• Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • Google+
2017.11.10()
専修大学CALL教室・外国語教育研究室TOPICS

外国語のススメ【第78回】言語のサラダボウルへ

経済学部教授 兵頭淳史(社会政策担当)

【第78回】言語のサラダボウルへ

私の専門は労働問題と社会政策で、とくに日本の労使関係・労働運動、賃金制度などが中心的な研究テーマなのですが、2008年に長期在外研究の機会を得て1年間アメリカ合州国に滞在し、当地の労働運動の状況を間近に見聞しながら研究する機会に恵まれました。この年は、ご存知のように合州国史上初めてアフリカ系アメリカ人であるバラク・オバマが大統領に当選した年でしたが、私にとってはこの滞米中、「言語」に関連してとくに印象深かった体験があります。

アメリカの、とりわけ北東部や西海岸の大都市では労働運動が日本よりはるかに活発で、労働組合のデモや集会などにも頻々と遭遇します。そしてその多くはヒスパニック系が主役で、シュプレヒコールや演説の半分はスペイン語なのです。なかには、ほとんどがスペイン語の声やプラカードで埋め尽くされるデモさえあります。
そうでなくても米国におけるスペイン語の「準公用語」化は、おそらく多くの日本人の想像を超えるであろう域に達していて、公共施設や交通機関の表示やアナウンスでも、英語とスペイン語が今やほぼ同等の扱いです(ちなみに私自身は、英語も苦手ですが、スペイン語は全くわかりません。先に述べたようなデモ・集会などでのスペイン語も、英語への通訳を介してなんとか理解できるだけです)。

また、近年のアメリカでは中国系移民も目立って増えていますが、ニューヨークやボストンなど大都市のチャイナタウンには、英語のあまり通じないレストランも珍しくありません。もちろん、そんな店で聞こえてくるのはもっぱら中国語です。
このようにアメリカでは、少なくとも中南米などのスペイン語圏や中国語圏からやってくる人々にとっては、英語が全く話せなくても「なんとか住み着き、働ける」領域が確実に拡大しています。昨今の米国は「人種のるつぼ」ならぬ「人種のサラダボウル」と表現されることがしばしばありますが、「言語」についてもじわじわと「サラダボウル」化が進んでいるように見えます。

しかし他方で、昨年、2016年には、マイノリティに対する排他的主張を強く打ち出すドナルド・トランプが大統領に当選したことで、アメリカにおける政治社会の雰囲気が大きく変わりつつあるのではないかという懸念も生まれています。つまり、ここで見てきたような言語をめぐる状況を含め、エスニック的・文化的な面での多様化が進展してきたアメリカ社会のあり様に対する、少なからぬ保守的な白人層の不満と、その不満を背景とした政治的・社会的反動への危惧です。確かに、「よもやあるまい」と多くのメディアや知識人が見ていた「トランプ大統領」の誕生が現実のものになったことが示すように、そうした懸念が現実的な根拠をもっていることは否定できません。

しかし、サービス産業を中心とする低賃金職種で働く多くのヒスパニック系労働者を抜きにしたアメリカ経済はもはや想像することさえできず、米墨国境にどんな壁を建設しようとも、その新規流入を防ぐことも現実には困難でしょう。中国語圏その他の地域からの移民の流れについても、大なり小なり同じことが言えるでしょう。アメリカ社会が、複数言語が並存する社会へと変貌してゆくことは、長い目で見れば押しとどめることの困難な流れであるように思われます。

英語修得をめざしてアメリカへの留学を志す人は多いと思います。しかし、アメリカへの訪問や滞在は、単に英語習得だけではなく、もしかしたら日本もやがて否応なく迎えることになるかもしれない(あるいは、すでに迎えつつある?)、「多言語社会」的な状況について考える良い機会となるかもしれません。

写真:2008年、ボストン市中心部でのホテル・レストラン労働組合のスト決起集会。
参加者の多くがヒスパニック系で、使用言語も英語・スペイン語が半々。
Copyright(C) 2017 Atsushi Hyodo

 
センディ

センディナビ