2018.08.22 Wed
ONLINETOPICS
満員の観客立ち上がり熱烈な拍手
「素劇 楢山節考」ルーマニア公演に同行して 小林恭二文学部教授

6月中旬、国際交流基金の招待で劇団1980のヨーロッパ公演に同行した。ヨーロッパ公演はパリ公演を皮切りにルーマニアのシビウ国際演劇祭参加、その後ルーマニアの首都であるブカレストで最終公演と続くのだが、わたしは日程の都合でシビウ以降の参加となった。
劇団1980というのは、映画監督の故今村昌平氏の教え子が中心となって立ち上げた劇団で、映画人にも近い。今回の公演演目は「素劇 楢山節考」。深沢七郎の「楢山節考」の舞台化である。原作は日本で著名だが、今村監督が映画化し、これがカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)を受賞したため、世界的にも有名である。

ルーマニアといわれて何を思い出すだろう。有名なのはドラキュラ伝説。実際、わたしもルーマニアに行く前はドラキュラ映画でおなじみのおどろおどろしい風景を思い浮かべていた。しかし現在のルーマニアはよく整備された農業国家で、バスで移動する限り、ドラキュラ的な底暗さは微塵(みじん)も見えない。
ただそれでもブカレスト空港からシビウに向かう途中の山中で、ロマの踊り子を見かけたときは異様な印象を受けた。ロマというのはかつてジプシーと呼ばれた放浪の民族で、主として芸能を生業としている。ヨーロッパ各国で差別の対象となってきた。
ただそれでもブカレスト空港からシビウに向かう途中の山中で、ロマの踊り子を見かけたときは異様な印象を受けた。ロマというのはかつてジプシーと呼ばれた放浪の民族で、主として芸能を生業としている。ヨーロッパ各国で差別の対象となってきた。
シビウは長い渓谷を抜けた先にある美しい町である。街並みには濃く中世が残っている。到着したのは8日の11時過ぎのことである。この時期ヨーロッパは昼が長い。9時くらいまではごく普通に明るく、10時を過ぎてもしばらくは暮れなずんでいる。だがさすがに11時になると夜らしくなる。シビウは観光都市でもあり、この日は町中に美しい篝火を焚いて旅人を迎えていた。ホテルに到着すると二人の若い日本人女性が待っていた。深夜の到着だというのに嫌な顔ひとつせず長旅をねぎらってくれた。部屋の手配やスケジュールの説明などをてきぱきとこなしている。その手慣れた様子に現地で長く生活している留学生かと思ったのだが、彼らは我々の少し前にシビウ入りしたばかりのボランティアと聞いてとても驚かされた。人間、責任を持たされると変わるのだ。
ちなみに演劇祭の期間中、全世界から観光客や演劇人が、この小さな町に集まってくる。それに対応するボランティアも全世界から集まる。ボランティアというと使命感に溢れたストイックな人たちを思い浮かべるが、シビウで出会った若いボランティアたちはみなとても楽し気で、しかも仕事もいきいきとこなしていた。ボランティアの仕事は深夜過ぎまで続くのだが、その後一服した彼らのために飲み食いやダンスができる会場があり、終夜演劇関係者やボランティアたちで賑わう。彼らにとってそれは生涯の思い出になるはずである。おそらく東京オリンピックでもこうした光景が見られるだろう。興味ある学生諸君は語学を磨いてこうしたボランティア参加するのもいいかもしれない。
シビウでいくつかの芝居を観たり、インタビューを受けた後、いよいよ「素劇 楢山節考」の招待公演が行われた。町外れの劇場で、なおかつ夜10時開演という条件だったにもかかわらず、客の入りは超満員だった。しかも各国のボランティアたちが口コミで集まり、通路もボランティア章を首から下げた若者で埋め尽くされた。
シビウでいくつかの芝居を観たり、インタビューを受けた後、いよいよ「素劇 楢山節考」の招待公演が行われた。町外れの劇場で、なおかつ夜10時開演という条件だったにもかかわらず、客の入りは超満員だった。しかも各国のボランティアたちが口コミで集まり、通路もボランティア章を首から下げた若者で埋め尽くされた。


こうした非人間的な風習は果してヨーロッパで認められるのか。本作を映画化した今村監督はカンヌでパルムドールにノミネートされたことを知りながら、ヨーロッパ人はこの映画に嫌悪を示すだろうと考え、会場に行きもしなかった。しかしカンヌは本作をスタンディングオベーションで迎え、最高賞を贈った。
とはいえ映画と演劇はまた別のものである。まして今回の公演は映画版のカンヌ受賞から三十年余が経過しており、観客の代替わりも進んでいる。シビウの観客が本作にどのような評価を下すか、関係者は固唾(かたず)をのんで見守った。
しかし結果は大成功だった。芝居が終わった瞬間、観客たちはバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、熱烈な拍手を送り続けた。その中にはヨーロッパの著名な演劇評論家や駐ルーマニア全権大使夫妻の姿もあった。彼らは終演後も興奮さめやらぬように、劇場ロビーのあちこちで劇の感想を述べ合っていた。
とはいえ映画と演劇はまた別のものである。まして今回の公演は映画版のカンヌ受賞から三十年余が経過しており、観客の代替わりも進んでいる。シビウの観客が本作にどのような評価を下すか、関係者は固唾(かたず)をのんで見守った。
しかし結果は大成功だった。芝居が終わった瞬間、観客たちはバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、熱烈な拍手を送り続けた。その中にはヨーロッパの著名な演劇評論家や駐ルーマニア全権大使夫妻の姿もあった。彼らは終演後も興奮さめやらぬように、劇場ロビーのあちこちで劇の感想を述べ合っていた。
(こばやし・きょうじ)作家。専修大学文学部教授。1957年兵庫県生まれ。東京大学文学部卒。84年『電話男』(海燕新人文学賞)でデビュー。『カブキの日』で三島由紀夫賞。ほかに『宇田川心中』『俳句という遊び』など。

