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2018.02.02()
専修大学CALL教室・外国語教育研究室TOPICS

外国語のススメ【第81回】環境に身を置く

商学部教授 石川和男(商学基礎担当)

【第81回】環境に身を置く

  「この国では文法ができても、喋れなければどうしようもない」。これは在外研究で滞在していた米国西海岸のアダルトスクール(英語を母国語としない人たちに広く開かれた学校。学費は半年週5日3時間で当時は50ドル弱の破格値)の先生から言われた言葉である。更に「ペーパーテストは完璧なのに、なぜ聞き取れないんだ?」と続けられた。クラスメイトは30名くらいだったが、毎回授業に来るのは自分も含め5人程度。あとは来たり来なかったり。不法滞在に近い人から官僚クラスまで多士済々であった。


 
  アダルトスクールで学んだのは、コミュニケーションを積極的にとる大切さである。言語はコミュニケーションの道具であるが、それ以上に表情やジェスチャー、服装、持ち物など、コミュニケーションの道具はたくさんある。現在も交流があるスリランカ出身の僧侶は、その笑顔がコミュニケーションの道具であった。クラスが始まり、単語を並べて自己紹介した際には、彼は自分と同レベルの語学力だったが、彼には多くのクラスメイトがいつも話しかけていた。彼はその都度笑顔で応えていた。数か月経って気がついたのは、彼は喋る能力もかなり向上したことであった。同じ人から話しかけられるのではなく、英語を母国語としない人たちと、多数でのコミュニケーションをとることで、自然と語学力は向上することを感じた。

 たしかに現地の小学校に通っていたわが子たちのクラスは、英語を母国語としないクラスメイトが多かった。しかし、1年経つと英語でのコミュニケーションが普通にできるようになっている。やはり、同じ人からだけではなく、多くの人から刺激を受けることで語学力は上達するのだろう。それが母国語としない人たちであっても。

 語学を学ぶのは、当然のことながらそれが日常使用されている環境に身を置くのが最善である。ただそれだけでは絶対に上達しない。まずは言語以外でのコミュニケーションがとれるようになること、そして同じ人だけではなく、多くの人からの刺激を常に受けられる環境を常に意識してつくることであろう。おそらくそのような環境づくりは、海外に出かけなくても、日本国内でもつくれる可能性があるかもしれない。10号館の横断歩道のすぐ向こうででも。

写真:フェイスブック本社前で
Copyright(C) 2018 Kazuo Ishikawa

 
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