギも同じ「魚類」という共通の枠組みが有り、更に両者を含んだ「動物」というより広範囲な枠組みがある訳で、例えばひまわり等の植物や花崗岩などの岩石とは区別されます。ここではどういう特徴が共通しているか、に注目が集まるのであり、特徴を捉えてより大きく分類します。
 じつは経済学の中でも、こうした「違い」について、もう少し大きく括って扱う学術手法があります。例えば私が扱ってきた「近代経済学の理論」という手法では、経済事象の「違い」を見極めようとする際、次のような点に注目します。
  • その経済現象は、これまでの理論及びその簡単な活用では説明できないものか
  • その違いは実際に確認されている特性か(勝手に作った特性ではないか)
 ここで「簡単な活用」という部分は重要な点です。例えば単価(1つあたりの価格)が下がると需要は増える、という特性が知られていたとします。このとき、単価が上がると需要がどうなるかについては、わりと直ぐに分かると思います。単価が下がったケースについての理論を簡単に活用すれば、需要は減るという答えが導きだされるでしょう。
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 これはきわめて単純な例ですが、もう少し複雑な場合でも、今までで知られている項目から容易に推論できる場合には、新たな発見とまではいえないかもしれません。中には景気対策のように、上げ下げで効果が変わる場合も有りますので(例えば「政策金利」と呼ばれるものを引き上げると景気が悪くなる場合でも、逆に引き下げたとして良くはならない場合はあります)、推論だけでは全てを説明できる訳ではありません。しかし、今まで説明できなかったけれども、知られていたことが説明でき、その理由として実際に確認されていることをうまく説明に取り入れることができれば、その意義は高まります。他にも理論には、データでは検証できないものを説明するなど、様々な可能性はあります。
 例えば、「国際貿易をおこなうことで特定の業界が損をすることがあったとしても、国全体でみれば、貿易で損をすることは原則的には無い」ことが知られていたとします。実際に、これは比較生産費説という名前で知られている「リカードの比較優位」に関する200年程前から知られている性質です。
 しかし、マグロやウナギといった水産資源のような、獲り過ぎると獲り難くなる性質を持つものについては、輸出のために獲り過ぎると、余程そのお魚(資源財と言います)の価格が高くならない限り、輸出する側は貿易で損をすることが、1990年代の後半に明らかになりました:Brander and Taylor(1998)。これは次の図で説明できるのですが、こうした現象を回避するには、水産資源などの「資源管理」をしなければならないことが明らかになりました。
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 この図は水産資源などの再生可能資源における「資源管理の無い中での貿易」の問題点を示したものです。右側の水産資源財の輸出国については、その輸出のために水産資源を獲り過ぎて資源量が減ってしまい、獲り難くなって余程の水産資源財の価格が上がらない限りは、貿易で損をしてしまうことを示しています。例えば水産資源財以外の財(図では自動車)も、右側の国が作れる程度に水産資源財の価格上昇が抑えられてしまった場合には、貿易で損失を被ることになります。そのため、「獲り過ぎ」を防ぐような資源管理の重要性が説かれました。
 2018(平成30)年には約70年ぶりに日本でも漁業法が変わり、水産資源の管理がこれまでの伝統的な管理からより科学的な管理への変更が出来るようになったのですが、この背景にはこうした研究などの影響も無視できません。これまでも水産資源が入ると、通常の貿易とは違う特性になることは知られていましたが、それまでは貿易理論と水産経済は別々に議論されていた側面があり、この理論によって統合的に議論できるようになりました。
 しかしこの理論は、当初は水産資源向けとは思われていませんでした。取らないとある程度回復可能だが、取り過ぎると取り難くなる再生可能資源の特性は、天然林の木材などでも言える話であり、当初は次の図のように、天然林で想定していたお話でした。森林資源と水産資源では全くの別物な訳ですが、共に再生可能資源であり、全く同じ構図で説明できるということが、この概念図を見ると分かります。経済事象に注目しながら水産資源と森林資源について考えてみると、共通点も多く、その「違い」を説明することは意外と難しいことが分かるのではないかと思います。
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 そのため、今までにはない特性が結果に影響することを説明しないと、違いを入れての説明とは言えません。「違う」ことを説明するのは意外と難しいのです。
