2022.03.01 Tue
経済学部経済学部での学び

経済学部での学び【国際経済学科】ヨーロッパの経済統合

専修大学経済学部 加藤 浩平

 
 今日の世界経済では「欧州連合」(EU)をはじめ、東アジアでの「地域包括的経済連携協定」(RCEP)、「環太平洋パートナーシップ協定」(TPP)など、地域経済統合が活発化しています。戦後の「関税・貿易一般協定」(GATT)や最近の「世界貿易機関」(WTO)などは地域を超えた貿易自由化の枠組みですが、先進国と新興国、第三世界での意見の相違などから議論がまとまらず、とりあえず、近隣地域での貿易協定からはじめようとする動きが加速化しているのです。ところで経済学においてこの分野の学問的研究は比較的新しいため、体系的理論はいまだ構築されていないのが現状です。 私は、専修大学において、「ヨーロッパの経済」や「経済統合論」の授業を行いつつ、専門的には東西ドイツの経済統一を研究しています。このテーマに関し、私が日頃、学生に対し強調している点を指摘しましょう。

 EU統合は、その内容の深化と地域の拡大の点で、他の経済統合に先行しているといえます。EUは、2008年の世界金融危機、2010年以降のユーロ危機、2016年の移民の流入増大、そして特に2016年のBrexit(英国のEU離脱)など、その存続が危ぶまれることもありますが、意外とその強靭性を示しているのではないでしょうか。 Brexitに関し、特に指摘しておきたいのは、EUの出発点としての「欧州経済共同体」(EEC)の歴史的背景を理解しておくことの重要性です。EECはそもそも、2度の悲惨な戦争を体験した欧州諸国の不戦の誓いの現れであり、経済的合理性を追求する組織ではありませんでした。

 しかし統合の在り方をめぐっては路線対立がありました。破滅的なナショナリズムに陥り、統治に失敗した仏独など大陸諸国が、国家の主権を制限し、超国家的組織を持つ連邦制度を求めたのに対し、民主主義的統治に成功していた英国を始めとする北欧諸国は、より緩い政府間主義の体制を求めたのです。前者は「石炭鉄鋼共同体」から始まり、EECさらに「欧州共同体」(EC)を形成し、後者は「欧州自由貿易地域」(EFTA)に結集しました。(EFTAの多くの国がその後ECに合流します。)ECさらに発展したEUは何をしようとしたのでしょうか。旧「ローマ条約」(現在では「欧州連合条約」)の第3条に書いてありますが、域内市場の成立、経済通貨同盟の設立などです。共通政策としての農業政策(CAP)も重要でした。域内市場としては関税同盟であった点が特徴的です。EFTAの自由貿易協定では、域内の関税撤廃が主眼ですが、関税同盟ではそれに加え、対外共通関税を導入した点が重要です。つまり加盟国が域外の特定国と抜け駆けの2国間協定ができないようにしたのです。これにより共同体加盟国の連携がより強固にされました。英国はこれに不満であり、それが今般のBrexitに至った大きな理由です。

 農業共通政策は保護的な政策であり、EU財政の大きな割合を占めました。歴史的に工業化の進展していた英国にとっては有利な政策ではありませんでした。米国など世界の先進農業国との紛争の種でもありました。CAPは現在では、後進地域の農業開発や動物愛護などにその活動を転換しています。ただ、EU活動の影響力を過大評価はできません。EU財政は、各国GDPの1%程度の拠出金に依拠しているに過ぎないのですから。 EUの果たすべき権限については、定められ特定分野(通商政策、競争政策、金融政策など)を除けば、可能な限り、各国に、さらにより下位の自治体レベルに委ねるべきだとの「補完性原理」が建前です。その意味では、欧州は決して、完全な連邦体制(欧州合衆国)をめざしているわけではありません。

 経済統合の段階論モデルでは通貨同盟の形成をもって統合は完成すると考えられています。欧州はブレトンウッズ体制の崩壊後、対ドルでの「共同フロート制」、「欧州通貨制度」(EMS)を経て、共通通貨ユーロの流通開始(2002年)に至っています。欧州は域内貿易が活発であるため、為替レートの変動を極力排除しようとしてきました。通貨の統一は究極の固定相場制です。本来、固定相場制の下で、資本移動が自由であるなら、各国の金融政策は効果を発揮できません。変動相場制にすれば、各国は金融政策の自律性を維持するとともに、貿易の黒字、赤字も自動的に調整されることが期待できます。EUは構成国の独自の金融政策の実施というカードを敢えて捨ててでも、為替レートの安定(共通通貨)と資本の自由移動を実現しようとしているのです。ユーロ圏19か国は通貨同盟として、金融政策は統一的に欧州中央銀行(ECB)が実施しています。

 さてここで問題になるのが、構成国間に非対称(すべての国ではなく、特定の国への)ショックが生じたときの処理です。ECBは、構成国それぞれに異なる政策をとるわけにはいきませんから、ショックを受けた国は金融政策以外の政策をとることが出来るかどうかが通貨同盟がうまくいくかどうかの試金石になるでしょう。2010年以降、ギリシャに端を発するユーロ危機では、このことが問題となりました。EUは果たして、通貨同盟として「最適通貨圏」であるのかどうか。この議論では、(私には不完全なものに思われますが)域内で労働力がスムーズに移動して物価と賃金を調整できるかどうか、あるいは域内での財政調整(福島県での原発被害に対し、東京都民の税金による援助が実行されるように)が可能かどうかといった点に焦点があてられています。

 人口4億人のEU経済は米国や中国に優に匹敵し、ロシア経済の10倍の大きさです。再生可能エネルギーの実現やEV車の普及など、地球温暖化をめぐる国連の気候変動枠組み条約ではEUのイニシアチブは常に際立っています。今多くの若者が、途上国の貧困問題や開発問題への関心を高めています。私はこれは素晴らしいことだと思いますし、若者らしい正義感に期待しています。同時に、成熟国としてのEUの現状と動向にも関心を持ってほしいと思います。
 
 今後、経済学を学ぶ上で、ツールとして「データ処理」と語学としての英語がますます重要になるでしょう。同時に専修大学の経済学部は伝統的に、「理論」と「政策」と「歴史」をバランスよく学ぶことが必要であると考えてカリキュラムを組んでいます。いずれにせよ日々、自分の身の回りでおこっている社会の出来事に関心をもつことが大事だと思います。
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