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平日・土曜 10:00~19:00 日曜・祝日 10:00~16:00 サテライトキャンパス
管理者用(広報課専用)専修大学EVENTSNS展示Facebook

【専修大学創立140周年記念事業】
生田キャンパス開設70周年記念特別展示
「学びのまち」多摩区の源流をたずねて
-小田急線の開通と生田界隈の変容-
(11/9~11/28 専修大学サテライトキャンパス)

バナー(最終版)

 専修大学が、日本電気(NEC)の生田研究所の土地・建物を購入したのは、今からちょうど70年前の昭和23年(1948)10月のことです。翌昭和24年4月には、この地を生田キャンパスとして開設し、新制大学としての歩みを始めました。

 現在、多摩区は、戦前からキャンパスを設置していた日本女子大学、そして専修大学の翌年にキャンパスを設置した明治大学のあわせて3大学の学生、約2万6千人が集まる学生街としての顔も持っています。「水と緑と学びのまち」と称される所以です。では、専修大学がこの地にやってくるまでは、どのような地域だったのでしょうか。なぜ、専修大学はこの地を新たなキャンパスの地として選んだのでしょうか。

 この地域が近代的な発展を遂げるきっかけの一つとなったのが、昭和2年(1927)の小田急線の開通です。遊園地の開設もあって、多くの人々がこの地を訪れるようになりました。そこで本展示では、生田キャンパス開設70周年を記念して、東京の一近郊農村であった多摩区が、大きく変貌する昭和初期から、専修大学、明治大学がやってきた昭和20年前半までを中心に、写真や資料から「学びのまち」の変遷を追い、その源流を探ります。

「学びのまち」多摩区の源流をたずねて(ポスター)

稲田登戸駅(開設当初)

開設当初の稲田登戸駅(現向ケ丘遊園駅)
(提供:小田急電鉄)

遠足のため西生田駅に集まった日本女子大学生(昭和9年)

遠足のため西生田駅(現読売ランド前駅)に集った
日本女子大学生(昭和9年)(提供:日本女子大学成瀬記念館)

絵葉書「向丘遊園地入口正門」

絵葉書「向丘遊園地入口正門」(戦前)(提供:永江雅和)

パンフレット「向ケ丘遊園地と附近のハイキングコース」(地図)

向ケ丘遊園地周辺のハイキングコース案内図(戦前)

沿線案内(昭和12年8月)

小田急沿線の観光案内リーフレット(昭和12年)

目白での卒業式後、西生田キャンパスで記念撮影(昭和18年9月)

卒業式後、西生田キャンパスで記念撮影する日本女子大学生(昭和18年9月)
(提供:日本女子大学成瀬記念館)

生田研究所(昭和23年)

日本電気生田研究所(昭和23年)

開設当初の生田キャンパス

開設当時の専修大学生田キャンパス(昭和23年頃)

開設当初の明治大学生田キャンパス

開設当初の明治大学生田キャンパス
(提供:明治大学史資料センター)

【会 期】
 2018年11月9日(金)~11月28日(水)
【休 日】
 2018年11月17日(土)、11月22日(木)
【会 場】
 専修大学サテライトキャンパス
 ※アクセスはこちらを参照
【時 間】
 平日・土曜 10:00~19:00
 日曜・祝日 10:00~16:00
【入場料】
 無 料
【主 催】
 専修大学
【後 援】
 多摩区・3大学連携協議会、区役所通り登栄会商店街
【協 力】
 小田急電鉄、日本女子大学成瀬記念館、明治大学史資料センター
【問合せ先】
 専修大学総務部大学史資料課
 電話:03-3265-5879
 E-mail:archives@acc.senshu-u.ac.jp
【展示構成】
1.鉄道敷設以前の生田村と稲田村
2.小田急線がやってきた!
3.多摩区域のランドマーク・桝形山
4.観光地としての向ケ丘遊園地
5.戦時下の多摩区域-生田研究所と登戸研究所-
6.学びのまちの誕生
  -拓殖学校・慶応義塾から日本女子大学・専修大学・明治大学へ-

記念講演会

専修大学×小田急財団 講演会

「小田急沿線の近現代史~なぜ駅はそこに作られたか~」
 専修大学経済学部教授 永江雅和


 事前予約のみ、申込みは小田急財団ホームページ特設サイトにて(募集は終了しました)
 応募締切:10月20日(土)
 募集人員:150名 ※当選発表は案内状をもって代えさせていただきます。

【日 時】2018年11月23日(祝・金) 14:00~15:30

【会 場】専修大学生田キャンパス

【参加費】無料 ※交通費などは含まれておりません。
 
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