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2015.09.01()
専修大学経済学部TOPICS経済学部での学び

経済学部の学問:歴史的発展とともに変化する「何が、誰に、役に立つか」 経済学部教授 新田滋

経済学部教授 新田滋
経済学では、役に立つものごとを効用(ユーティリティ)とか使用価値(ユースフル・ヴァリュー)があるという言い方をします。生活する上ですぐに役立つものといえば、たとえばスマホとかタブレットとかといったものを思い浮かべることができるでしょう。
 
こういったものを経済学では消費財(生活資料)といいます。ところで、消費財は人間が働いて生産しなければならないものです。その際、人間は、原材料といった自然の賜物に働きかけて、それを加工していくわけです。また、人間は素手で直接に自然に働きかけるだけではなく、旧石器時代以来、さまざまな道具や機械をうみだしそれを使うようになってきました。これらの原材料や道具や機械のことを生産財(生産手段)といいます。生産財は消費財を得るためにとても役立つものです。

経済学部の学問:歴史的発展とともに変化する「何が、誰に、役に立つか」

ところで、人間は、自然に働きかけるにあたって、ひとりひとりが孤立した個人として働きかけているわけではありません。集団をなして働きかけているわけです。かりに、自分は一匹狼の個人営業で誰の助けも借りていないと思っていても、原材料や部品はよそから買ってこなければならないでしょう。また、その人が個人営業をできるだけの技術やノウハウは、そのひとが自分だけで無から有のように生み出したわけでもないでしょう。無数の先人たちが歴史的な積み重ねの中で創り出してきたものをいつの間にか習得して、たった一人で生きていけるかのような気になっているだけなのです。
 
つまり、人間は生きていく上で役に立つものをつくりだすためには、かたちはどうあれ集団的な社会的関係というものを必要としているわけです。このようにみてくると、人間の社会というものの土台には、人間が生きていくために役に立つものを集団的に社会的関係をなしてつくりだし、それを社会的に分配する仕組みがあるということがわかります。
 
しかし、もちろん、このような集団的な社会的関係のあり方は、旧石器時代以来、現在まで複雑に発展してきたことはいうまでもありません。原始未開の狩猟採集経済の時代と農耕牧畜が始まった時代とでは集団社会のあり方はまったく変わったし、近代になって産業革命が起きて以降、製造業がさかんになってからの人類の生活のあり方はさらに大きく変わりました。そして、近年、IT革命がさらに大きく集団社会のあり方を変えつつあることもいうまでもないでしょう。

経済学部の学問:歴史的発展とともに変化する「何が、誰に、役に立つか」02

このように、時代とともに技術的な生産力が変化し、道具や機械が発展することによって、人間社会の生産のための関係は変化していくわけです。そうすると、役に立つものも変わってくるし、役に立つものを獲得するためのやり方も変わってきます。素手で直接に大自然から動植物を狩猟採集していた時代と違って、現代社会では、たとえばはた目にはパソコンの画面に向かってキーボードを打って何かしているということが、衣食住にまつわる役に立つものをつくったり、分配したり、消費することにつながっていたりする場合があるわけです。
その背後にはとても複雑な社会の分業の仕組みが長い歴史の蓄積をつうじて形成されてきたということがあります。そうすると、何が、誰にとって役に立つのかということも、その人が現代のとても複雑な社会の分業の仕組みの中のどこに位置しているかによっても変わってくるだろうし、また、時代とともに変わる、あるいは社会の仕組みによっても変わってくるということになるでしょう。
 
たとえば、現代のアメリカ合衆国で役に立つとされることが、そのまま様々な国・地域で役に立つとは限りません。日本や韓国、中国、あるいは中東やアフリカ、等々といった国・地域には、それぞれに異なる発展段階の、異なる社会構成の仕組みがあるからです。イラク戦争以降の現実が示しているように、アメリカで効率的だ、役に立つとされていることを力ずくで押し付ければ、たちどころに世界中が民主主義、自由主義と資本主義市場経済でうまくいくようになるなどということはなかったのです。
 
何が役に立つのか立たないのか、それには歴史的な発展段階や国・地域による様々な相違があるのだということを、きちんと社会経済学によって研究しなければ、善意の一方通行による出口のない袋小路にも陥りかねません。
 
もちろん、だからといって、ただ発展段階や国・地域による様々な相違がある、彼らには彼らのやり方があるというだけでは、そこで続いている差別や貧困や虐待といった悲惨な現実を改善することにはつながらないでしょう。西ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国、それに日本などが物資的にも恵まれ平和で安全な生活を多くの人びとに可能とするようになっているとするならば、それはどのような社会の仕組みによるものなのか。そして、そのような社会の仕組み――自由主義、民主主義という政治制度と資本主義市場経済という経済システムの組み合わせ――はどのようにして歴史的に形成されてきたのか。それらのことに関して正確に認識していく必要があります。どこの先進国といえども最初から先進国であったわけではなく、実際のところは隠蔽したい闇の歴史を少なからず引きずっているものです。
 
さらにはまた、そうしたいわゆる先進諸国の内部には経済問題に限ってみても、今日依然として様々な問題が存在していることもいうまでもないことでしょう。たとえば格差の拡大、恐慌・不況や大量失業、その他のたくさんの問題があります。それらについても、その原理的なメカニズムを知っておく必要があります。
 
したがって、近代の資本主義市場経済という仕組みについて、それがどのように歴史的に形成されてきたのか、また、それはどのような原理的メカニズムをもっているのか、といったことを正確に知っておくことは、21世紀のグローバルに情報がつながった世界で生きていかねばならないこれからの人びとにとって、とても役に立つことなのです。
 
専修大学経済学部には「資本主義発展の理論」と「資本主義の原理」という基礎科目があります。これらの科目をつうじて、「役に立つ」とはどういうことかについて思索を深めていくきっかけをつかむことができれば、それは、これからの21世紀の時代を否応なしに生きていかなければならない皆さんにとって、とても「役に立つ」こととなるでしょう。
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