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2018.12.01()
専修大学CALL教室・外国語教育研究室TOPICS

外国語のススメ【第88回】「必要は発明の母」

法学部政治学科教授 菅原 光

第88回外国語のススメ

1667年建造のオランダ、ライデン市の門(Zijlpoort)
 外国語能力の明らかな上昇を実感した体験がある。外国人美女との恋愛によって、ではない。肉屋での、必死の交渉によってである。オランダ留学中、無性に食べたくなってラーメンを自作することにした時のことである。
 小麦粉は全世界で購入可能。捏ねて伸して切れば麺は作れる。メンマの材料になるバンブースライスや、干し椎茸、昆布、ソイソース(醤油)などは中華食材店で購入可能。レントウイと呼ばれるネギの類、煮卵を作るための鶏卵はスーパーで買うことができる。唯一の問題は、豚骨と背脂である。
 近所には、一頭単位で肉を仕入れ、店内でさばいて販売している肉屋があった。オランダでは珍しいことではない。当然、骨や背脂など、廃棄される部分が生じるが、その廃棄部分こそがラーメンスープの重要な食材である。豚肉をさばく行程で、骨や筋、脂身部分をゴミ箱に投げ捨てている場面は、既に目撃済みであった。
 彼らにとっては廃棄すべきものという認識しかない骨や背脂を購入すべく、拙い言語能力でどう会話するか、それが問題であった。「豚の太腿のボーン」が欲しいと言ってみたところで、ゴミ箱に直行させているものを買いに来たはずがないという前提で彼らは考える。私の拙い英語は、さらに怪しく聞こえてきたはずだ。「ああ、うん。ごめん。うちは八百屋ではなくて、肉屋なんだ…」。かろうじて聞き取れたオランダ語だった。オランダ人の母語はオランダ語だが、英語もほぼ公用語として通用し、ほとんどの人は流暢に英語をあやつる。この時の会話もまた基本的には英語のはず、だった。ボーンという音は、英語では骨を意味するが、同じ発音がオランダ語では豆(英語のビーン)を意味する。そこで「なんで、この変な東洋人は、肉屋に来て豆をくれって言うんだ?」という反応になる。

 
 訳の分からない変な外国人に早く帰って行ってもらいたいと思っているに違いない、視線が泳ぎまくりの店主と、私がどういった単語を駆使して会話をしたのかは、覚えていない。ボーンをくれと連呼しても通じないことは明らかだったので、「ジャパニーズスタイルのチャイニーズスープヌードルを作るために、ここの部分(自分の太腿をさすりながら)のボーンを半日ほど煮込んでスープを取るんだ」というようなことを、知っている単語をつなぎ合わせて、なんとかコミュニケーションをとり続けたのだろう。外国人美女に話しかける時と同じか、それ以上のモチベーションで、必死に言葉を継ぎ続けたことだけは覚えている。そうして漸く、豚骨も背脂もゲットして、それなりのラーメンを作ることができた。
 嫌な汗をかきながらのこの会話によって、私の言語能力は一段上がり、そしてまた外国語会話に対するハードルが一段下がったことは間違いない。
「必要は発明の母」と言う。外国語学習にとっても、切実な必要こそが母であることに変わりはない。それが、恋愛なのか、豚骨なのか、それとも別物なのか、それは人それぞれなのだろうが。

 
センディ

センディナビ