校章専修大学の歴史
沿革 歴代リーダー
1880
日本語による経済・法律専攻の専修学校(夜間2年制)設立のため「私立学校開業上申」を東京府知事・松田道之に提出  
京橋区南鍋町1丁目4番地の仮校舎で16日開校式を挙行、入学生は1年生・2年生合わせて51人  
京橋区木挽町2丁目14番地の本校舎(明治会堂)の改装を終わり、11日仮校舎から移る(現在の銀座3丁目)  
1881
創立者グループによる法律雑誌『明法志林』を発行  
第1回卒業式を明治会堂で挙行、卒業生経済科2人、法律科9人(開講時2年編入の生徒)  
1882
神田区中猿楽町4番地にキャンパス移転(順天求合社を借用)  
1883
新学期の入学生から修業年限を3年に延長  
1884
神田区今川小路2丁目8番地に校地559坪8合5勺を確保(現在の神田キャンパス敷地)  
1885
今川小路の校地に校舎を新築、移転  
1886
私立法律学校特別監督条規により、専修学校をはじめ五大法律学校が帝国大学総長の監督下に置かれる(明治21年5月同条規廃止)  
1887
校外員制度を設け、3年修了者に校友証を交付  
『専修学校法律学講義筆記』『専修学校経済学講義筆記』を発行(明治24年6月廃刊)  
同窓会第1回親睦会を麹町区富士見町の富士見軒で開催、規約を制定・発足(昭和25年11月専修大学校友会と改称)  
1888
経済科を理財科と改称  
特別認可学校規則による特別認可学校となる(明治26年11月同規則廃止)  
校長制が敷かれ、相馬永胤が就任  
1889
政治科を増設(明治24年廃止)  
1890
専修学校理財学会を創設  
1891
法律科の生徒募集を休止  
『理財科講義』を発行(明治28年8月完結)  
1892
法律科の生徒を再び募集  
1893
法律科の生徒募集を停止、理財科のみとなる  
判事検事登用試験規則による司法省指定学校となる(明治35年10月まで)  
1901
創立者・駒井重格逝去(9日)。48歳  
『専修学校理財学会経済論集』第1輯を発行  
1903
専門学校令による専修学校の設立認可  
1904
煙草専売事務員養成所を付設(授業は明治38年1月に開始)  
1905
理財科を経済科に改称  
新たに商科を増設、初めて昼間授業を開始  
1906
私立高等予備校を付設(昭和6年9月廃止)  
学則を改正して大学部(経済科、法律科、商科、修業年限3年)、専門部(経済科、法律科、商科、修業年限3年)、高等専攻部(専門学校および大学部卒業者、修業年限1年)、専門学校令による昼間の高等予科(修業年限1年)を設置  
1907
学校経営を社団法人組織とする  
校舎・校宅を改築  
1911
専門部商科および大学部商科を廃止(昼間授業は高等予科のみとなる)  
創立30周年記念講堂および相馬田尻還暦記念文庫が落成  
1912
相馬田尻還暦記念文庫を拡張して図書館を開設  
1913
校名を私立専修大学と改称
相馬永胤

初代学長 1913.7-1924.1(逝去)
相馬永胤

高等予科を大学予科(1年半)に、高等専攻部を研究部と改称
1917
私立専修実業学校を設置、小林丑三郎が校長に就任
専門部に計理科を増設  
1919
校名を私立専修大学から専修大学と改称、私立専修実業学校の校名を専修実業学校と改称  
1920
専修実業学校の校名を専修商業学校と改称(昭和3年3月大学より分離)  
木造3階建て校舎竣工  
雨天体操場竣工  
大学経営を社団法人から財団法人に組織変更  
1921
大学予科の修業年限を2年とする  
専修大学新帽章(現在の校章の原型)決まる  
1922
大学令による「専修大学」(旧制)への昇格(専門学校令による専門部を継続して併設)  
学制頒布50年記念祝典の30日、学長・相馬永胤、学監・田尻稲次郎の両創立者が教育功労者として文部大臣表彰を受ける。この日を大学記念日として今日に至る  
1923
大学令による専修大学(経済学部および大学予科)を設置、法学部は未開講  
創立者・田尻稲次郎逝去(15日)。73歳  
関東大震災(1日)により校舎を焼失、仮校舎完成まで立教大学の教室を借用  
木造平屋建て仮校舎および付属建物等竣工  
1924
創立者・相馬永胤逝去(26日)。73歳
阪谷芳郎

