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2019.08.22()
専修大学経済学部経済学部での学びINFORMATION

経済学部での学びースピリットとしての経済原論

専修大学経済学部 清水 真志

 私が専門的に研究しているのは,経済原論と呼ばれる分野です。数ある経済学の分野のなかでも,特に古典的な性格の強い分野の一つといってよいでしょう。経済原論のテーマは,資本主義と呼ばれる経済システムの全体像を理論的に明らかにすることです。このテーマを追求するためには,資本主義を形づくるさまざまな要素を幅広く取り扱う必要があります。ざっと並べるだけでも,商品,貨幣,資本,労働といった基礎的な要素に始まり,商業機構,信用機構,資本結合機構といった発展的な要素に至るまで,経済原論の守備範囲は非常に広いことが分かります。私自身,まだまだその範囲のごく一部をカバーするにしか至っていないので,本当は経済原論の専門家を名乗るのはおこがましいかもしれません。ただそれだけに,まさにライフワークとするに値する,奥深い分野だということができると思います。

 資本主義の主役といえば,やはり資本でしょう。しかし,資本とは何かという問題をどんなに詳細に考察しても,それだけでは資本主義の全体像は見えてきません。資本の本質を捉えるためには,資本の発生する舞台になる市場(商品・貨幣のある市場)の特性をはっきりさせておく必要があります。さらに,資本の発生によって市場や労働に及ぼされる変化にも目を向ける必要があります。このことから分かるように,経済原論にとって最も重要なのは,商品や貨幣,資本や労働といった個々の要素がどのような関係性で結びついているのかを明らかにすることです。私は現在,経済原論を学修する講義をいくつか受け持っていますが,それらの講義でも,ある講義題目とその次の講義題目とのつながりを強く意識して受講するという姿勢を学生に求めています。私の見るところ,経済原論に向いているのは,細かい知識を身につけることが好きな学生よりも,一つの問題にあれこれと頭をめぐらすことが好きな学生,たとえば長編小説のストーリーをじっくりと追うことが好きな学生でしょうか。

 ここで話題を変えて,ゼミナールの話をしたいと思います。私の指導しているゼミナールでは,指導教員の専門分野を申告する意味合いも込めて,「現代社会の諸相と経済原論」というテーマを掲げています。といって,何もゼミのテキストとして経済原論関連の書物を取り上げて,それを全員で輪読するというわけではありません。「現代社会の諸相」に関わりがあると思われる書物のなかから,毎年のゼミ生の問題関心に合わせて適当なテキストを選ぶために,ゼミのテーマは毎年変わります。それでも,次の3つがゼミのモットーになる点では一貫しています。

(1)テキストを輪読する場合は,全員が自分の論点を持ち寄って,遠慮なくぶつけ合い,批判し合うこと。

(2)個人研究の発表をする場合は,自分の関心のあるテーマを自由に選び,そのテーマについての自分の考えを,関心のないゼミ生にも耳を傾けてもらえるように工夫して発表すること。

(3)自分の知識や関心のないテーマでも,他人の発表によく耳を傾けて,疑問や異論を述べること。  

 以上3つのモットーは,「一つの問題について徹底的に議論すること」に集約されます。自分の知っていることについては発言できるが,知らないことについては発言できないというのが通例だと思いますが,ゼミではそうした「知識の壁」を思い切って突き崩して,間違いを恐れずに発言することを推奨しています。先ほど,経済原論に向いているのは「一つの問題にあれこれと頭をめぐらすこと」が好きな学生ではないかという私見を述べましたが,「一つの問題について徹底的に議論すること」は,いわば経済原論の根底にあるスピリットに通じるともいえます。その限りでは,私のゼミが掲げている「現代社会の諸相と経済原論」というテーマも,決して偽りのある看板ではありません。

 経済原論の知識自体は,ほとんどのゼミ生にとって日常的に使う機会は少ないでしょう。卒業して時が経つとともに,段々と忘れ去ってしまうものかもしれません。それでもゼミでの3年間,一つの問題について徹底的に議論するという経験を重ねておけば,経済原論のスピリットは一人一人のゼミ生の記憶の奥深くに息づいて,彼ら・彼女らの足元を照らす明かりを灯し続けてくれるのではないかと期待したい気持ちがあります。ゼミでの経験が,彼ら・彼女らが「知識の壁」の内側に閉じこもることなく,自由に考え,自由に生きてゆくのに多少とも役立つのであれば,指導教員としてはこの上ない幸せです。

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