2017.02.06 Mon
CALL教室・外国語教育研究室TOPICS

外国語のススメ【第72回】「バベルの塔」から降りてみよう

法学部教授 根岸 徹郎(フランス語担当)
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バベルの塔は、聖書の「創世記」(11章)に出てくるお話です――かつて、人々は同じひとつの言葉を話していた。彼らは天まで届くような高い塔を持つ町を作ろうと考え、建設を始めた。それを見た神は、「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているからこのようなことを始めたのだ」と考え、言葉を混乱させて互いの言葉が聞き分けられないようにしたので、人々は各地に散っていった……。「バベル」の語源は「bālal=乱れ」とも、あるいは「bāb-ili=天の門」とも言われます。いろいろな解釈ができる物語ですが、よく指摘されるのは、これは人がさまざまな言語を話すことの起源を表わしている、というものです。
ところで、言葉がひとつだったらよかったのに……外国語なんてなければいいのに、と思ったことのある人は、けっこう多いのではないでしょうか? 高い塔なんて作ろうとしなかったら、言葉はひとつで済んだのに……。だから世の中が混乱してしまうのだ、と。実際、いわゆる脱亜入欧を目指した明治時代の日本では、日本語を捨てて西欧文化を代表するフランス語に言葉を統一してしまえ、といった議論もあったそうです。

なるほど、言葉が分かれて混乱してしまったことからネガティブなイメージが生じるのか、ブリューゲルの有名な絵のように、バベルの塔は見捨てられた廃墟のごとき姿で描かれることもあります。もっとも聖書そのものには、とくに塔が崩れ落ちたといった記述はありませんが。

むしろ、この話のもうひとつのポイントは、言語が複数になったことで人々は世界に広がって行った、という結末部分にあるように思えます。つまり、ここでは垂直と水平という、ふたつの方向性が示されているのです。高さという垂直方向に向かう代わりに、各地に散るという水平方向の動きが始まった――「高める」(あるいは深める)ことと「広げる」というふたつのムーヴメントの間で、言葉がひとつではなくなったおかげで、人間は世界を広く見ることが出来るようになった。そして、その出発点には言語が複数になったことが、つまり言葉の多様性が潜んでいる……。

このように考えるならば、世界にたくさんの言語があるのは、なんと素敵なことではないでしょうか? そしてそれらを学んでいくことは、もちろん簡単なことではないかもしれませんが、必ず、皆さんの視野を広げてくれます。これからの学生生活、ぜひ、さまざまな言葉に、積極的にアプローチしてみてください。


写真:ブリューゲル「バベルの塔」
(出典 Wikimedia Commons)