第二代学長 1924.2-1934.6
初代総長 1934.6-1941.6
阪谷芳郎

木造2階建て校舎および図書館竣工
1926
校歌・応援歌を制定
創立者・目賀田種太郎逝去(10日)。73歳  
1927
法学部を設置、法学部に属する大学予科(2年制)を開講(法学部授業は昭和4年4月開講)  
1928
鉄筋3階建ての新校舎竣工  
専門部に商業科を増設、法律科を開講し、商業科および既設の経済科を昼夜間部の2部制に、法律科は夜間部、また既設の計理科は従来どおり夜間部とする  
大学予科を2部に分け、2年制のほかに3年制の昼間部を増設  
1929
経済学部・法学部の夜間部を新設し、大学予科(2年制)の夜間部を開設、両学部とも昼夜間部の2部制となる  
専門部法律科・計理科の昼間部を開設、専門部全科が昼夜間部2部制となる  
大学公開講座を設け、社会人向け短期経済講習会を開く  
「専修大学学会」を設立  
創立50周年記念式典を挙行  
1930
大学予科(3年制)の夜間部を増設  
1931
経済学部・法学部の夜間部を開講  
専門部法律科を法科と改称  
1932
専門部商業科を商科と改称  
1933
講堂および図書館増改築  
専修大学体育会発足  
1934
総長制が敷かれる  
専修大学学術会発足  
1938
学生の勤労奉仕始まる(多摩川風致区と赤羽被服本廠で勤労奉仕に従事)  
1939
総長のもとに学長を置く
道家斉一郎

第三代学長 1939.6-1941.7
第二代総長 1941.7-1942.3(逝去)
道家斉一郎

1940
教授会で戦時教育新体制を定める
1941
阪谷芳郎総長を名誉総長に推戴(11月14日死去)
戦時繰り上げ卒業始まる  
1943
学生生徒の徴兵猶予停止(12月1日、学徒兵入隊)
須賀喜三郎

第三代総長 1942.4-1942.6(逝去)
須賀喜三郎

大学は徴兵猶予の停止により、適齢学生のため学内で出陣壮行式を挙行。21日出陣学徒壮行会を神宮外苑競技場で行う
1944
教育に関する戦時非常措置方策により、専門部経済科・法科を政経科に、商科・計理科を経営科に統合(昭和21年4月従来の学科組織に戻る)
小泉嘉章

第四代学長 1942.4-1942.7
第四代総長 1942.7-1946.6
小泉嘉章

1945
板橋の東京陸軍兵器補給廠に勤労動員中の本学専門部学生18人が米空軍機B29の爆撃を受け死亡(10日)
終戦(15日)により出陣学徒・勤労動員学徒が学園に復帰
今村力三郎

第五代総長 1946.7-1954.6(逝去)
今村力三郎

1946
学園復興運動起こる
1947
専修大学地名は、区制の整理統合により神田区神保町3丁目8番地1が千代田区神田神保町3丁目8番地1となる
労働講座開講
大河内一男

第五代学長 1947.10-1949.3
大河内一男

1948
労働講座を専修大学附属労働学院(各種学校)とする(昭和32年12月廃止)
川崎市生田の旧日本電気研究所跡を買い取り、新校舎に改装
1949
「学校教育法」による新制大学に移行、商経学部(経済学科・商業学科)および法学部(法律学科)の2学部(昼間部・夜間部)を設置、生田キャンパスにて授業開始
小林良正

