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2017.12.15()
専修大学CALL教室・外国語教育研究室TOPICS

外国語のススメ【第79回】クラッシュ

外国語教育研究室分室長・法学部教授 上原正博(英語担当)

第79回 クラッシュ

『ニュース専修』(2017/12/15 第566号)でご紹介した『クラッシュ』の続きです。それは、さまざまな肌色の人々が生活する街で人々がすれ違うたびに交通事故(クラッシュ)のように事件が起きていく様子を描いた映画でした。そのエンディングで登場人物たちの間に和解への端緒が萌え出てくる可能性が描かれ、それに希望が託されているという話をしました。と同時に、そこには納得のいかないところがあるとも申しました。なぜなら、それは経済格差の隠蔽であるからだと話したところで終えました。経済格差というのは変な表現だったかもしれません。とまれ、それは次のようなエピソードで理解してもらえることでしょう。
 
物語の終盤、異なる肌色の人に対して差別的な発言をしていた裕福な白い肌の女性ジーンが自宅で階段から落ちてしまいます。そのとき彼女を助け、病院へ運んでくれたのは、家政婦として働いている移民らしき女性マリアだったのですが、ジーンは頼りにならない友人よりも(彼女が10年来の親友だと思っていた友人はマッサージに行くからと言って病院につき添ってくれなかったのです)、おそらく家政婦のマリアのほうに親密さを感じたのでしょう。自宅に戻ったジーンは家政婦を抱きしめ、「変な話、していい?」と断りながら、「あなたは親友よ(You are the best friend I’ve got)」と言うのです。すばらしい場面なのですが、でもどうなのでしょう。家政婦のマリアはジーンの親友になりたくて、その家に勤めているのでしょうか。別の言い方をすれば、ジーンに親友と見なされてしまうほうが、次の賃金交渉のときに、給料を上げてくれと言いにくくなってしまうのではないでしょうか。ここに異なる肌色の人々が暮らす社会の人間関係を問題として扱う映画やドラマの落とし穴があるように思われるのですが、いかがでしょうか。

さて、話は変わりますが、この映画が舞台となったロサンジェルスなどのカリフォルニア南部は、アメリカでもとりわけ移民の多い地域として知られています。(ロサンジェルスといえば、ロドニー・キング暴行事件の判決に端を発した暴動がありました。)町によっては住民のほとんどがスペイン語を話すところもあると聞きます。前回の兵頭先生のコラムもそのような多言語化する地域のお話でした。このような事態がアメリカにおいて、異なる肌色の人に対する差別を再燃させていることは、ヘイト・スピーチやヘイト・デモなどの報道でよく知られていることだと思います。言語に関して言えば、いまにアメリカ英語が話されなくなるのではないか、という恐怖感が煽られたりすることもあるようです。どうなのでしょうか。

それに絡めて別の話を紹介しましょう。もう何年も前のことになりますが、TBSの『THE世界遺産』という番組で、ソコトラ島が特集されていました(2010年12月12日放送: http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20101212/)。そこでは竜血樹と呼ばれる珍しい樹木が自生しており、それから採れる樹液は赤い色をしていて、昔は薬剤や顔料として利用され、貴重品として取引されていたそうです。ソコトラ諸島はガラパゴス諸島のように珍しい生態で知られ、自然遺産として世界遺産に登録されました(2008年)。記憶が定かではないので間違っていたら申しわけないのですが、その竜血樹も遺産群とされ、絶滅の危機にあって保護されることになったそうです。

問題は竜血樹から樹液をとって生計をたてていた家族の話となります。これも番組で紹介されていたものだと記憶しているのですが、間違っていたら、筆者の妄想的創作だと思って寛大に読み続けてください。さて、竜血樹が保護されると樹液の採取は制限されることになり、家族は糧を得る手段を変えなくてはならなくなりました。父親は息子を町の親戚に預け、息子にアラビア語を身につけさせることを選びます。というのも、この家族は文字を持たない言語を話し、崖にえぐった洞に暮らす部族なのでした。その国で広く用いられている言語を話せるようになれば、息子は上の学校へも進学できるでしょうし、何よりも仕事を得ることができると考えたからでした。父親も週に何度か町でアラビア語を学びますが、息子ほどの進歩はみられません。息子が週末に帰ってくると「お父さん、そうじゃないよ」とアラビア文字の綴りを直されてしまうほどです。

番組ではどこまで突っ込んだ話をしていたか記憶にないので、ここから先は筆者の妄想です。でも、いかがでしょう。この父親と息子はいつまでコミュニケーションをとることができるでしょうか。息子が結婚し、子ども(孫)が生まれたとき、その子は何語を話すことになるのでしょうか。おそらくアラビア語でしょう。父親はアラビア語があまりわからず、息子はバイリンガルとなり、そして、その子ども(孫)はアラビア語のネイティヴ・スピーカーとなるのでしょう。父親はおそらく、孫とは会話ができないかもしれません。そして、父親の代が寿命を全うすれば、その部族の言語は地球上から消えてしまうかもしれないのです。残念と思うべきでしょうか。寂しいと思うべきでしょうか。(それは誰のせいでもなさそうです。竜血樹は生き残るかもしれません。)

また、紙幅がなくなりかけてきました。これはアメリカ文学研究者であるウォルター・ベン・マイケルズの議論からヒントを得たものです。答えを考えたい方はぜひ次の記事を読んでみてください(http://www.nytimes.com/2006/10/01/magazine/01wwln_essay.html)。英語の勉強になります。彼はアメリカ英語がなくなる場合について語っていますけれども。

写真:ソコトラ島の竜血樹
Copyright(C) Boris Khvostichenko(出典 Wikimedia Commons)
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