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2016.04.01()
専修大学経済学部TOPICS経済学部での学び

経済学部の学問:データにもとづく経済分析の説得力 経済学部准教授 金榮愨

経済学部 准教授 金榮愨

経済学の魅力的なところの一つは、データをもって現実を見つめられることでしょう。勿論、自然科学や工学など、いわゆる理系と言われる分野では、実験や精密機械による測定で自然現象を観察しますので当然データによる客観性が強いでしょうが、人間によって構成されている「社会」を対象にする社会科学では、必ずしもそうではありません。何より、人間や社会は、実験が難しいです。出来ないわけではありませんが、対象や範囲などが限られることは間違いありません。外部の影響もきわめて大きく、個人の個性や社会の歴史的背景によっては、全く同じ状況で全く異なる結果が出ることも少なくありません。
 
経済学は、社会科学の中でも最も現実のデータに基づいた研究が進んでいる分野です。私たちが日々耳にしている「GDP」や「経済成長」、「インフレ」などはすべて経済統計からのものであり、私たちはその「数字」をもって喜び、悲しみ、今に対応しながら将来の計画を立てます。
 
近代経済学(一般に世の中で言われる経済学)はそもそも政治経済学から始まりましたが、その歴史の中で、政治的・哲学的な色合いは薄れ、純粋な理論体系とデータによる実証分析の特徴を強く持つようになりました。これに関しては、賛否両論があり、ここでそれに触れることは出来ませんが、より冷静に現実を見つめられる学問分野になったとはいえるでしょう。
 
5,6年前に流行った本の中で、『やばい経済学』というものがあります。そこには行動経済学と言われる分野のいろんな面白い話が載っていますが、その中でもアメリカの教育の話や日本相撲の八百長の話は、大変面白く、ほかの本や研究でもよく引用されます。細かいことは読んでもらいたいですが、著者は「八百長をやりましたか」と相撲選手に聞くのではなく、選手たちの対戦データをもって選手たちの行動を分析しました。結果、「数字は嘘をつかない」と言わんばかりに、データは「八百長」を鮮明に映し出していました。
 
日本では何年か前から「格差社会論」が注目を集め、政策的にも学問的にも騒がれました。その流れの中で2014年と2015年にはフランスの経済学者ピケティの著書『21世紀の資本(みすず書房、2014年)』が世界的に注目を集め、「格差」に関する議論を世界的な話題に押し上げました。彼の業績には素晴らしいところがたくさんありますが、何よりも素晴らしいと言われたのは、先進各国の近代の所得データを綿密に集め、分析したところです。彼の膨大なデータによる主張には力があり、感情論よりは遙かに強い説得力がありました。
 
日本の雇用に関しても、世の中の不著利を告発するための感情論的な議論があります。しかし、データを持って冷静に本質を見つめることは何よりも重要な一歩です。日本の賃金システムに関する研究を紹介しましょう。川口他(2007)は労働者の賃金と生産性の分析をしています。労働者の賃金は、労働者の生産性だけでなく、働いている事業所の生産性、資本装備などが影響をします。彼らは、労働者の賃金や学歴、勤続年数などのデータに加え、労働者が働いているところ(事業所)の特徴、つまり売上、資本などの効率性も測れるデータを持って、労働者の賃金と生産性はどのような関係にあるかを分析しています。詳細は論文を読んでもらいたいですが、勤続年20年までは労働者の生産性が賃金を上回り、その後は賃金が生産性を上回ります。つまり、若い時はもらうより働き、20年以上の勤続の後は働く分より多くもらっていることになります。これは、高度成長期を通して形成された日本型賃金体系の重要な特徴の一つを表しています。

経済学部の学問:数量データにもとづく経済分析の説得性

論文ではこの他に、面白いポイントとして、非正規雇用の生産への寄与が賃金ほどではないことを指摘しています。誤解を避けるために説明しますが、これは非正規労働者が真面目に働いていないことを意味するわけではありません。むしろ、非正規雇用であるため、企業は非正規労働者には投資をせず、正規雇用であれば労働者に蓄積されるはずの人的資本が蓄積されず、結果として生産性が低くなっていることです。つまり、企業は非正規雇用を増やしても、良いことはないと言うことです。データとそれに基づく分析はこの点を明確に示しています。

格差の話として必ず出てくるもう一つのことが、「中小企業」と「大企業」の格差です。私が担当しているゼミナールで学生の就職活動を指導すると、大企業と中小企業の賃金格差の実態をあまり知らず、驚かれます。深尾他(2014)によれば、100人未満の従業員を持つ企業の平均賃金を1としたら、100人以上1,000人未満の従業員を持つ企業の平均賃金は約1.2、1,000人以上の従業員を持つ企業は約1.7です。100人未満の従業員を持つ企業と比べると1,000人以上の従業員を持つ企業では約70%も多くもらうことになりますので、さすが現実の就職を目の前にしているゼミ生には気になるでしょう。問題は、なぜそれほどの差があるかです。もしかしたら大企業ほど学歴の高い人が多いからではないでしょうか。分析の結果を見ると、学歴の差では賃金格差の1割も説明できません。非常に荒く言えば、賃金格差の約3分の2は資本装備率の差(大企業ほど工場や設備などの資本が多いことを意味します)、約3分の1は全要素生産性の差(大企業ほど技術レベルが高く、効率的であることを意味します)で説明されます。

経済学部の学問:数量データにもとづく経済分析の説得性02

私のゼミナールでは、個々人が自分で気になった経済関係のニュースをまとめてプレゼンを行い、それをもとにみんなでディスカッションをします。発表の際、私が皆さんに求めているものの一つが話の根拠で、特に数字としてのデータです。2年生になったばかりのゼミ生が最も苦労するところもこれです。根拠としてのデータ。
 
実は日本は世界で最もデータが豊富で充実している国の一つです。特に経済データは先進国の中でも間違いなくトップです。このようなデータを有効に駆使することで、「感情論」や「推測」「憶測」ではなく、現実に基づく基礎の堅い話が出来、説得力も増すでしょう。その面で経済学は社会科学の中でも最も強力で、世の中に対する皆さんの理解を深めてくれる有効なツールになるはずです。皆さんも是非「データ」を持ってリアルな現実を見つめることにチャレンジしてください。


参考文献
川口大司・神林龍・金榮愨・権赫旭・清水谷諭・深尾京司・牧 野達治・横山泉 (2007) 「年功賃金は生産性と乖離しているか : 工業統計調査・賃金構造基本調査個票データによる実証 分析」 『経済研究』 Vol. 58, No. 1, pp. 61-90.
 
深尾京司・牧野達治・池内健太・権赫旭・金榮愨 (2014)「生産性と賃金の企業規模間格差」『日本労働研究雑誌』 Vol. 56, No. 8, pp. 14-29.
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