第六代学長 1949.4-1952.3
第九代学長 1958.4-1961.9
小林良正

創立70周年記念式典を挙行
1950
短期大学部(商経科・法律実務科)を設置(昭和40年3月廃止)
簗田𨥆次郎

初代理事長 1949.9-1952.7
簗田𨥆次郎

1951
財団法人専修大学を、学校法人専修大学に組織変更
旧制学部の修業年限を3カ月短縮(旧制学部最後の卒業となる)
1952
大学院経済学研究科(経済学専攻)修士課程を設置
鈴木義男

第七代学長 1952.4-1955.3
第二代理事長 1952.7-1953.5
鈴木義男

神田校舎を改築し3号館竣工
1953
神田キャンパス2号館竣工
1954
大学院法学研究科(私法学専攻)修士課程を設置
川島正次郎

第三代理事長 1953.5-1964.9
第六代総長 1961.10-1970.11(逝去)
川島正次郎

1955
大学院経済学研究科(経済史・経済学史専攻)博士課程および法学研究科(民事法学専攻)博士課程を設置
神田キャンパス4号館竣工
1956
地方入試開始(昭和53年度入試から廃止)
木村国治

第八代学長 1955.4 -1958.3
木村国治

神田キャンパス隣接の土地建物を買収、研究室に改装(5号館)
1957
生田キャンパス1号館竣工
1958
川島正次郎を名誉総長に推戴  
専修大学育友会を設立  
1959
創立80周年記念式典を挙行  
1960
創立80周年記念体育館竣工(昭和40年取り壊す)
相馬勝夫

第十代学長 1961.10-1976.9
第七代総長 1976.10-1983.1(逝去)
相馬勝夫

1962
経営学部(経営学科)を設置
生田キャンパス2号館竣工
1963
商経学部を経済学部と改称  
神奈川県伊勢原町(現・伊勢原市)に運動用地を買収(昭和40年10月総合運動場を造成)  
1964
生田キャンパス3号館竣工
森口忠造

第四代理事長 1964.9-1988.9(逝去)
第八代総長 1987.7-1988.9(逝去)
森口忠造

1965
商学部(商業学科)および商学部2部(商業学科)を設置(経済学部商業学科および経済学部2部商業学科は3月に廃止)
1966
生田キャンパス4号館および生田会館竣工
文学部(国文学科・英米文学科・人文学科)を設置  
1968
商学部に会計学科を増設  
北海道美唄市に専修大学美唄農工短期大学(農業機械科・農業土木科・農業経営科)を設置  
学長・相馬勝夫が専修大学美唄農工短期大学長を兼ねる(昭和51年12月退任)  
専修大学美唄農工短期大学に相馬記念館竣工  
生田図書館竣工  
1970
大学院経済学研究科「経済史・経済学史」専攻博士課程を「経済学」専攻博士課程に改める  
1971
生田キャンパス5号館竣工  
大学院文学研究科(国文学・英文学・哲学専攻)修士課程を設置  
1972
経営学部に情報管理学科を増設  
1973
専修大学美唄農工短期大学の農業土木科を廃止、農業経営科の学生募集を停止  
専修大学美唄農工短期大学を専修大学北海道短期大学と改称、土木科および商科を増設  
大学院文学研究科(国文学・英文学・哲学専攻)博士課程を設置  
神田キャンパスに高層型の1号館竣工  
1974
専修大学北海道短期大学の農業経営科を廃止  
大学院法学研究科に「公法学専攻」の修士課程および博士課程を増設  
1975
大学院経営学研究科(経営学専攻)修士課程および商学研究科(商学専攻)修士課程を設置  
生田キャンパス6号館に大学院を置く  
1976
専修大学北海道短期大学に専攻科(土木・農業機械専攻)を設置
高橋長太郎