 さて国連海洋法条約などにより、世界の海の多くはそれぞれの国で領海や排他的経済水域という名前により各国で管理をするようになりました。しかしお魚たちが領海の境界をこえて行き来する場合、領有権争いで領海などが関係各国で共通認識を持たれていない場合、そして広範囲に回遊して魚たちが国を越えて移動する場合などはどうしたらよいでしょうか。焦点は国際的に共有された資源へと移るようになりました。しかし、資源量が減ることで獲り難くなる影響は各国に及びます。そこで2010年代前半には、先の理論に「国際的に共有された資源」を入れた理論が、お魚の行き来などを考えたRus(2012)など、幾つか作られました。次の図は国際的に共通の漁場から各国がお魚を獲るものです:Takarada et al.(2013)。なお先ほどの図では省略した「漁業技術」や「労働量」を書き込んでおきます。
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 この図では各国共通の漁場から水産資源を利用して水産資源財を作り、右側の輸出国から左側の輸入国へ貿易をし、その代金を他の財(ここでは自動車)の支払いに充てる、ということを示した図です。漁場が両国共通なので、獲り過ぎで資源量が減った影響は(右側の輸出国側だけでなく)両国に及びます。そうすると、貿易での利益・損失の在り方も、管理の主導権も変わるのですが、それによって入れるべき管理の在り方や適切な管理に誘導するための在り方も変わってきます。
 太平洋クロマグロをはじめ、マグロは回遊性の高い魚種ですし、例えば日本でもよく食べられているニホンウナギについては、日本と中国で同じ産卵域にて生まれたものを獲っていて、国際的に共有されている魚種にも重要なものは少なくありません。つまりこのモデルは、太平洋クロマグロにも天然ウナギにも使えることになります。こうしたモデルを使いながら、協調管理は可能かを考えることは、水産資源に関する経済学的研究の重要な焦点になっています。:Takarada et al.(2020、 RDE)
 「マグロとウナギはどう違うのか」という問いから考えてきましたが、ここでは、むしろ両者の共通性に注目する経済学の視点についてご紹介しました。ここで用いた近代経済学の理論という手法では、「出来るだけ多くの事例の説明に使える」ように、これまでには説明されてこなかった特徴を捉えて、それを思考に組み入れていきます。マグロもウナギも同じ方法で説明できる、とするなら、闇雲に「違うものは違う」として考えるのを止めるのではなく、今までの方法では説明できていない所は何か、を見つめる必要がありますし、そのためには今までに知られていることが何かの確認も必要です。また、理論を使うと、データが揃っていない話や、データが本質的に取り得ない特性を説明して政策に応用する、ということも出来ます。
 ただし経済学の手法は1つではないので、ここでご紹介した理論を使った方法が、経済学部での学びのすべてというわけではありません。ほかにも、データから統計的手法を駆使して物事を明らかにする実証的な方法もあれば、歴史や文献解釈などを大事にして見落とされてきた事柄を見つめ直すやり方もあります。例えば国際経済学科では、世界各地の地域経済を見つめ、その特性を明らかにする手法も大事にしています。経済全体を明らかにするためには色々な手法が必要なのです。
参考文献(主なもの)
Brander James A. and M. Scott Taylor (1998): “Open access renewable resources: trade and trade policy in a two-country model,” Journal of International Economics, 44(2), pp. 181–209.
Rus Horatiu A. (2012): “Transboundary marine resources and trading neighbours,” Environmental and Resource Economics, 53(2), pp.159-184.
Takarada Yasuhiro, Weijia Dong, and Takeshi Ogawa (2013): “Shared renewable resources: gains from trade and trade policy,” Review of International Economics, 25(1), pp.1032-1047.
Takarada Yasuhiro, Weijia Dong, and Takeshi Ogawa (2020): “Shared renewable resources and gains from trade under technology standards,” Review of Development Economics, 24(2), pp.546-568.