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2018.12.07()
管理者用(広報課専用)専修大学TOPICSSNS経済学部地域連携・社会貢献研究FacebookTOPICS

「小田急沿線の近現代史」経済学部永江教授が講演

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▲地元の方々などたくさんの人が訪れた講演会
生田キャンパスと縁が深い小田急線の歴史を掘り起こす講演会「小田急沿線の近現代史~なぜ駅はそこに作られたか~」(専修大学・小田急財団共催)が11月23日、生田キャンパスで開かれた。沿線に住む市民など約400人が参加した。
生田キャンパス開設70周年記念事業の一環。日本経済史が専門の永江雅和経済学部教授が講演した。「鉄道沿線地域の発展は私鉄のユニークなビジネスモデルの下で進んだが、それは地域の人々との共同作業でもあり、駅はその象徴といえる」と語り、駅の設置理由を解説した。

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▲鉄道開業当初のエピソードから新しい地域の姿まで、話は多岐にわたった
ターミナル駅(新宿)、河川駅(和泉多摩川など)、住民の要望により開設された請願駅(成城学園前など)、交差・分岐駅(新百合ヶ丘など)と、小田急線の駅を六つに分類し、それぞれの特性や設置に至るまでの事情を説明した。
なかでも、首都圏の鉄道の歴史を語るうえで重要だと指摘したのが川砂利の輸送。関東大震災以降、コンクリート造りの建造物に欠かせない建築資材として多摩川、相模川などの河口の砂利が注目され、積み出し駅が市街地とは少し離れた川沿いに作られた。生田キャンパス最寄り駅の向ヶ丘遊園駅(当初は「稲田登戸駅」)が、登戸駅(当初は稲田多摩川駅)とならんで設置されたのは、当時の稲田村の中心に近い場所に駅が必要とされたからだという。
駅の誕生で生活環境も一変した。柿生駅では、名産の柿をはじめ農作物の東京方面への出荷が容易になり、周辺の開発が一気に進んだ。永江教授は活況を喜ぶ村民の様子を記した資料などを示しながら語った。
1927年の小田原線開業から一世紀近く。永江教授は現在、多摩地域でも人口減少がみられるとして「これまでとは違う新しい形の相互協力が、私鉄会社と地域に求められるだろう」と結んだ。
専修大学と小田急電鉄(東京都新宿区)は2012年4月に産学連携の基本協定を結び、以来「地域と共生する小田急グループのCSRと事業戦略」をテーマとする寄付講座を開講している。今年度は永江教授が担当した。

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▲駅や沿線地域の特徴などについて語る永江教授

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