第十一代学長 1976.10-1982.9
高橋長太郎

1977
山田忍が専修大学北海道短期大学長に就任(昭和60年12月退任)
大学院経営学研究科(経営学専攻)博士課程および商学研究科(商学専攻)博士課程を設置
創立100年記念事業でフランス革命関係文献を購入し「ミシェル・ベルンシュタイン文庫」と命名し生田図書館に設置  
1978
相馬学術奨励基金規程を制定(若い研究員を海外に派遣)  
1979
生田キャンパス1号館竣工  
創立100年を前に「専修大学創立百年記念碑」を生田キャンパスに、「専修大学発祥の地」碑を中央区銀座3丁目に、「専修大学発祥のいわれ」碑を神田キャンパスにそれぞれ建立  
創立100年記念式典を日本武道館で挙行(16日)  
1980
本学所蔵蜂須賀家旧蔵本のうち『長秋詠藻』が国の重要文化財に指定される  
生田キャンパスの住居表示が「川崎市多摩区生田4764番地」から「川崎市多摩区東三田2丁目1番1号」に変更される  
1981
『専修大学百年史』(上・下巻)を刊行
小田切美文

第十二代学長 1982.10-1989.4
小田切美文

生田キャンパス1号館増築
1983
創立100年記念総合体育館竣工
専修大学北海道短期大学に造園林学科、経済科を増設  
体育会創立50周年記念式典を挙行  
1984
専修大学北海道短期大学相馬記念会館竣工  
1985
石巻専修大学設置に関する覚書に調印(専修大学・石巻市)  
1986
吉田富穂が専修大学北海道短期大学長に就任(昭和63年12月退任)  
1987
生田キャンパス7号館竣工  
専修大学北海道短期大学創立20年記念式典を挙行
山下徳夫

第五代理事長 1988.11-2003.11
山下徳夫

1988
育友会創立30周年記念祝賀会を挙行
1989
正富宏之が専修大学北海道短期大学長に就任(平成3年12月退任)
石巻専修大学(理工学部・経営学部)が開学
望月清司

第十三代学長 1989.6-1998.8
望月清司

生田キャンパス北グラウンド竣工
1991
生田キャンパス8号館竣工
本学所蔵の師継筆貞応本『古今和歌集』が重要文化財に指定される
小田切美文

石巻専修大学
初代学長 1989.4-1991.3
小田切美文

石巻専修大学工作・試験センターが竣工
1992
田中貞美が専修大学北海道短期大学長に就任(平成15年1月退任)
大学院文学研究科に「史学・地理学・社会学・心理学専攻」の修士課程を増設
小倉保己

石巻専修大学
第二代学長 1991.4-2001.3
小倉保己

専修大学北海道短期大学に造園林学専攻を増設
国際交流センター発足
生田食堂棟「グリーントップ」竣工  
1993
石巻専修大学に大学院理工学研究科(物質工学・機械システム工学・生命科学専攻)修士課程および経営学研究科(経営学専攻)修士課程を設置  
石巻専修大学開学5周年・大学院開設記念式典を挙行  
専修大学北海道短期大学創立25周年記念式典を挙行  
1994
体育会創立60周年記念式典を挙行  
大学院文学研究科に「史学・地理学・社会学・心理学専攻」の博士後期課程を増設  
1995
神田キャンパスに隣接する土地・建物を購入(5号館)  
石巻専修大学に大学院理工学研究科(生命環境科学・物質機能工学専攻)博士後期課程設置  
専修大学北海道短期大学3号館竣工  
専修大学北海道短期大学多目的グラウンド・管理棟竣工  
専修大学会館(神田キャンパス6号館)竣工  
1996
経済学部国際経済学科、文学部心理学科増設  
1997
石巻専修大学に大学院経営学研究科(経営学専攻)博士後期課程設置  
専修大学120年記念館(生田キャンパス9号館)竣工  
1998
育友会創立40周年記念祝賀会を挙行
出牛正芳

