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エジプト誌

 ナポレオン率いる遠征軍が、エジプトに侵攻したのは1798年。その時、ナポレオンは、軍隊とは別に、考古学者、博物学者、天文学者、建築家、数学者、画家等総勢150名を越える学術調査団を引き連れ、エジプトの各方面にわたる精密な調査を行わせた。遠征軍はカイロを占領し、一時勝利をおさめたが、フランス艦隊がイギリスのネルソン提督によって壊滅的打撃を受け、遠征軍は封鎖された。ナポレオンのエジプト遠征は失敗におわり、調査団によって集められた数々の収集品は、敗戦の結果アレクサンドリア条約(1801)によりイギリスに引き渡され、現在は大英博物館のエジプト室を飾っている。

 しかし、これらの収集品とその記録は調査団によって精密に「控え」が取られており、これを基礎とし、皇帝ナポレオンの勅命を受け、多年の準備期間を経た後、フランス帝室印刷所によって1809年から1822年にかけて大判20巻の図書として刊行された。

 『エジプト誌』の図版は、今日でさえ、その再現は困難であると言われている高度な版刻技術と印刷技術に支えられた精密な美装本である。莫大な費用を注ぎ込み、これらの先端技術を結集させた『エジプト誌』の刊行は、壮大な国家的文化事業であった。

 ナポレオンのエジプト遠征によりロゼッタ・ストーンが発掘され、この石の碑文解読から近代的「エジプト学」の道が開かれたことはよく知られている。また、『エジプト誌』に掲載された古代エジプトの図像はヨーロッパの美術・建築に影響を与え、「エジプト様式」として用いられた。
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