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2016.04.01()
専修大学経済学部TOPICS経済学部での学び

経済学部の学問:ムンバイでのちょっといい話― スラムの暮らし ― 経済学部教授 内川秀二

経済学部教授 内川秀二
 
インド人外交官でかつ小説家のヴィカス・スワラップの書いた『ぼくと1ルピーの神様』が映画化され、「スラムドッグ・ミリオネア」というタイトルでヒットした。この映画はアカデミー賞も受賞している。この映画ではスラム出身の若者がテレビのクイズ番組で全問正解し、大金を手に入れるというストーリーである。
インドでは農村部から仕事を求めて都市部に人が押し寄せてくる。しかし、仕事があるとは限らない。このような人々は空き地を不法占拠して、スラムを形成する。スラムに住んでいる人々はどのような暮らしをしているのであろうか。
私は2000年から2002年までムンバイの研究所に客員研究員として所属したことがある。食事を毎日用意するのは大変なので、月曜日から金曜日まで夕食はコックさんに作ってもらうことにした。研究所の友人に頼んで、彼の家で働いているコックさんに私の家にも来てもらうことにした。このコックさんのご主人は当時は定職がなく、彼女が数軒の家を掛け持ちしながらコックさんとして収入を得ていた。彼女の家は研究所の横にあるスラムの中にあった。祭りの日に彼女は私を家に招待してくれた。小さな家ではあったが、コンクリートと煉瓦で作られた平屋の家であった。お嬢さんが3人いて家族5人でこの小さなスペースで暮らしていた。上のお嬢さんは短大、まん中と下のお嬢さんは中学生であった。彼女はもともと字が読めなかったが、NGOの実施している大人への識字プログラムに参加することができ、字が読めるようになった。彼女はとても頑張り屋で、彼女の収入で3人のお嬢さんの学費と生活費をひねり出していた。彼女自身が自分自身の経験から教育の重要性を認識していた。とても頭のいい人で、知り合いの誕生日を一度聞いただけで憶えてしまう。今でも私や私の家族の誕生日になると国際電話をかけてきてくれる。
2002年に私は日本に戻ったが、2010年にデリーに1年間赴任する機会を得た。ムンバイまで行った折に、彼女の家に立ち寄った。その時彼女の住んでいたスラムに高層アパート建設の話が持ち上がっていた。ムンバイの郊外まで宅地開発の波が押し寄せてきていた。私が住んでいた頃は高層アパートもあったが、乳牛の牛小屋もあるようなのんびりした街であった。それが様子が一変し、かつては山であったところが切り開かれ、住宅地に変わっていた。交通量も随分増えていた。住宅開発業者からすれば、是非ともスラムのある場所に高層アパートを建てて、売り出したいのだが、スラムの住人には居住権がある。そこでこの宅地開発業者はこのスラム地区に2棟の高層アパートを建設する計画を打ち出した。1棟は売り出すために。もう1棟はスラムの住人に比較的低価格で売り出すためのものであった。こうすればスラムの住民による建設反対運動は起きない。彼女はスラム住人向けの高層アパートが建設されるまで、近くのアパートに引っ越していた。この時上の2人のお嬢さんは結婚して、お母さんになっていた。お相手は2人とも会社員であった。一番下のお嬢さんはコールセンターで働いていた。2002年では片言の英語しか話せなかった女の子が、アメリカから衛星回線を通じて転送されてくる問い合わせや苦情に英語で対応する仕事に就いていた。もちろんこのお嬢さんはアメリカどころか外国にも行ったことがない。でも、アメリカ人相手の仕事を日常業務としていた。スラムに住んでいる人々も教育を受ける機会さえあれば、ホワイトカラーの仕事に就けるのである。
そして2016年8月に彼女の家を訪ねると、高層アパートは完成間近であった。11月には高層アパートに引っ越すそうである。彼女は3人のお嬢さんの家族とともにリゾート地のゴアに旅行にいった時の写真を見せてくれた。生まれて初めて飛行機に乗ったとも言っていた。彼女の家の生活水準がどれだけ上がったか想像できるであろう。
スラムに住んでいる人々すべてにこのようなチャンスがあるわけではない。現在でも路上で生活している人も大勢いる。でも機会さえ与えられれば、自分で生活を向上させていく能力を人々が持っていることを忘れてはいけない。
ここで述べた話は一つのケースに過ぎない。発展途上国の社会や経済を考える際には経済発展、経済・社会政策、NGOの役割、地域の特集性といったさまざまな視点から見る必要がある。国際経済学科ではこれらの視点を学べるように、開発経済論、発展途上国経済論、NGO論、アジア経済が開講されている。

ムンバイでのちょっといい話ー スラムの暮らし ー

▲建設中の2棟の高層アパート。
手前がスラムの住人向けのアパート。

ムンバイでのちょっといい話ー スラムの暮らし ー02

▲近寄ってみると、高層アパートの横にスラムの住宅が残っている。
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