第十四代学長 1998.9-2004.8
第六代理事長 2003.11-2006.10
出牛正芳

専修大学北海道短期大学創立30周年記念式典を挙行
1999
大学入試センター試験を導入
大学基準協会より、相互評価の認定を受ける  
2000
石巻専修大学創立10周年・新校舎(5号館)落成記念式典を挙行  
2001
ネットワーク情報学部(ネットワーク情報学科)を設置  
文学部国文学科を日本語日本文学科に、英米文学科を英語英米文学科に名称変更し専攻を設置
小林陵二

石巻専修大学
第三代学長 2001.4-2007.3
小林陵二

伊勢原体育寮竣工
神田キャンパス7号館(大学院棟)竣工
石巻専修大学弓道場竣工  
2002
今村学術奨励基金を設置  
石巻専修大学理工学部電子材料工学科を情報電子工学科に名称変更  
富士山中湖セミナーハウス(川島記念館)を開館し、川島正次郎記念展示室を付設  
2003
泉武夫が専修大学北海道短期大学長に就任(平成18年12月退任)  
大学院社会知性開発研究センター設置  
専修大学北海道短期大学理系3学科の名称変更(土木科を環境システム科、農業機械科を農業科学科、造園林学科を園芸緑地科)  
専修大学北海道短期大学温室棟竣工  
2004
神田キャンパス8号館(法科大学院棟)竣工
日高義博

第十五代学長 2004.9-2013.8
第七代理事長 2006.11-
日高義博

石巻専修大学雨天体育場竣工
生田第2体育寮竣工
大学院法務研究科(法科大学院)設置  
2005
多摩区・3大学(専修・明治・日本女子)連携協議会を設立  
2006
法学部政治学科を増設  
商学部商業学科を商学部マーケティング学科と改称  
大学院社会知性開発研究センターを社会知性開発研究センターと改称  
専修大学北海道短期大学の環境システム科、農業科学科、園芸緑地科をみどりの総合科学科に、商科、経済科を商経社会総合学科に改組  
石巻専修大学自動車工学センター竣工  
2007
新家憲が専修大学北海道短期大学長に就任(平成21年12月退任)
坂田隆

石巻専修大学
第四代学長 2007.4-2016.3
坂田隆

専修大学130年記念館(生田キャンパス10号館)竣工
2008
川崎市と連携・協力に関する基本協定を締結
石巻専修大学創立20年記念講演会および祝賀会を挙行  
2009
向ヶ丘遊園駅前にサテライトキャンパスを開所  
石巻専修大学共創研究センターを設置  
生田キャンパス11号館竣工  
創立130年記念式典および祝賀会を挙行  
2010
寺本千名夫が専修大学北海道短期大学長に就任(平成24年12月退任)  
人間科学部(心理学科・社会学科)を設置  
文学部を日本語学科、日本文学文化学科、英語英米文学科、哲学科、歴史学科、環境地理学科、人文・ジャーナリズム学科に再編  
大学院商学研究科に「会計学専攻」の修士課程・博士後期課程を増設  
2013
工藤正義が専修大学北海道短期大学長に就任(平成27年10月退任)
矢野建一

第十六代学長 2013.9-2016.4(逝去)
矢野建一

石巻専修大学人間学部(人間文化学科・人間教育学科)を設置
石巻専修大学理工学部を改組し食環境学科、生物科学科を設置
専修大学北海道短期大学閉学式を挙行  
2014
神田キャンパス5号館竣工  
国際交流会館竣工  
2015
生田第1体育寮・第2体育館竣工  
石巻専修大学ユニバーシティハウス(学生寮)竣工  
矢野建一が専修大学北海道短期大学長に就任(平成28年4月退任)  
2016
尾池守が専修大学北海道短期大学長に就任(平成29年4月退任)
尾池守

石巻専修大学
第五代学長 2016.4-
尾池守

2017
生田キャンパス2・3号館竣工
 
 
 
 
佐々木重人

第十七代学長 2016.9-
佐々木重人