2021.02.16 Tue
CALL教室・外国語教育研究室TOPICS

外国語のススメ【第108回】美容院怖い

                                                      国際コミュニケーション学部准教授  櫻井文子
(地域研究〈ヨーロッパ〉)
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 問題と呼ぶのもおこがましいが、国外に長期滞在すると悩ましいことのひとつに美容院問題がある。
 日本語でも、どんな髪形にしてほしいかを的確に伝えるのはなかなかどうして難しい。カットだけでも、前髪の有無やシルエットの作り方、毛先のすき方で仕上がりの印象は随分と変わる。そこにパーマのロッドの大小や巻き方、カラーの入れ方も加わるので、髪形の選択肢は無限大である。私はそういうことは好きで色々と試してみたい方なので、美容院でのオーダーのリストはけっこう長い。
 それでは同じことを、東洋系の髪を扱い慣れていない美容師に英語やドイツ語で伝えて、思い通りのスタイルにしてもらえる自信があるかと言えば、まったくない。なぜかと言えば、過去の実績が惨憺たるものだからだ。
 はじめて1人で(外国の)美容院に行ったのは高校1年か2年の頃で、チェコのプラハでのことだった。それまでのロングヘアをショートボブに変えたくなったので、これはと思う雑誌の切り抜きを美容師に見せて、これと同じようにしてほしいと頼んだ。それなのに、なぜか後頭部は半分以上青々と刈り上げられ、前はパッツン前髪に顎下くらいの長さのもみあげ、という非常に前衛的な髪形にされてしまった。確かに前から見たヘアスタイルは写真と同じなのだが、後ろ姿はどう見ても「ワカメちゃん」。
 このプラハの悲劇以降も、岸田劉生の『麗子像』そっくりのおかっぱにされたり、ビートルズのようなマッシュルーム・カットにされたりと、美容院は毎回試練の場所だった。毛先をすいてほしいと懸命に訴えているのに、「切るところがない」と匙を投げられたこともある。これに懲りて(もしくは心が折れて)、大人になり自分で美容院を選べるようになってからは、ドイツでもイギリスでも、日本人の美容師がいる店に行くようになってしまった。
 今こうして振り返っても、外国語での美容師とのコミュニケーションには格別の難しさがあると思う。髪形という三次元のイメージを、言葉に落とし込んですり合わせる必要があるからだ。日本の、そして行きつけの美容院なら、お互いが持っているイメージはそれほど大きく乖離しない。しかし、海外の初対面の美容師ともなると、不幸にして盛大にすれ違うこともある。さらに困ったことに、美容の領域では辞書はおよそ役に立たない。「動きを出す」とか「ハイライトを入れる」とか、辞書には載っていないことも今ならそれらしく言えなくもないが、それが果たして正しく通じるのかは、怖くていまだ試せていない。
 だからというわけではないが、髪が伸びるくらい長い期間、国外に出る機会にまた恵まれたら、勇気を出して挑戦してみても良いと思う今日このごろである。