薔薇物語

 本書「薔薇物語」は20000行を超える「教訓的寓話詩」と呼ばれる。ギョーム・ド・ロリス(4000行(1225~30年頃))による未完の大作であり、後を受けたジャン・ド・マン(17000行(1269~78年頃))によって補完され、ヨーロッパ中世が生み出した文学作品の一大傑作といわれる。

 前半のギョーム・ド・ロリス篇は、20歳の詩人の夢物語であり、ナルシスの泉の中の「薔薇」はなにを意味し、これを欲する強い欲望のもつ意味は、等が後世でも議論された。薔薇を得るために守らねばならない「十の戒律」は今日でもきわめて困難である。いわく「低俗な考えを避け、高慢に陥らず、服装に気をつけ、慎み深く節度ある話し振りに心がけ、己の天分を伸ばし、機嫌よく、陽気で快活に振舞い、物惜しみせず、女性に対し悪口を言わず全面的な敬意を払い、常に誠実で変わらぬ心で愛す」こと。

 後半部では念願の薔薇を手に入れるものの、記述が冗長となり、話の元の筋が何なのか見えにくくなる箇所が多い。作者ジャン・ド・マンが知り得た知識をすべて注ぎ込もうとする癖(特に女性に対する挑戦的表現が多い)としても、その中に彼の女性観、人間観、自然観が表されているといえよう。思想文学の嚆矢ともいわれる。

 本書は14世紀中葉、北フランスで製作されたと伝わる。本文105葉に、全体(21720行)の3分の2を収録し、19世紀後半の著名な蔵書家トマス・フィリップス卿の旧蔵とされる。当時の写本で、現在でも所在が確認されるものは世界で300点ほどといわれ、その一書。